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07.アンリとカヤ01

「サシャからの手紙だ」


 アンリは長く伸ばした朱銀の前髪を掻き上げながら、持っていた封書をテーブルへと放り投げた。

 いびつな形の天板の上を封筒が滑る。その傍らには、小ぶりなバスケットに入ったかぼちゃのスコーンと、いれたてのハーブティが置かれていた。


「やぁ、懐かしいな。サシャ元気?」 

「知らん」

「俺ももう何年も会ってないなぁ」


 マイペースに向かい側の椅子を引き、腰を下ろしたのは青銀色の髪と瞳を持つ青年だった。アンリとは真逆の雰囲気を持つその青年は、のんびりとした笑みを浮かべたままその封書を手に取った。


「――わぁ、これはなかなか珍しい依頼だね」

「何が〝わぁ〟だ。白々しい」


 アンリは吐き捨てるように言うと、目の前に置かれていたカップを口元に寄せた。

 うっすらと湯気の立ち上るハーブティを数口嚥下する間、束の間の沈黙が落ちる。


「だってこれ……同じだろ? アンリが持つのそのレアなのと」

「向こうはめすだ。厳密に言えば私とは違う」


 紙面に目線を落としたままの青年を一瞥し、それからカップをソーサーへと戻す。

 するとまるで明日の天気でも聞くかのように、青年は言った。


「あ、そうなんだ。ん? じゃあ、アンリはおすってこと?」


 読み終えた手紙から顔を上げ、アンリを見て僅かに首を傾げる。

 そのきょとんとした表情に、アンリの声が自然と平板になった。


「――カヤ」


 青年カヤはぱちりと瞬いた。

 え? とばかりに、へらりと笑う。そして、


「……それってどう違うんだ?」


 継がれた言葉に、アンリは目眩を感じるように額を押さえた。


「いますぐここに連れてこい。――お前のことを、賢者だの生き字引だのと呼ぶ者を」



  *  *



 真っ黒いローブを閃かせながら、カヤは地下室から引っ張り出してきた古い書物をテーブルに置いた。分厚く重いそれを開くと微かに埃が舞い上がったが、構わずページをめくって目的の項目を探す。


「ええっと……めすってことは、インキュバス?」


 アンリがカップを傾けるのを横目に、カヤは紙面に指を滑らせる。「違う」と端的に言われ、すぐさま少し先へと目を移す。


「あ、あった。こっちか、サ……サキュバス」


 見つけた項目に手を止めて、その文字列を指で辿る。

 同時に目でも追いながら、当たり前のように読み上げた。


「サキュバス……女性型……役? の淫魔。主に男性を誘惑し、襲って……その精液を自分の体内に」

「お前は口に出さずに読めんのか」


「あ、俺、口に出した方が覚えやすくて」


 てらいもなく、へらりと表情を緩ませてから、懲りずにカヤは音読を続ける。


「で……えっと、インキュバスの方は……」

「そっちは別に読まなくていいが」

「いや、だってこっちはアンリのことなんだろ?」

「……その言い方は間違いではないが正解でもない」


 アンリは不服そうに息を吐いた。


「はは、まぁまぁ、俺アンリのことも知りたいし」


 けれども、カヤが笑ってそう言うと、それ以上言っても無駄かとばかりに何も言わなくなった。


「えーっと、次……インキュバスは男性型の淫魔で、主に相手を襲って精液を注ぐ……。――へぇ……」


 その妙な間に続く「へぇ」はなんだ。

 アンリの目が口ほどに物語っている。

 その視線に気付いたカヤが、アンリの方へと向き直る。


「それって妊娠させるのが目的? ってこと?」

「さぁな。それはその者次第だろう。少なくとも私はそこに興味はない」

「そうなのか……。じゃあ、結局この淫魔って」

「簡単に言えば、人より多少性衝動が強いだけの種族だな」


 アンリは何でもないふうに言いながら、持っていたカップをソーサーに戻した。

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