「安易に近づくな! 小森さんはお漏らしをしているんだぞ! 死にたいのか!?」
そう叫んだのは、伊集院
成績優秀で、生徒会の書記をやっているメガネのイケメン君だ。
俺はお漏らし小森さんに差し出していた手を止めた。
教室にいた数人の生徒が、俺とお漏らし小森さんと伊集院慧に注目した。
「な、何を言ってるんだよ? なんで俺が死ななきゃいけないんだ?」
俺は動揺しておどおどした。
「あのネコの話を聞いていなかったのか?」
「い、いや、聞いてたけど……」
「なら分かるだろ? 俺たちの首輪は、ラッキースケベの波動を感知すると爆発する。ネコははっきりとそう言った」
「確かにそんなようなことを言ってたけど、意味不明だろ」
伊集院慧がやれやれとため息を吐いた。
「意味不明じゃなく、ちゃんと筋は通っている。いいか? 黒矢が桃井の胸にダイブした直後、二人の首輪が爆発しただろう? 女子の胸にダイブ……あの行動がまさにラッキースケベだ。ああいう、少年誌のお色気マンガみたいなことをしたら、死ぬんだよ」
俺は黒矢が顔を突っ込んだ桃井さんの特級桃パイを思い起こした。黒矢に腹が立ってきた。
「いや、まさか……」
「『異性の前でお漏らし』は、ラッキースケベかどうか微妙なラインだ。スカトロ系は苦手な人もいるし、シチュエーションや作風に寄りけりだな。それに、あのネコは言及しなかったが、身体の接触の有無なども関係しているかもしれない。例えば、お前が小森さんに触れた途端、二人ともドカン、という可能性も否定できない」
小森さんが「ひっ……」と短い悲鳴を上げて身体を引いた。俺も思わず小森さんから一歩後ずさった。
俺、死ぬところだったのか。
たったこれだけのことで?
「あのネコが全てのルールをしゃべったか分からないし、俺たちには情報がなさすぎる。しかもすでに二人死んでいる。この状況で安易に異性に近づくのは自殺行為だと思うがな」
伊集院慧は、お漏らし小森さんを軽蔑するように見下ろしていた。小森さんだって漏らしたくて漏らしたんじゃなく、生理現象なんだから仕方ないだろ? そんな目で小森さんをにらんで、心が痛まないのかよ。
その態度は気に食わなかったけれど、伊集院慧の言うことは一理あると思う。
「……確かに、ラッキースケベで死ぬってのは無茶苦茶だけど、事実、桃井さんは死んじまった……」
俺は「桃井さんだったもの」が倒れているほうを見れなかった。やり場のない怒りや悲しみを噛みしめる。
「分かればいいんだ。俺はクラスメイトが無駄死にするのを見ていられないので、忠告したまでだ。とにかく今は慎重に……」
「小森さん、これよかったら使って」
俺は小森さんのお漏らし沼の手前にハンカチを置いた。小森さんが驚いた顔で俺を見上げた。
「あ、えっと、」
「おい! いま安易な行動をするなと言ったばかりだろう!」
伊集院慧が語気を強めた。
俺は振り返って、
「そばに置くだけなら危険は少ないだろ? 濡れたまま過ごすのは誰だって嫌なもんだ」
「佐藤、お前そのうち死んでも知らないぞ」
伊集院慧は冷たい視線を俺と小森さんに残しつつ、教室から出て行った。
沈黙。気まずい。
「あ、ありがとう、ございます」
小森さんが言った。
俺は胸が痛い。クラスメイトがいきなり爆死したから、ってのもあるだろうが、それだけじゃないかもしれない。
「気にしなくていいよ。それより、歩けるならこの教室から出たほうがいいと思う」
俺は死体と血だまりのほうを見ないようにしながら、出口のほうへ移動した。
小森さんも、残っていた数名の生徒も、俺に続いた。
廊下には、どこかへ向かう伊集院慧の後ろ姿や、休んでいる生徒や、泣いている生徒の姿があった。
無理もない。
目の前で人が死んだのだ。
伊集院慧みたいに、冷静に事態を分析できるほうがおかしいと思う。
それにしても、あいつ、どこへ行くんだ?
というか、みんなどこへ行った?
俺はどこへ行くのがいいんだろう?
あっちを見たり、こっちを見たりして、どうすべきか考える。そういえば、スマホに何かヒントや役立つアプリがないだろうか? ポケットからスマホを取り出そうとしたとき、どこか近くの教室から、あのピピピピという不吉なアラーム音が聞こえてきた。その直後、ボンッという音。
1日目 9:12
生存者 28人→25人