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第1話

世の中には二種類の人種がいる。即ち、金持ってる奴と、赤貧洗いまくりの奴の二種類だ。

 「たまには肉も食いたいよな」

 薄暗い食堂で、酸っぱくて、もっさりとした食感の黒パンを、半ばヤケクソ気味に齧りながら、エイリーンが呟いた。

 その二種類の人種のうちの、赤貧洗いまくりに属する彼の食事は、ここ一週間程黒パンとミルクという、きわめて質素且つ健康的なものだ。

 「その辺の犬猫でも捕まえて食うか?一応肉は肉だぞ」

 その呟きに、彼の目の前にいる青年が答える。

 「……、そこまで肉に飢えてないから遠慮するわ……。シャウリィが喰いたいって言うんだったら、協力はするけどな」

 「言ってみただけだ、本気にするな。まぁ、まずいとはいえ、一応食事と寝床は確保できた分、恵まれてるとおもわんと。後はこれで、俺たちに合った『仕事』が見つかれば、何も言うことはないんだが」

 彼らのいう『仕事』とは、例えば、近所の山に巣食うトロルを退治してみたりとか、街道を往く旅人を襲う、野党をとっ捕まえたりとか、所有者不明の洞窟に潜り込んで宝物ガメてみたりとかする、いわゆる世間一般で言う『冒険者』という名の、一歩間違えれば、テメエらが飯の種にしている連中と同じ穴の狢になりかねない根無し草家業なのだ

 今いるこの街は、規模はデカイが治安が大変よろしく、住人たちにとっては非常に快適で住みやすい街だ。普通なら喜ぶべきことなのだが、路銀をほとんど使い果たした状態で辿り着いた二人にとっては、あまり歓迎できることではなかった。

 治安がいいということは即ち、手っ取り早く金を稼ぐ方法が、ほとんど存在しないということなのだ。

 不幸中の幸いともいうべきか、この街には冒険者ギルドの支部があったため、そこに転がり込むことで、三食+屋根つきの寝床を確保することができたのだった。

 最も、『仕事』のたびに仲介料と称して、報酬の%もピンハネした挙句に、年会費として、金貨五枚という法外な金額を要求しているのだから、これくらいのアフターケアは当然だろうと、エイリーン達は思っている。

 別にギルドを通さずに、直接仕事を請け負う冒険者もいることはいるのだが、ギルドを通さない仕事というのは、かなり危険犯罪がらみという意味の方のな仕事も多い上、報酬が支払われないといったトラブルもある。

 そして、それ以前にこの二人には、ギルド経由でしか仕事を受けられない理由があった。

 二人の容姿だ。

 エイリーンの年の頃は15、6歳といったところで、ほっそりとした輪郭と、抜けるように白い肌、ややタレ目がちのくりくりとした、殆ど金色に近い薄い琥珀色の大きな瞳をしている。

 美少女といっても十分通用するだろうが、その言葉使いの荒さで、一発で男とばれること請け合いだ。その肌の色に映える金色の美しい髪は、首筋辺りで綺麗に切り揃えられていて、もみ上げだけを肩の辺りまで伸ばし、額には幅広のバンダナを巻いている。

 その容貌だけでも十分に人の注目を集めるに値するが、その容姿以上に人目を引くものがあった。大きく尖った耳である。

 短剣のように尖った大きな耳。人間の倍以上はありそうなその耳は、『森の民』と言われるエルフの特徴だ。しかし、類稀な口の悪さが、容姿端麗、頭脳明晰といったエルフのイメージをものの見事にぶち壊していた。

