どこか近くの教室から聞こえる、不吉なアラームの音。
小さな爆発音。
首のない桃井さんと黒矢の映像が、俺の脳裏をよぎる。
まさか、また誰かが死んだのか?
最悪の想像。
廊下の先、音のしたほうへと、俺の視線は吸い寄せられた。
隣の隣の教室のドアが開いた。
俺は生唾を飲み込んだ。
ドアからふらふらと出てきたのは、女子生徒だった。血しぶきを浴びたのか、制服が赤くなっていたが、ちゃんと首があるし、生きている。
彼女の名前は、東山ナナ(とおやま なな)。明るくてやかましいおバカなテニス部の女子。
東山ナナは相当なショックを受けたらしく、廊下にうずくまって泣き始めた。
その教室の中で何が起こったのか、彼女は目撃したはずだ。
俺は彼女を落ち着かせようと思って一歩、そちらへ踏み出した。
だがそこで伊集院慧の言葉が蘇ってきた。
『この状況で安易に異性に近づくのは自殺行為だと思うがな』
俺は足を止めて周りを見回した。他の生徒たちはみんなどこかへ散ってしまったらしく、誰も現われない。
俺に続いて教室を出ようとしていた何人かは、俺が足を止めたのを見て、同じように足を止めた。
「今の爆発の音って……まさか……」
俺の後ろで、男子生徒――名前はなんだっけ? がつぶやいた。誰もその先を言わなかった。その代わりに、「イヤだ……」とか「助けて……」とかつぶやく声が聞こえただけだった。
東山ナナは廊下でぽつんと泣いている。
どうして誰も来ない? どうして誰も彼女を慰めない?
当たり前だ、うかつな行動を取れば自分が死ぬかもしれない状況で、他人の心配なんてしている余裕はないから。
だけど俺は東山ナナの泣いている姿を見ているのがなんだか辛くなってきて、耐えられなくなって、歩き出す。
「佐藤、近づいても大丈夫なのか? さっき、伊集院くんが、言ってたじゃないか」
名前を忘れた影の薄い男子Aが俺の肩に手を置いた。
もちろん覚えてるさ!
「大丈夫か分からないけど放っておくわけにもいかないだろ?」
俺は名前不明の男子Aにそう答え、慎重に東山ナナのもとへ向かった。
「東山さん? 大丈夫か? 何があったんだ?」
俺は近づきながら東山ナナに尋ねた。俺の声が静かな廊下に反響する。
東山ナナは顔を上げも、答えもしなかった。
俺はうずくまって泣いている東山ナナのそば――といっても二メートルくらい離れた位置でいったん足を止めた。
「俺だ、佐藤だ。東山さん、何があったんだ?」
もう一度声をかけると、東山ナナは泣きながら首を横に振った。
とても会話できそうにない。
ならば自分で真実を確かめるしかなかった。
見たくなんてないし、知りたくもない。
だけど、よく分からないまま彼女を連れてここを離れるなんて、もっとできない。
俺は東山ナナが出てきた教室のほうを見た。ドアが開いている。教室の中が見える。正面の壁。窓、カーテン、並んだ机や椅子、床の血だまり。
東山ナナを迂回するようにして、俺は一歩動く。もう一歩。
血だまりの中に、倒れている人間の手が見えた。
もう一歩進む。
倒れている人間の、上半身が見えた。
頭のない上半身。
男子生徒だ。
吐きそうになった。教室とは反対側の壁のほうに避難した。壁に右手を突き、左手で口を押え、吐き気がおさまるのを待つ。さっきいた教室で吐いたばかりだから何も出てこなかった。廊下にゲロ風味のつばを吐き捨てた。
「爆発があったのはこの教室だな?」
近くで声がしたと思って振り向くと、いつの間にか伊集院慧が来ていた。教室の入り口に立って中をのぞき、堂々と観察している。
「死んだのは三人か。男二人と女一人。おい佐藤、決定的な瞬間を見たのか?」
伊集院慧が尋ねてきた。
「俺は見てない」
そう答えるのがやっとだった。
「じゃあ東山は見たのか? 見たんだな? 爆発の直前の状況を説明しろ。俺たちが生き残るために必要だ」
東山ナナは返事をせず、あいかわらず泣きながら首を横に振るだけだった。
「東山、顔を上げろ。クラスメイトの死を無駄にするな。いいか? 爆発の音は一回。そして男二人と女一人が同時に死んだということは、ラッキースケベは男女の一対一のペアで発生するとは限らない。一対多や多対多でも成立する可能性があることを示している。ハーレムもののスケベなマンガなどでは、同時に複数の美少女の服がやぶれるなんてことはざらにあるからな」
伊集院慧は厳しい目で東山ナナを見下ろしていた。
クラスメイトの死を無駄にするな……だって?
はいクラスメイトは死にました、って受け入れられるわけないじゃないか。
だけど俺は、やっぱりこの冷徹な男の分析に、関心もしていた。一瞬で状況を把握し、このふざけた「生き残りゲーム」の詳細ルールを解明していく能力は、正直、すごいと思った。
東山ナナは何を見たのか?
そして、なぜ彼女だけ無事だったんだ?
1日目 9:27
生存者 25人