目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
自覚と認識04

「き、昨日のようなって……っ」

「覚えていないのか」

「お――ぼえて、は、います……けどっ……。で、でも、あれが……え、ひ、ひとつき……?」

「通常ならな」

「通常ならって……。そ……え、それって、どういう……」


「サシャが言っていただろう。魔法使い以外の血も目覚めさせてしまったと」

「は、はい……確かに、それは、聞きました……けど……」


 ジークは瞬き、ぎこちなくも頷いた。思い出すように、「別の血も、って……」と声を上擦らせるその姿に、アンリは軽く息をつく。


 面白いくらいに動揺しているジークの双眸を、アンリは見定めるようにまっすぐ見据えた。青みがかった黒い瞳が、なおもぐるぐると揺れている。


 構わずアンリは言葉を継いだ。


「その〝別の血〟とは淫魔の血だ」

「…………え……?」


 無意識にだろう、ジークの顔に浮かべられていた人好きのする表情が凍り付く。そのまま瞬きも忘れたように、ジークはアンリの目をただ見つめ返した。

 アンリは微かに口端を引き上げ、まるで何でもないみたいに説明を続ける。


「お前の場合は、実際の性別とは違う女型の方だが」

「…………お……おん……? な……? え…………い、淫……?」


「――〝淫魔〟ですよ」


 なかなか飲み込むことができず、復唱すらできないでいると、不意打ちのように耳元で声がした。

 びくりとして視線を向けると、ジークの空のカップにハーブティを注いでくれたリュシーが、ちょうど去って行くところだった。


「い、淫魔……」


 ようやく反芻するように口にすると、ジークは急くようにアンリに目を戻す。


「いん、まって…………淫魔って、何ですか?!」


 その瞬間、部屋の端へと向かっていたリュシーの手の中で、カチャン! とポットを取り落としそうになった音がした。



 *  *


 一通りの話が終わり、少し出てくるといってアンリが席を立った後も、ジークは放心状態のままその場から動けなかった。立ち上がることもできず、一人テーブルにぽつんと取り残された状態で、気がつけばすでに30分――。


 その間、頭の中を巡っていたのは、説明は受けたもののいまだ飲み込みきれない情報の数々だった。


 見つめられると何もかも見透かされそうなアンリの瞳は、髪色に近い深い朱色をしていた。そこから極力目を逸らさないように努めながら、ジークは真面目に話を聞いた。

 ジークなりに理解しようとはしていたのだ。少しずつでも咀嚼して、何とか飲み込めたこともある。それでもまだどこか他人事のようで、全てにおいて「はいそうですか」という気にはなれないでいた。


「……まだここにいたんですか」


 アンリに続いて部屋を出ていたリュシーが、新たなポットを手に戻ってきた。

 それに気付いたジークははっとしたように瞬いて、更なる助けを求めるようにリュシーを見る。顔面は蒼白となったまま、眼差しはどこか捨てられた子犬のようにも見えた。

 リュシーはひくりと口端を引き攣らせ、はぁ、と息を吐いてから、ジークの傍へと足を進めた。


「考えても分からないことは考えなければいいんですよ」

「え……?」

「何も考えず、あ、そういうことかって、受け入れてしまえばいいんです」


 当たり前みたいに言いながら、リュシーはとっくに空になっていたジークのカップに新たなハーブティを注いでいく。柔らかな湯気と共に、先ほどとはまた違う、少しだけスパイシーな香りが立ち上った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?