 そして、そんなエイリーンと共に旅をするシャウリィもまた、負けず劣らず人目を引く容姿をしていた。

年の頃は18、9歳といったところで、灰色がかった鎧と、左腰に大きな剣を吊り下げており、両手利きなのか、右側の腰にも綺麗に細工されたレイピアを吊り下げている。

 耳の辺りで切り揃えられた髪も、男としては十分大きな瞳の色も、この大陸では非常に珍しい漆黒の闇のような色をしていた。

 しかも、黒い髪に黒い瞳というのは、この大陸で最も信仰されている神を滅ぼす存在だと、その聖句の一説に刻まれているのだ。

 忌むべき存在とエルフ。こんな奇怪な取り合わせに、仕事の依頼をしようとする物好きはまずいないだろう。そこで、ギルドの登場となるわけだ。

 ギルドは、基本的には中立という立場を取っており、彼らのような社会不適合者と、彼の神を信奉するものたちが勝手に思い込んでいるでも入ることができる。

 そして、そこそこの実績と仲介料という名の上納金をギルドに収めていれば、支部があるところならば、最低限の食と住は確保される。

 それが、二人がギルドに属している最大の理由だった。

 しかし、さすがに一週間も黒パンとミルクだけでは、育ち盛りの身としてはかなりつらいものがあるので、何ぞ一発『仕事』でもして、その金で思いっきり肉でも食っちゃいたいところだったりする。しかし、肝心の『仕事』がないのだ。『仕事』がしたくても『仕事』がない、悲しき失業状態なのだ。

 「しゃあねぇなぁ。明日、川に釣りにでも行ったろか」

 ため息交じりにエイリーンが言った。魚なら、獲っても誰も文句は言わないだろうし(この街には川漁師はいないらしい)釣った魚をそのまま売るなり、塩漬けにして売るなりできるからだ。売ったところで大した金にはならないだろうが、ここでタダ飯喰らいつつ、ちまちまと一月ほど商売していれば、次の街へ行くための路銀ぐらいにはなるだろう。

 一攫千金は諦めて地味路線で行こうかと、半ば真剣に考え始めたとき、不意に食堂の扉をノックする音が聞こえた。

 エイリーンが扉を開けると、そこにはこの支部のマスターが立っていた。

 「喜べ、仕事が来たぞ。すぐに下にきな」

 手短にそれだけ言うと、ついて来いと手振りで二人に促す。促されるままについて行き、階下の閲覧カウンターに腰を下ろした。

 「今来たばかりの仕事だ。ざっと目を通してはみたが、はっきり言って、かなりやばい仕事だ。どうする?」

 「やばい分、報酬はいいんだろう?」

 エイリーンのその問いに、マスターはゆっくりと頷いた。

 「依頼はこの街の指物ギルドからだ。依頼書によると、一月ほど前にここを出立したギルドの隊商が、いまだに目的地に着かないということらしい」

 「それの行方を調べてくれと?」

 「まぁ、そうなるな。指物ギルド側が独自に調査して、時間の節約のため、どうやら殆ど使われていない古いほうの街道を使ったらしい、というところまでは判った。が、問題はその後だ。指物ギルド側が、ウチを通さずに冒険者を雇って、古い街道を探索させたが、誰も戻ってこなかったそうだ。それが一度だけでなく、二度もだ。前金は渡さなかったので、金だけもって逃げた、というのは有り得ないと言うのが、指物ギルド側の言い分だ」

 「で、どうしようもなくなって、ついにこっちに依頼してきたって訳か。流しで冒険者やってる位だから、結構腕の立つ連中だったんだろ?」

 エイリーンが訊ねた。

 「この辺りでは、そこそこ名の知れた連中だったな。最初の連中は四人で、次は六人で釣るんでいたな」

 そこで一旦言葉を切り、じっとエイリーンとシャウリィを見つめながら訊ねた。

 『やれるか』と。

 「ああ」

 と、短くシャウリィが答えた。だがその口調には、俺たちにはこの『仕事』をやり遂げることができるだけの腕があると、このマスターに誇示するには、十分な力強さが含まれていた。

 「仲介成立だな。これが先方からの依頼書だ。資料も同封されている。明日にでもすぐ『仕事』にかかってくれ」




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