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自覚と認識03

「聞かない方がいいと思いますよ」

「え?」

「知らないなら、知らないままの方が。まぁ……いずれ分かるでしょうけど」


 リュシーは小さく嘆息し、拭き終わった植物から顔を上げた。


「そ……そうですか」


 そう言われると、またしても何も言えなくなってしまう。ジークはぱちりと瞬き、カップの残りに口をつける。


(まぁ……いずれ分かるって言うなら……)


 大人しくそれを待っていればいいか。

 ハーブティを飲むにつれ、少しずつ気持ちも緩んでくる。


 ジークはふう、と息をつき、改めてリュシーの姿に目を遣った。


 青い髪に白い肌。髪と同色の瞳とそれを縁取る長いまつ毛。肩先で切りそろえられた髪が、動きに合わせてさらさらと揺れている。特に小柄ではないけれど、体躯は華奢だ。


「……きれいですね。それ……足首の」


 ジークはダイニングの椅子に座ったまま、おもむろにリュシーの左足首を指差した。そこにはめられていたのは、ガラス細工のような透き通った材質の朱色のリング。


「あぁ……それはどうも。……こんなの、単なる足枷ですけど」

「え?」

「いえ、何も」


 声音を落とされ、聞き取れなかった言葉に束の間疑問符を浮かべつつも、「きれいだなぁ」とジークは素直に顔を綻ばせる。見惚れるように瞳をきらきらと輝かせ、その朱色の足枷アンクレットを眺めていたジークのカップは、とっくに空になっていた。


 緩んだ空気。人懐こい笑顔。

 リュシーの入れたハーブティの効果すら、ジークには強めに現れるのかもしれない。



 *  *


体調からだはどうだ。何か違和感などはないか」


 円卓テーブルの向かいに腰を下ろし、リュシーが注いだばかりのハーブティを飲みながら、アンリが広げたのは使い込まれた一冊のノート。

 そこに記されていたのは、昨日、ジークがリュシーから受けた問診の結果とその後の詳細、それから何かのレシピのようなもの……?


 使われている文字は、一見見慣れないものだった。魔法使い特有の言語なのかもしれない。

 ジークにとっても初めて目にするものだったが、意外にもジークにはそれが読めてしまった。知らない文字だという認識でありながら、何となくではあるけれど、書かれている内容が理解できたのだ。

 そのせいで余計紙面から目が離せなくなり、反応が遅れた。


「聞いているのか」

「あっ……は、はい。だ、大丈夫です」


 慌てて顔を上げると、アンリがジークを冷ややかな眼差しで見つめていた。

 その目が僅かに細められ、再び手元のノートに落ちる。


「……読めるのか、これが」

「え……?」


「ああ、一応は魔法使いの血も覚醒させたとあったな」


 それにしては何の気配も感じられないが。と、独りごちるように言って、アンリは改めてジークの顔を見た。

 とたんに空気が張り詰めた気がして、思わずジークは姿勢を正す。


 昨日はそう感じる余裕もなかったけれど、見れば見るほどアンリの顔立ちは美しく、佇まいにも品があった。背に流れる朱銀の長髪は絹のように滑らかで、暗朱色の瞳を縁取る睫毛も繊細で長い。見るからに田舎から出てきたばかりの、どこにでもいそうな自分とは何もかもが違って見える。


 緊張する傍ら、ぼんやりとそんなことを考えていたジークに、アンリは淡々と説明を始めた。


「まず、昨日のような……ここに来た日のようなことになるのは、通常なら次は一月ひとつき後――」

「はい……ひとつ……。――――って、えぇっ!?」


 アンリの言葉が、遅れて思考回路に辿り着く。

 ジークの背筋が、弾かれたように更に伸びた。

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