目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
意識がある中で03

「あ、あの……っ」


 すでに乱れていた衣服を左右に開かれ、下半身を覆っていた衣服まで手早く寛げられる。

 躊躇うように声を上げても、誰も助けてはくれない。構わず下着にまで指をかけられ、ジークはとっさに両腕で顔を隠した。


 どろどろに濡れて張り付いていたそれが無くなると、晒された素肌が一気に粟立つ。


 ジークが何とか正気を保っていられたのは、たしかにその薬のせいだった。

 アンリの作ったは、淫魔の血に直接作用し、内側から発情を抑制する効果があるらしい。


 発情を抑え、意識を正常化し、のち、そのまま深い眠りに落とす――。

 早い話が、そうやって強制的に鎮静化し、眠らせている間に、その波をやり過ごすというものだった。


 その間、夢の中で擬似的にでも欲求が満たされれば、それだけに終わることもある。

 だが、多くの場合、そう上手くはいかず、次に来る発情が過度なものになると言う報告も多かった。

 それでもパートナーさえいれば問題ないからと、単に発情期をコントロールする目的で買い求める客も少なくないのだが――。


「途中で覚醒した場合のデータはなかったからな。ちょうどいい。……それに」

「……?」


(飲んだわりに、症状がほとんど収まっていない……)


 どころか、そう時間も経っていないのに、より強くなっている気がするのも興味深い。


 そう、アンリがリュシーに渡していたそれは、一方ではそんなふうにまだまだ治験段階と言えるものでもあったのだ。ジークにその兆候が出たら、すぐ飲ませるようにと言いつけておきながら、実際にはその結果――他にも判明していない効果や副作用――を、あわよくばアンリが知りたいがためにさせた処置でもあった。


「え、アンリさ……? えっ……あ、えぇ……っ」


 ジークは思わず顔を覆っていた腕を退けた。

 慌てて向けた視線の先で、アンリの手が脇腹から下へと下りていく――その気配を感じたからだ。


 汗ばんだ肌の上を辿りながら、やがてその長い指先が触れたのは、先刻からまるで萎えることなく、天を向いていたジークの――。


「ア、アンリさん……! え、待……っ」


 ジークが身体を起こそうとするのを、アンリの他方の手が阻む。もとよりろくに力の入らないジークの身体を制するのは容易かった。


 ジークの屹立に手を添えながら、アンリはジークの顔を悠然と見下ろす。

 わけもわからないまま、ジークはただ羞恥に身を竦め、アンリの落とした影の中で、その絡め取るような眼差しを見詰め返すことしかできない。


「いいか」


 アンリはおもむろに顔を近づける。

 すると条件反射のように、ジークの唇が僅かに浮いた。できた隙間から熱っぽい呼気が漏れる。


 けれども、アンリはそれが触れ合う寸前で動きを止めて、口付けの代わりのように囁きを落とした。


「これは治療だ」


 その言葉は、呪文のようにジークを束縛する。

 低く平板なその声は、そのくせひどく艶っぽくも聞こえ、怖いくらいにジークの官能を刺激する。

 ジークは束の間瞠目し、それから堪えるように目を閉じた。


「このまま放置されたくはないだろう……?」


 アンリの吐息が耳にかかる。かと思うと、耳殻に沿って舌が這う。頭の中に直接注ぎ込まれるような息づかいと水音が、妙に生々しく鼓膜を震わせる。

 視界を閉ざしたばかりに、いっそう全てが際立って、ジークは知らずごくりと喉を鳴らした。


「そ……っ、それは……」

「どうして欲しいか言ってみろ」


 ジークはおずおずと目を開ける。水膜に滲んだ視界の端に、さらりと流れる朱銀アンリの髪が茫洋と映る。

 微かに戦慄く唇から、言葉はすぐには出てこない。出てこないものの、身体が欲しているものは嫌でも察しがついていた。


 とにかく今は、この性的欲求を満たしたい――。


 どうしてそんなことになっているのかは分からないし、できれば認めたくもないけれど、自身の反応から見てもそれは紛れもない事実だった。


 ジークは半ば無意識に片手を下肢へと伸ばし、自身に触れたままのアンリの手の上に、自らのそれをそっと重ねた。


「……だ、出したい」

「違うな」


 けれども、意を決して告げた言葉は冗談みたいに一蹴された。

 ジークは信じがたいように目を瞠り、「そんなはずない」と小さく首を振った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?