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非日常的日常は平穏とは言えない
市瀬雪
BLファンタジーBL
2024年09月14日
公開日
87,495文字
連載中
 王級騎士を目指すジークの中で、予定外に目覚めてしまった淫魔(サキュバス)の血。
 そのせいで始まってしまった突然の発情。
 抑えきれないそれを何とかできるのは、とある一人の上級魔法使いだけ――?
 ドSな魔法使いはそのたび彼に〝治療〟を施す。
 それに効果があるのは確かだけれど、ジークにはそれがなかなか受け入れられない。
 だって本当にそれで正解なのか?
 本当にそれしか方法はないのか?
 いつまでこんな状態が続くのか?

 性悪魔法使いは息を吐くように嘘をつく。
 何故ってすべては彼を気に入ったから――。

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※BL×ハイ・ファンタジー×コメディ?
 主人公総受けなため、他キャラとの絡みもあります。
 場合により脇CPのお話も入ります。
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◆世界観◆※詳細は別途記載
 人間の他に、魔法使いや吸血鬼、天使や悪魔など、様々な種族が共存する世界。種族間の確執は基本的には少なく、結果として純血の種族は貴重な存在となっている。それぞれの能力は原則血の濃さに比例する。
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表紙はおもちさま(@0moti_moti0)に描いて頂きました!【作品シェア以外での転載等はご遠慮下さい】

00.prologue

「ジーク……」

 名を呼ぶ声と共に、生暖かい呼気が耳にかかる。

 ジークと呼ばれた青年は応えるように吐息を漏らし、数秒後、不意にぱちりと目を開けた。

「!」

 一瞬、何が起こっているのか分からなかった。

 明け方――いつものように騎士寮の一室で目を覚ましたジークは、自分が誰かに組み敷かれているのに気付いて絶句した。相手はルームメイトの男だった。

(な、え……⁈)

 男はジークにのし掛かり、吸い寄せられるように首筋に顔を埋めてきた。そればかりか、次には唇を重ねられそうになり、ジークは咄嗟に顔を逸らす。そのまま思い切り相手を突き飛ばし、転がるようにしてベッドを下りた。

「どこ行くんだよ……」

「どこって、……!」

 血走った目で、低い呟きと共に追いかけてくる男の手首を掴み上げ、すぐさま床へと押さえ込む。お互い体術は身に付いているはずだったが、腕はジークの方が上だった。

 男は振り仰ぐようにしてジークの顔を見た。その眼差しは妙にぎらついていて、前日までのそれとは明らかに違って見えた。

「お前が誘ったんだろ……っ」

 挙げ句、まるで身に覚えのない言いがかりをつけられ、ジークは更に混乱する。知らず相手を捕らえる手にも力が入り、

「いっ……!」

 それによって男が悲鳴を上げたのをきっかけに、ようやくはっとして手を離した。

「お前のその匂いなんだよ……ジーク」

(匂い……?)

 問い返したかったが、乾いた喉が張り付くようで声が出ない。

 男は解放された腕を擦りながら起き上がると、ふたたびジークの方へと踏み出してきた。その手が頬へと伸ばされて、指先が肌の上をツ、となぞる。その感触にざわりと背筋が粟立ち、ジークは弾かれたように身を退いた。

(え、え……?)

 余韻として残るのは何故か甘い痺れのような感覚で、

(何だ、これ……?)

 ジークは思わず口許を手で覆った。遅れて頬が熱を帯びていることに気づき、ますます気が動転する。

「そんな目しといて……、なんで逃げるんだよ!」

 次の瞬間、ジークは部屋を飛び出していた。すぐに背後から責めるような声が追ってきたが、それに構うような余裕はなかった。



+++



 頭上に浮かぶ天窓から、白み始めたばかりの空が見える。

 最近変わったことがあったかと言えば、王宮騎士団への入団が決まった際、潜在能力の鑑定と解放の儀式を受けたことくらいだ。

 だけどそれは一月ひとつきも前のことで、昨日まではジーク自身にも周囲にも何の変化も見られなかった。

「ああ、これは……何か余計な血まで起こしてしまったかな……」

「余計な血?」

 ひとまず現寮長を務めるカイの元に駆け込んだジークは、すぐさまその足で医務室に行くよう指示された。

 カイもそれに付き合ってはくれたが、やはりジークに対する態度は昨日までと違い、極力距離を取るよう部屋の隅に身を寄せて、あまつさえ鼻と口を手布できっちり押さえている始末だった。

(そんなに俺は匂うんだろうか……)

 だとしたらショックだ。それならそれで、先に湯浴みでもしてくるべきだったかもしれない。ジークは気まずいような恥ずかしいような気分で、診察台の上に横になっていた。

「ええとですね」

 そんなジークの傍らに立ち、額や身体へと手を翳していた男が、瞑目したまま改めて説明を始める。

「あなたの血には、魔法使いの血が入っていたので、その力だけ目覚めるきっかけを与えたつもりだったんですけど……」

「それは儀式の時に聞きました」

「はい。それがですね……その時にどうやら、ほんの少しだけ混ざっていた、別の血まで目覚めさせてしまったみたいで……」

「別の血」

 言われている意味が理解できず、ジークはぱちりと瞬いた。

「うーん、しかもこの感じ……」

「先生?」

「サシャ?」

 ややして顔を曇らせた男に、カイも横から口を出す。〝サシャ〟と〝先生〟は同じ男を指している。

「急いだ方がいいかもしれません」

 サシャは静かに手を下ろし、ふう、と一つ吐息した後、

「すみません、僕の手には負えません」

 ひどく申し訳なさそうに頭を下げた。

「ええ⁈」

「どういうことだ?」

 口を押さえるのも忘れて、身を乗り出したカイに、サシャは小さく首を振る。

「お前の魔法ちからでもどうにもならないのか? お前が解放した潜在能力なんだろう?」

「せ、先生も魔法使いなんですよね? しかも結構力のある方だって聞いて……」

 カイにつられるように、ジークも身体を起こしてサシャを見る。しかしサシャは依然として首を横に振り、

「僕の力ではもって一日、それも本当にその場しのぎの処置しかできません。なので、これからすぐに、外に治療に行ってもらうことになります」

「外に?」

「はい。できれば用意ができ次第――すぐにでも出発させてください。そうすれば夜までにはたどり着けると思います」

 と、一旦ジークに目を遣ってから、再びカイを見てそう告げた。

「〝翡翠の森〟と呼ばれるところに、腕利きの魔法使いがいます。彼なら何か良い方法を知っているのではないかと……少なくとも僕よりはこの手の症状に詳しいはずですから」

「翡翠の森……」

 サシャの提案を聞き、何かを思い出すように呟いたカイは、口許を押さえながら僅かに眉をひそめた。

 そんなカイの反応にいっそう不安になるジークだったが、その時はもう、とにかくサシャの言葉に従うよりほかなかった。

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