黒矢と桃井さんの頭が吹っ飛んだ。
「ウソだろ……」
目の前で起こった惨劇を信じられず、俺たち全員が固まった。一瞬遅れて、あちこちで悲鳴が上がった。
生徒たちは我先にと教室の後ろのドアに殺到した。ある者は机にぶつかって倒れ、ある者は押されて転び、ある者は一歩もその場から動けずに尻もちをつき、またある者は青ざめた顔でゲロを吐いた。
教室は地獄絵図だった。
むせかえるような血の匂いが立ち込め、さらに泣き声、悲鳴、喚き声、奇声、足音、机や椅子が倒れる音などで騒然としていた。
「なんなんだよ、これ……」
倒れた二人の身体の首の断面から、ドバドバと血が流れ出て、教室前方に大きな血だまりを作っている。床に転がった頭部は、驚愕の表情で凍りついたように動かない。
のどの奥から熱いものが込み上げてきて、俺は床に吐いた。ゲロの爽やかな味が口の中に広がった。俺以外にも、吐いたり、吐きそうになっている生徒が何人もいた。
ネコの着ぐるみ野郎――ネコベェが、
「九時を過ぎているので、当然もうゲームは始まっています。では皆さん、頑張って生き延びてください」
何事もなかったかのように淡々と告げ、スタスタと教室を出ていった。
たぶんほとんどの生徒はそのセリフを聞いていなかったし、気にも留めていなかった。
ネコベェがクラスメイトの二人を殺ったのか?
あいつは何者なんだ?
「いやだ死にたくないっ!」
誰かの叫び声が廊下から聞こえる。
「誰かこの首輪を外してくれっ!」
俺は自分の首にはまっている首輪を無意識につかんでいた。恐怖で手が震える。首輪は頑丈でびくともしない。これを外さなければ、俺もいずれ頭が吹っ飛んで死ぬ……?
ゲロの味を噛みしめながら、ガクガクと震えた。
教室には、桃井さんの死体、黒矢の死体、血だまりと、生徒が少し残っているだけになった。
ふと横を見ると、
小森さんは、こんなときいかにもお漏らしとかをしてしまいそうなタイプの、弱そうな、おどおどした女子だ。腰が抜けて逃げられないのだろう。
「こ、小森さん、大丈夫?」
俺は声をかけた。情けないことだが、自分よりも切羽詰まった人を見たおかげで、いくらか冷静さを取り戻せた。
「さ、さと、佐藤くん……なんなの、これ」
小森さんがすがるような目で俺を見た。
俺にも分からない。分かるわけがない……。
と、次の瞬間、小森さんの尻の辺りを中心に、謎の水たまりが広がり始めた。薄らと黄色っぽい。
「え?」
俺は理解が追いつかず、マヌケな声を出した。
「ふぇ?」
小森さんも自分に何が起きているのか分からないらしく、マヌケな声を出した。
少し遅れて、俺は謎の水たまりの正体に気づいてしまった。
小森さんはお漏らしをしてしまったのだ。
絶賛お漏らし中の小森さんと目が合った。
教室でお漏らししてしまった女子にかける最適な言葉ってなんだ……?
分からない。語彙力が足りない。
無言で見つめ合う俺と小森さん。小森さんの顔は見る見る真っ赤になっていく。
な、何か言わなければ!
「よよよ、よかったら、これ」
俺はポケットに手を入れてハンカチを引っ張り出した。紳士的な俺は毎日ハンカチを持っているのだ。今ならどさくさに紛れて、黄色い水たまりを他の誰にも気づかれずに処理してしまえるかもしれない。そうすれば小森さんは、お漏らしをなかったことにできる。恥をかかずに済む。
だが、現実は無情だった。こんなハンカチ程度では、お漏らし小森さんのお漏らしを全部ふき取るのは無理だと気づいた。だけどこれが今の俺の精一杯だ。
「……使う? 使ったあとは、捨てちゃってもいいし。安いやつだから。それか手伝おうか?」
最後のひと言は余計だったな、と思う。
俺が小森さんの立場なら、手伝われたくない。死にたい。
それでも俺は何もないよりはマシだろうと思い、ハンカチを渡そうと、小森さんのほうに手を伸ばした。
そのとき、後ろから、
「離れろ、佐藤!」
と、誰かが大声で俺の名を呼んだ。
「安易に近づくな! 小森さんはお漏らしをしているんだぞ! 死にたいのか!?」
1日目 9:06
生存者 28人