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自覚と認識02



 *  *  *


(信……じられない……っ)


 もう何度同じ言葉を繰り返しただろう。


 自分の身に起こっていることにまるで現実味がない。ここに来てまだ数日しか経っていないのに、理解し難いことが起こりすぎている。


 突然同僚に襲われかけただけでもわけが分からないのに、初日に意識のないまま初対面のアンリに抱かれ(たらしいと聞き)、それを受け止める間もなく、翌日には意識のある中であんな……。


 しかもその後処理を、一度目はリュシーが、二度目はリュシーの指導のもと自分ですることに……なんて、


(は、ずかしすぎる……)


 リュシーに案内されるまま、昨日と同じリビングダイニングで何とか朝食を済ませたジークは、結局堪えきれず天板に突っ伏してしまう。

 ゴン、という音がして、額が少々痛んだけれど、そんなことを気にする余裕はない。


(って言うか、特異体質って……何……?)


 断片的に覚えているアンリの説明といい、リュシーの言葉といい、一応何度も思い返してはみたけれど、それ以上のことは何もわからなかった。

 どうにか整理しようにも、増えるのは点ばかりで全く線にならないのだ。


「どうぞ」


 抑揚の乏しい声に続いて、カチャリ、と傍で音がする。

 ひたいを軽くさすりながらおずおずと顔を上げれば、そこにはふわりと湯気を立ち上らせる、真っ白なカップとソーサーが置かれていた。


「ありがとうございます……」


 顔だけでなく、新たに打ち付けたひたいも赤くしたまま、それでも素直にカップを手に取り、引き寄せる。火傷しないよう気を付けながらひとくち口にしてみると、爽やかな柑橘系の香りが鼻に抜けた。

 リラックス効果があるのだろうか。自然とほっと息が漏れて、肩からも少し力が抜ける。昨日とはまた違うハーブティだった。


「ご主……先生ももう少ししたら来られますので」


 先生。アンリのことだ。

 リュシーのその言葉に、ジークの身体が僅かに強張る。


「あの……俺、大丈夫なんでしょうか」

「何がですか?」

「き、昨日俺……アンリ……先生に触れたとたん、何か変な感じに……」


 カップに落としていた視線をおずおずと上向ける。傍らに立ったままのリュシーの顔を見遣ると、


「ああ……大丈夫だと思いますよ。……今は」

「今は?」

「はい、今は」


 彼は少しだけ考えるような間を挟みながらも、きわめてあっさり頷いた。


 そんなリュシーの反応に、何となくそれ以上は問い返せなくなり、ジークは辛うじて「そう、ですか……」と答えたものの、あとは黙ってカップを傾けるしかなかった。



 *  *  *


 テーブルの上には、カップと揃いのポットと、籠に入れられた焼き菓子が置かれている。アンリが座るのだろう場所には、ジークのと同じカップとソーサーが置かれていた。


「あ、そうだ、リュシーさん」

「……なんですか」


 思い出したように声を掛けると、リュシーはジークを見ることもなく淡々と答えた。

 外へと一部張り出したリビング――サンルームのようになったそこには、いくつもの鉢植えの植物が置かれている。リュシーはその手入れをしているところだった。


「アンリ先生の、あの作業……仕事部屋? の……」

「アトリエですか?」

「あ、アトリエ……に、置かれてる鳥かご、なんですけど」


 目の前にある手のひら大の葉を、一枚一枚柔らかな手巾で拭いていたリュシーの手が、一瞬止まった。けれども、その動作はすぐに再開されて、


「鳥かごが?」

「あ、えっと……昨日、中に何かいたような気がしたんですけど……さっき見たら空っぽだったので……。もしかしたら、俺の見間違いだったのかなって」


 先刻、リュシーに連れられ、アトリエを通り抜けた時も、自然と鳥かごそれが目に留まった。銀細工のスタンドに吊された、扉のない華奢な鳥かご。止まり木に乗るものはなく、確かに中は空だった。

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