「信じられない……」
ベッドに横たわったまま、ジークは顔を覆っていた両手をゆっくり離すと、反芻するみたいに再度呟いた。
視界の端では、カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。
分かっている。いまは早朝だ。
昨日、アンリはジークに言った。満足させてほしいのだろうと。そして実際、彼の〝治療〟が終わった頃、身体は充足感に包まれていた。
「ここまでしなければお前の熱は収まらない」
頭を過ぎったのは、意識を手放す直前にアンリが告げた言葉だった。
ジークは恐る恐る身体を起こし、ベッドサイドに足を下ろした。
それからふと思い出す。
「俺、あれを前にも……って、本当なのかな」
アンリは言った。「お前は一度この治療を受けている」と。「そうでなければ、狂っていただろう」とも……。
「全然覚えてないし……どういうことなのかいまいち分からないけど……」
それでも、少なくともあれが治療の一環だったことは間違いなさそうだ。
実際、身体はこうしてすっかり元通りになっているし……。
かと言ってにわかには信じられず、
(アンリさんに……アンリさんと、もっとちゃんと話をしないと)
思いながら、ジークは腰の辺りに蟠っていた上掛けを除けると、意を決して立ち上がった。
すると不意に奥から何かがとろりとあふれ出てくる感覚がして、
「へっ、え、わ?!」
ジークはその感触に思わず視線を下向けた。確認しようと下肢を見遣れば、予想外に未だ全裸の自分の姿が目に入り――。
「えっ……な、なんっ……えぇ?!」
ジークは慌ててベッドの上に残していた上掛けを手繰り寄せた。
それでとっさに前を隠すと、後ろからさらに粘液が垂れてきて、「わあぁっ?!」と軽く頭がパニックになる。
「と、とりあえず、服……? じゃなくて、拭くもの!!」
慌てて辺りを見渡すと、壁際の積荷の上に放置されていた、自分のかばんが目に入る。
上掛けで前を押さえたまま、妙な歩き方でそちらに向かい、手が届けば中から簡素な部屋着を引っ張り出した。「違うっ」とそれを傍らに投げ置いて、続けて手巾を探り出す。
若干の涙目になりつつ、ようやく手にしたそれで後ろを押さえると、よりにもよって、そのタイミングで部屋の扉が開いた。
「あぁ、もう起きてたんですね」
声をかけられるのと同時に顔を上げると、そこに立っていたのはリュシーだった。
リュシーの手には、昨日の朝と同じようにガラスの水差しが握られていた。注ぎ口には小ぶりのグラスが被せてあり、腕には濡れた手巾がかけられている。
「あ、あの……」
「はい?」
目が合うと、ジークはたちまち着火したみたいに顔を赤くした。何と説明すればいいのか分からず、ただ口を小さく開閉させるジークに、リュシーは顔色一つ変えることなく、淡々と言った。
「すみません、昨夜は身体を拭くしかできなかったので」
(…………?)
リュシーは立ち尽くすジークの横を通り過ぎると、ベッド脇のサイドテーブルの上へと持っていたものを置いた。
そして当たり前のように、足元に落ちていたジークの部屋着を拾い上げ、ベッドの上でそれを畳む。
ジークは前も後ろも押さえた格好のまま、半ば呆然とリュシーを見つめた。
(今、身体を拭くしか………って言った? 拭くしかって何……?)
しかも、〝昨夜は〟って?
遅れて反芻した言葉に、血の気が引くような心地になる。
「あ、あの……っ」
それを振り払いたいようにも一歩踏み出すと、途端に後ろが潤んでくる感触がして、ジークは慌てて内腿に力を入れた。
リュシーが顔を上げ、小さく息をつく。
「……やりましょうか? それとも、自分でします?」
「……自、分でする……って、何を……?」
「水浴びはいつでもできますよ。裏の小川で」
「あ、あぁ……水浴び……」
知らず強張っていた身体から僅かに力が抜ける。けれどもそれと束の間で、
「もう、必要なものは吸収しているそうですから。残りは出しておいた方がいいようですよ。特異体質でも」
「……え? な……え…………?」
「出しておいた方がいいようですよ」
戸惑うばかりのジークに、リュシーは同じセリフを平板に繰り返す。
「だ、だ……す?」
ジークがどうにかそれを復唱すると、それに応えるみたいに後ろからこぽりと雫が溢れた。