「っ……」
薄く開いた唇の隙間で、誘うように覗いた舌がゆっくりと動いている。
さっきとはまるで別人だ。リュシーは奥歯を噛みしめ、その現実味のない空間へとどうにか踏み出した。
「もう少しくらい大人しく寝てろよ……!」
口元を覆う手を外し、ジークの胸元に手を伸ばす。そのまま突き飛ばすようにして後ろに押し倒すと、抑えつけるように自重を載せた。
そうしながら、片手で瓶の蓋を開けようとする――が、うまくいかない。
もたついているうちに、ジークの手が伸びてくる。リュシーの服へと指がかかり、きっちりと詰めていた襟を開かれる。
あらわになった鎖骨を撫でる手つきが、否応なしに情欲を擽ってくる――。
「さ、触んな……っ」
その気もないのに背筋が泡立つ。リュシーは「くそ……っ」と悪態をつきながら、ジークを抑えていた手を戻し、瓶の蓋を急いで開けた。
ちらとジークの口元を見る。僅かに逡巡し、舌打ちを漏らす。
それから意を決したように、リュシーは手の中の瓶を自分の口元に寄せ、その液体を口に含んだ。
「ん、んぅっ……!」
他方の手が瓶の蓋を投げ捨てる。その手で、再びジークの胸倉を掴む。引き寄せながら唇を重ねて、口内の液体を一気に流し込んだ。
「……っ」
ジークがそれを嚥下したのを確認してから、リュシーは一度唇を離し、続けて残りの液体を呷る。
空になった瓶を傍らに投げ置き、ジークの両手首を掴むと、組み敷くようにしてシーツの上へと縫い止めた。
一見、細身に見えるジークだったが、騎士を志願するだけあって、その体付きは思いの外しなやかだ。
着痩せするたちなのか、ほどよく筋肉を纏った体躯には無駄がなく、反してリュシーはどちらかと言えば華奢な部類だった。問診で聞いた寮での一件――同僚に襲われかけた時――のことからしても、このままではいつはね除けられてしまうか分からない。ともすれば、容易くひっくり返されてしまう可能性だって――。
リュシーはひやりとしたものを感じながら、ジークの両手を必死に押さえた。
けれども、ジークはそんな素振りは一切見せなかった。
早くも一度目の液体の効果が表れていたのだろうか。リュシーが急くように二度目の口移しを実行した際にも、そこに抵抗らしい抵抗はなく、どころか、まるで口づけそのものを楽しみたいみたいに、うっとりと目を閉じ、唇を開かれてしまう。
「ん……っ……」
こくん、こくんと、ジークの喉が鳴る。その振動が直接伝わってくる。
刹那、ジークの舌先がリュシーの唇に触れた。
「っ!」
リュシーは弾かれたように顔を離した。その目は怯むように揺れていた。それを認めたくないよう、すぐさま頭を振って振り払う。
腹いせのように、辛うじて掴んだままだったジークの両手を、ぎり、と強く握り締めた。
「……っ」
ジークがかすかに声を漏らす。
それにはっとしたリュシーは、警戒しながらも少しだけ力を緩めた。
それでも解放するには至らず、ジークはベッドに縫い止められたままだった。
「リュシー、さん……?」
ゆっくりと瞬く双眸に、正気の色合いが戻ってくる。思ったよりも効き目は早く出たらしい。