「サシャからの手紙だ」
アンリは長く伸ばした朱銀の前髪を掻き上げながら、持っていた封書をテーブルへと放り投げた。
いびつな形の天板の上を封筒が滑る。その傍らには、小ぶりなバスケットに入ったかぼちゃのスコーンと、いれたてのハーブティが置かれていた。
「やぁ、懐かしいな。サシャ元気?」
「知らん」
「俺ももう何年も会ってないなぁ」
マイペースに向かい側の椅子を引き、腰を下ろしたのは青銀色の髪と瞳を持つ青年だった。アンリとは真逆の雰囲気を持つその青年は、のんびりとした笑みを浮かべたままその封書を手に取った。
「――わぁ、これはなかなか珍しい依頼だね」
「何が〝わぁ〟だ。白々しい」
アンリは吐き捨てるように言うと、目の前に置かれていたカップを口元に寄せた。
うっすらと湯気の立ち上るハーブティを数口嚥下する間、束の間の沈黙が落ちる。
「だってこれ……同じだろ? アンリが持つのそのレアなのと」
「向こうは
紙面に目線を落としたままの青年を一瞥し、それからカップをソーサーへと戻す。
するとまるで明日の天気でも聞くかのように、青年は言った。
「あ、そうなんだ。ん? じゃあ、アンリは
読み終えた手紙から顔を上げ、アンリを見て僅かに首を傾げる。
そのきょとんとした表情に、アンリの声が自然と平板になった。
「――カヤ」
え? とばかりに、へらりと笑う。そして、
「……それってどう違うんだ?」
継がれた言葉に、アンリは目眩を感じるように額を押さえた。
「いますぐここに連れてこい。――お前のことを、賢者だの生き字引だのと呼ぶ者を」
* *
真っ黒いローブを閃かせながら、カヤは地下室から引っ張り出してきた古い書物をテーブルに置いた。分厚く重いそれを開くと微かに埃が舞い上がったが、構わずページをめくって目的の項目を探す。
「ええっと……
アンリがカップを傾けるのを横目に、カヤは紙面に指を滑らせる。「違う」と端的に言われ、すぐさま少し先へと目を移す。
「あ、あった。こっちか、サ……サキュバス」
見つけた項目に手を止めて、その文字列を指で辿る。
同時に目でも追いながら、当たり前のように読み上げた。
「サキュバス……女性型……役? の淫魔。主に男性を誘惑し、襲って……その精液を自分の体内に」
「お前は口に出さずに読めんのか」
「あ、俺、口に出した方が覚えやすくて」
てらいもなく、へらりと表情を緩ませてから、懲りずにカヤは音読を続ける。
「で……えっと、インキュバスの方は……」
「そっちは別に読まなくていいが」
「いや、だってこっちはアンリのことなんだろ?」
「……その言い方は間違いではないが正解でもない」
アンリは不服そうに息を吐いた。
「はは、まぁまぁ、俺アンリのことも知りたいし」
けれども、カヤが笑ってそう言うと、それ以上言っても無駄かとばかりに何も言わなくなった。
「えーっと、次……インキュバスは男性型の淫魔で、主に相手を襲って精液を注ぐ……。――へぇ……」
その妙な間に続く「へぇ」はなんだ。
アンリの目が口ほどに物語っている。
その視線に気付いたカヤが、アンリの方へと向き直る。
「それって妊娠させるのが目的? ってこと?」
「さぁな。それはその者次第だろう。少なくとも私はそこに興味はない」
「そうなのか……。じゃあ、結局この淫魔って」
「簡単に言えば、人より多少性衝動が強いだけの種族だな」
アンリは何でもないふうに言いながら、持っていたカップをソーサーに戻した。