「じゃあ、全部そろったら連絡するよ」
そんな言葉と共にカヤが渡してきたのは、蓋付きのバスケットだった。中身は別途用意してあったカヤ特製の焼き菓子だ。
それを箒の先にひっかけ、アンリは柄の部分に軽く横座りしたまま、うっすらと朱に染まった夕刻の空を飛行する。
他愛もない話を経て、ようやく本題が終わった頃には、テーブルに置かれていたスコーンもほとんどなくなっていた。
カヤの本職は魔法薬屋――媚薬精製が得意なアンリに対して、毛生え薬などが得意――であり、かつ便利屋でもあるのだが、その他にも住居兼店の一部で不定期に手製の菓子なんかも売っていたりする。魔法抜きで作られたそれは意外と評判で、偏食家であるアンリでさえも、こうして断ることなく持ち帰るくらいだった。
それを密やかに楽しみにしながら、アンリは思い出したように目の前で片手を翻す。その瞬間、現れたのは
(ちゃんと仕事はしているだろうな……)
自転車程度の速度で障害物のない空を行きながら、片手運転でその鏡面へと目を凝らす。
すると表面が微かにに揺らいで、そこに映っていたはずのアンリの姿が歪んでいく。色が混ざり合って塗りつぶされたかのようになったそれが、
(あの匂い……サシャの応急処置……で、森についてすぐに異変ってことは、もったのは半日くらいか)
タイムラグがあるというのに、映像は鮮明だった。音声こそついていないが、その代わりにリュシーが取ったメモが映っている。そこに時折ジークの様子が入ってくる。
ちなみにアンリは読唇術にも長けているので、それと合わせれば得られた情報は十分だった。タイムラグに関しても、一日ほどのずれであれば問題はないらしい。
(……倒れたところからのことは、何も覚えていない――)
リュシーが書き留めたメモを目で辿る。
自分がどうやってその熱を収めたのかもまるで知らない。
要するに、アンリに抱かれたことも一切記憶にはない――。
「…………」
まぁ概ね予想通りだと、アンリは小さく息をつく。それから手鏡に落としていた視線を一旦伏せ――ようとしたところで、
「……なんだ?」
鏡面に映っていたリュシーの手が、不意にびくりと震えて固まったのに気付いた。
手元のメモ用紙から、ゆっくりと視線が動いていく。天板の上に置かれたティーカップが倒れ、
やがてその目がとらえたのは、胸を掻き抱くようにして俯いた、苦しげなジークの姿だった。