「どうぞ。これで多少は頭がクリアになると思いますよ」
「あ……ありがとうございます」
勧められるまま、ジークはカップに口を付けた。
乾いていた喉が潤うだけでも心地いい。それだけでなく、確かに頭の中のもやが薄らいだような気がした。
「何が一番引っかかってるんですか? 口に出すことで整理できることもあるかもしれませんし、よろしければ」
「あ……えっと……まず、俺が淫魔だってことが……」
「そこからですか」
「だ、だって……淫魔って、要するに……本能的に人肌を求める種族……ってことですよね」
「本……。……まぁ、間違ってはいないですけど」
(……物は言いようだな)
そんなジークの反応に、リュシーは呆れたような感心したような心地になった。
なるほど、この青年は見るからに田舎者ではあるけれど、品がないわけではないらしい。
確かに礼節は弁えているようだし、明らかに年下に見えるだろうリュシーにも敬語を使ってくれる。
ただ、年齢――25歳前後ではあるはず――の割に性的なことにはあまり免疫がないのだろう。経験自体も乏しいに違いない。もしかしたら
何かにつけそういった類いの言葉を恥ずかしがるし、それは言うも言われるも変わらないようだった。……淫魔の血を持っているくせに。
(マジご主人とは全然違う……)
リュシーは持っていたポットをテーブルに置くと、残っていたアンリのカップや焼き菓子の入っていたかごを引き寄せながら、淡々と続けた。
「まぁでも、そのあたりはもう、身をもって知ったでしょ。特に二度目は意識があったわけですし」
「そ……それは、まぁ……」
さらりと告げれば、たちまちジークの顔が赤くなる。
リュシーは密やかに息をつき、それからにっこり微笑んた。
「発情期だって、通常はひと月に一回って話でしたけど、もしかしたらもっと先かもしれませんよ。
逆にそれより早い可能性もなくはないけれど、と付け加えなかったのは、アンリが言わなかったことに加えて、これ以上悪戯にジークを不安にさせるのもどうかと思ったからだ。
……フォローもケアも基本的にはリュシーに丸投げされるので、単に面倒だったという理由もある。
「相手が相手……」
「あの人……アンリ
性格には
「まぁ一応、強制的に覚醒されたせいで不安定だったってことなので……今後はきっと安定しますよ。先生もそう言ってたじゃないですか」
それも本当に当てになるのかは知らねぇけどな。
「安定……安定しても、発情期は」
「ありますね」
「あ、るんですよね……やっぱり」
「そういう種族ですから」
「そ……それが信じられないんです……まだ……」
結局またそこかよ。往生際の悪いやつだな。
あれだけ俺もいる
「大丈夫ですよ。先生も同じ屋根の下にいるわけですし、何かあれば俺も協力しますから」
……どうせそれも俺の仕事にされるんだし。
嫌でも逆らえないんだから仕方ない。
ちょいちょい吐き捨てるような心の声を挟みながら、それでもリュシーは笑顔を絶やさない。絶やさないまま、最後に「とりあえず、頑張ってみましょう」といっそう優しく笑みを深めた。
その少女のような微笑みにジークはまんまと癒やされ、慰められて、
「よ……よろしくお願いします」
カップの中身が冷める頃には、ジークの顔色もいくらかましなものになっていた。