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12.自覚と認識01

「信じられない……」


 ベッドに横たわったまま、ジークは顔を覆っていた両手をゆっくり離すと、反芻するみたいに再度呟いた。


 視界の端では、カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。

 分かっている。いまは早朝だ。


 昨日、アンリはジークに言った。満足させてほしいのだろうと。そして実際、彼の〝治療〟が終わった頃、身体は充足感に包まれていた。


「ここまでしなければお前の熱は収まらない」


 頭を過ぎったのは、意識を手放す直前にアンリが告げた言葉だった。

 ジークは恐る恐る身体を起こし、ベッドサイドに足を下ろした。


 それからふと思い出す。


「俺、あれを前にも……って、本当なのかな」


 アンリは言った。「お前は一度この治療を受けている」と。「そうでなければ、狂っていただろう」とも……。


「全然覚えてないし……どういうことなのかいまいち分からないけど……」


 それでも、少なくともあれが治療の一環だったことは間違いなさそうだ。

 実際、身体はこうしてすっかり元通りになっているし……。


 かと言ってにわかには信じられず、


(アンリさんに……アンリさんと、もっとちゃんと話をしないと)


 思いながら、ジークは腰の辺りに蟠っていた上掛けを除けると、意を決して立ち上がった。

 すると不意に奥から何かがとろりとあふれ出てくる感覚がして、


「へっ、え、わ?!」


 ジークはその感触に思わず視線を下向けた。確認しようと下肢を見遣れば、予想外に未だ全裸の自分の姿が目に入り――。


「えっ……な、なんっ……えぇ?!」


 ジークは慌ててベッドの上に残していた上掛けを手繰り寄せた。

 それでとっさに前を隠すと、後ろからさらに粘液が垂れてきて、「わあぁっ?!」と軽く頭がパニックになる。


「と、とりあえず、服……? じゃなくて、拭くもの!!」


 慌てて辺りを見渡すと、壁際の積荷の上に放置されていた、自分のかばんが目に入る。

 上掛けで前を押さえたまま、妙な歩き方でそちらに向かい、手が届けば中から簡素な部屋着を引っ張り出した。「違うっ」とそれを傍らに投げ置いて、続けて手巾を探り出す。


 若干の涙目になりつつ、ようやく手にしたそれで後ろを押さえると、よりにもよって、そのタイミングで部屋の扉が開いた。 


「あぁ、もう起きてたんですね」


 声をかけられるのと同時に顔を上げると、そこに立っていたのはリュシーだった。


 リュシーの手には、昨日の朝と同じようにガラスの水差しが握られていた。注ぎ口には小ぶりのグラスが被せてあり、腕には濡れた手巾がかけられている。


「あ、あの……」

「はい?」


 目が合うと、ジークはたちまち着火したみたいに顔を赤くした。何と説明すればいいのか分からず、ただ口を小さく開閉させるジークに、リュシーは顔色一つ変えることなく、淡々と言った。


「すみません、昨夜は身体を拭くしかできなかったので」


(…………?)


 リュシーは立ち尽くすジークの横を通り過ぎると、ベッド脇のサイドテーブルの上へと持っていたものを置いた。

 そして当たり前のように、足元に落ちていたジークの部屋着を拾い上げ、ベッドの上でそれを畳む。


 ジークは前も後ろも押さえた格好のまま、半ば呆然とリュシーを見つめた。


(今、身体を拭くしか………って言った? 拭くしかって何……?)


 しかも、〝昨夜は〟って?

 遅れて反芻した言葉に、血の気が引くような心地になる。


「あ、あの……っ」


 それを振り払いたいようにも一歩踏み出すと、途端に後ろが潤んでくる感触がして、ジークは慌てて内腿に力を入れた。


 リュシーが顔を上げ、小さく息をつく。


「……やりましょうか? それとも、自分でします?」

「……自、分でする……って、何を……?」

「水浴びはいつでもできますよ。裏の小川で」

「あ、あぁ……水浴び……」


 知らず強張っていた身体から僅かに力が抜ける。けれどもそれと束の間で、


「もう、必要なものは吸収しているそうですから。残りは出しておいた方がいいようですよ。特異体質でも」

「……え? な……え…………?」

「出しておいた方がいいようですよ」


 戸惑うばかりのジークに、リュシーは同じセリフを平板に繰り返す。


「だ、だ……す?」


 ジークがどうにかそれを復唱すると、それに応えるみたいに後ろからこぽりと雫が溢れた。

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