* * *
「外に出ていいんですか!」
それからさらに数日が過ぎた頃、ようやく外出許可が出た。
許可と言っても、まずは家の周りまでで、その先はリュシーが同行できるときのみという制限付きだ。
それでもジークはぱっと表情を明るくさせて、「ありがとうございます!」と正面に座るアンリに屈託のない笑みを浮かべて見せた。
「それと、今日から薬を変える」
「あ、はい……!」
「飲む時間は朝だ。忘れるなよ。いまから一度目を飲んでおけ」
そんな浮かれたようなジークに構わず、アンリは淡々と話を進める。
朝食後、リュシーの用意したハーブティを飲みながらアンリが天板に置いたのは、少しだけとろみのある透明な液体の入った小瓶だった。
それをいままで飲んでいたものの代わりに、毎朝ひと匙ずつ飲めと言う。
「……あの、これは……副作用は」
「なにかあれば報告しろ」
「はい」
先に返事をしたのは、後ろに控えていたリュシーだった。
その声にはっとしたように、遅れてジークも「はい」と背筋を伸ばす。
そんな二人の前で、アンリはゆっくりとカップの中身を飲み干した。
「午後からはあれを集めて来い。今日は一日霧だ」
「……わかりました」
「
「はい」
素直に頷くリュシーだったが、その様子はどこか面倒くさそうでもあった。
ジークへのそれより少々態度が悪い。けれども、ジークはそれに気付かない。
「あれ、これ、それ、とは……」
「後で説明します」
疑問符を浮かべたジークの視線を受けて、リュシーはにこりと微笑んだ。
どき、と一瞬鼓動が跳ねて、ジークの目端が淡く染まる。
リュシーは恐らく
「リュシー。お前も忘れるなよ」
「わかってます」
言われてリュシーが思い浮かべたのは、ジークのための鎮静剤だ。
アンリのアトリエに常備されている、不思議な色合いの淫魔用の薬。種類はいくつかあるらしいが、中でも以前使ったのと同じもの。
これからジークと共に外出する時には、一応携帯しておけと前もって指示されていた。
……淫魔用といいつつ、あの時は直後に
(……話が見えない)
そんな二人のやりとりを、ジークはきわめて真摯な眼差しで見つめていた。けれども、その内容はほとんど理解できておらず、表情の割りに頭の中は疑問符だらけだった。物理的な整理整頓は得意でも、形のないものを扱うのは苦手なのかもしれない。
「お前は早く薬を飲め」
知らず固まったようになっていると、不意にアンリに水を向けられ、はっとする。
ジークは促されるまま、目の前の小瓶に向き直る。すると図ったように横からリュシーがティースプーンを差し出してきた。
「は、はい……」
スプーンを受け取ったジークは、早速瓶の蓋を開け、こぼさないように注意しながら、それをひと匙口に含んだ。
無色透明な上に、無味無臭――ただ少しだけ粘り気がある。ややしてごくりと嚥下すると、微かに甘い香りが鼻に抜けた。
いままで飲んでいた薬にも副作用はあった。
飲み始めて数日は吐き気のようなものが続いたのだ。実際吐くことはなかったものの、その間、食欲は少し落ちた。
そのことはジーク自身も、そしてリュシーからもきっちり報告はされていた。けれども、数日のうちに落ち着いたこともあり、ひとまずそのまま継続することになったのだ。
今回もそれと同様に、ということなのだろう。
「……何かあれば報告しろ」
5分ほどが経ち、特に目立った変化が見られないのを確認すると、アンリはそのまま席を立った。