「聞かない方がいいと思いますよ」
「え?」
「知らないなら、知らないままの方が。まぁ……いずれ分かるでしょうけど」
リュシーは小さく嘆息し、拭き終わった植物から顔を上げた。
「そ……そうですか」
そう言われると、またしても何も言えなくなってしまう。ジークはぱちりと瞬き、カップの残りに口をつける。
(まぁ……いずれ分かるって言うなら……)
大人しくそれを待っていればいいか。
ハーブティを飲むにつれ、少しずつ気持ちも緩んでくる。
ジークはふう、と息をつき、改めてリュシーの姿に目を遣った。
青い髪に白い肌。髪と同色の瞳とそれを縁取る長いまつ毛。肩先で切りそろえられた髪が、動きに合わせてさらさらと揺れている。特に小柄ではないけれど、体躯は華奢だ。
「……きれいですね。それ……足首の」
ジークはダイニングの椅子に座ったまま、おもむろにリュシーの左足首を指差した。そこにはめられていたのは、ガラス細工のような透き通った材質の朱色のリング。
「あぁ……それはどうも。……こんなの、単なる足枷ですけど」
「え?」
「いえ、何も」
声音を落とされ、聞き取れなかった言葉に束の間疑問符を浮かべつつも、「きれいだなぁ」とジークは素直に顔を綻ばせる。見惚れるように瞳をきらきらと輝かせ、その朱色の
緩んだ空気。人懐こい笑顔。
リュシーの入れたハーブティの効果すら、ジークには強めに現れるのかもしれない。
* *
「
そこに記されていたのは、昨日、ジークがリュシーから受けた問診の結果とその後の詳細、それから何かのレシピのようなもの……?
使われている文字は、一見見慣れないものだった。魔法使い特有の言語なのかもしれない。
ジークにとっても初めて目にするものだったが、意外にもジークにはそれが読めてしまった。知らない文字だという認識でありながら、何となくではあるけれど、書かれている内容が理解できたのだ。
そのせいで余計紙面から目が離せなくなり、反応が遅れた。
「聞いているのか」
「あっ……は、はい。だ、大丈夫です」
慌てて顔を上げると、アンリがジークを冷ややかな眼差しで見つめていた。
その目が僅かに細められ、再び手元のノートに落ちる。
「……読めるのか、これが」
「え……?」
「ああ、一応は魔法使いの血も覚醒させたとあったな」
それにしては何の気配も感じられないが。と、独りごちるように言って、アンリは改めてジークの顔を見た。
とたんに空気が張り詰めた気がして、思わずジークは姿勢を正す。
昨日はそう感じる余裕もなかったけれど、見れば見るほどアンリの顔立ちは美しく、佇まいにも品があった。背に流れる朱銀の長髪は絹のように滑らかで、暗朱色の瞳を縁取る睫毛も繊細で長い。見るからに田舎から出てきたばかりの、どこにでもいそうな自分とは何もかもが違って見える。
緊張する傍ら、ぼんやりとそんなことを考えていたジークに、アンリは淡々と説明を始めた。
「まず、昨日のような……ここに来た日のようなことになるのは、通常なら次は
「はい……ひとつ……。――――って、えぇっ!?」
アンリの言葉が、遅れて思考回路に辿り着く。
ジークの背筋が、弾かれたように更に伸びた。