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第3話

「安易に近づくな! 小森さんはお漏らしをしているんだぞ! 死にたいのか!?」

 そう叫んだのは、伊集院 いじゅういん けい

 成績優秀で、生徒会の書記をやっているメガネのイケメン君だ。

 俺はお漏らし小森さんに差し出していた手を止めた。

 教室にいた数人の生徒が、俺とお漏らし小森さんと伊集院慧に注目した。

「な、何を言ってるんだよ? なんで俺が死ななきゃいけないんだ?」

 俺は動揺しておどおどした。

「あのネコの話を聞いていなかったのか?」

「い、いや、聞いてたけど……」

「なら分かるだろ? 俺たちの首輪は、ラッキースケベの波動を感知すると爆発する。ネコははっきりとそう言った」

「確かにそんなようなことを言ってたけど、意味不明だろ」

 伊集院慧がやれやれとため息を吐いた。

「意味不明じゃなく、ちゃんと筋は通っている。いいか? 黒矢が桃井の胸にダイブした直後、二人の首輪が爆発しただろう? 女子の胸にダイブ……あの行動がまさにラッキースケベだ。ああいう、少年誌のお色気マンガみたいなことをしたら、死ぬんだよ」

 俺は黒矢が顔を突っ込んだ桃井さんの特級桃パイを思い起こした。黒矢に腹が立ってきた。

「いや、まさか……」

「『異性の前でお漏らし』は、ラッキースケベかどうか微妙なラインだ。スカトロ系は苦手な人もいるし、シチュエーションや作風に寄りけりだな。それに、あのネコは言及しなかったが、身体の接触の有無なども関係しているかもしれない。例えば、お前が小森さんに触れた途端、二人ともドカン、という可能性も否定できない」

 小森さんが「ひっ……」と短い悲鳴を上げて身体を引いた。俺も思わず小森さんから一歩後ずさった。

 俺、死ぬところだったのか。

 たったこれだけのことで?

「あのネコが全てのルールをしゃべったか分からないし、俺たちには情報がなさすぎる。しかもすでに二人死んでいる。この状況で安易に異性に近づくのは自殺行為だと思うがな」

 伊集院慧は、お漏らし小森さんを軽蔑するように見下ろしていた。小森さんだって漏らしたくて漏らしたんじゃなく、生理現象なんだから仕方ないだろ? そんな目で小森さんをにらんで、心が痛まないのかよ。

 その態度は気に食わなかったけれど、伊集院慧の言うことは一理あると思う。

「……確かに、ラッキースケベで死ぬってのは無茶苦茶だけど、事実、桃井さんは死んじまった……」

 俺は「桃井さんだったもの」が倒れているほうを見れなかった。やり場のない怒りや悲しみを噛みしめる。

「分かればいいんだ。俺はクラスメイトが無駄死にするのを見ていられないので、忠告したまでだ。とにかく今は慎重に……」

「小森さん、これよかったら使って」

 俺は小森さんのお漏らし沼の手前にハンカチを置いた。小森さんが驚いた顔で俺を見上げた。

「あ、えっと、」

「おい! いま安易な行動をするなと言ったばかりだろう!」

 伊集院慧が語気を強めた。

 俺は振り返って、

「そばに置くだけなら危険は少ないだろ? 濡れたまま過ごすのは誰だって嫌なもんだ」

「佐藤、お前そのうち死んでも知らないぞ」

 伊集院慧は冷たい視線を俺と小森さんに残しつつ、教室から出て行った。

 沈黙。気まずい。

「あ、ありがとう、ございます」

 小森さんが言った。

 俺は胸が痛い。クラスメイトがいきなり爆死したから、ってのもあるだろうが、それだけじゃないかもしれない。

「気にしなくていいよ。それより、歩けるならこの教室から出たほうがいいと思う」

 俺は死体と血だまりのほうを見ないようにしながら、出口のほうへ移動した。

 小森さんも、残っていた数名の生徒も、俺に続いた。

 廊下には、どこかへ向かう伊集院慧の後ろ姿や、休んでいる生徒や、泣いている生徒の姿があった。

 無理もない。

 目の前で人が死んだのだ。

 伊集院慧みたいに、冷静に事態を分析できるほうがおかしいと思う。

 それにしても、あいつ、どこへ行くんだ?

 というか、みんなどこへ行った?

 俺はどこへ行くのがいいんだろう?

 あっちを見たり、こっちを見たりして、どうすべきか考える。そういえば、スマホに何かヒントや役立つアプリがないだろうか? ポケットからスマホを取り出そうとしたとき、どこか近くの教室から、あのピピピピという不吉なアラーム音が聞こえてきた。その直後、ボンッという音。


1日目 9:12

生存者 28人→25人

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