目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第8話

    「取りあえず、帰ったら風呂はいるぞ風呂」

     瞳と髪は元に戻り、血まみれの顔のセイが車を運転していた。

 裕一朗は何か考えているようだった 

 「俺、『上弦のファーストクォーター』で作られたんだ」

 『ああ、多分そうだろうと思った。俺と同じ匂いがしたからな」

 「セイは分かってたの?」

 「ああ、お前覚えてないか。お前をゴミの山から引っ張り出した時、霊性エーテルの翼が出ていたんだ。家帰っても俺が翼見せるまで出てたぞ」

 「俺、覚えてない」

 「少しずつ思い出していけばいいさ」

 「セイは良かったの? 戻らなくて」

 「ああ、もう過ぎたことだ」

 「カードは貰ってたね」

 「何かの役に立つかもしれないしな。さ、家へ帰ろう。風呂が待ってる」

 そう言って、セイは車のスピードを上げる。 

 「わ、セイとばしすぎ!」

 「俺は早く風呂に入りたいんだ、とばすぞ!」

 「わぁぁぁー」

 暗闇の中で、裕一朗の絶叫が響き渡った。


 「あー一仕事した後の風呂は最高だな」

 ビールを飲みながらセイが言った

 「助手席に乗ってた俺は、最悪の気分だがな」

 ラムネを片手に裕一朗が言った。

 転がってたリモコンを片手に、適当にチャンネルを回す。

 「先ほど入ってきたニュースです。『翠麗塔』のプラグ候補輸送車が何者かに襲われ、奪取されました」

 「おー、ニュースになってる」

 「さすがに、あれだけの大立ち回りをやらかしたんだ。ニュースにもなるわな」

 「アルハ達、無事に逃げられたかな」

 「確保された、というニュースは入ってきてないから 恐らく無事に逃げおおせたんだろう。心配なら避難所シェルターに電話してやろうか?」

 「ううん。夜遅いからいいよ。明日のニュースを見ればいいことだし」

 そう言ってラムネを飲み干して、立ち上がる。

 「布団敷くよ、ちゃぶ台片付けて」

 その声に慌ててビールを飲み干して、台所へ向かう裕一朗に手渡す。

 そして、ちゃぶ台を片付けて、布団が引けるようにする。

 「よいしょっと」

 そう言って、布団を二組引く。

 「んじゃ俺寝るね」

 裕一朗が言う

 「ああ、お休み」 

 そう言ってセイが電気を消す



 けたたましい目覚ましの音で裕一朗は眼をさました。

 手探りで目覚ましを止め、暫く布団の中でゴソゴソしていたが、やがて意を決したように布団から這いずりだした。

 「おはよう」

 大きな欠伸を一つしながら、台所で料理するセイに挨拶をする。

 「おー、おはよう。今日はチャーハンだ。座って待ってな」

 そう言いながら、セイは一心に中華鍋を振るう。           

 裕一朗は布団を上げて、ちゃぶ台をセットして座る。

 そして、何気なくテレビのリモコンを取り上げ、チャンネルをニュースに変える。

 どうかアルハとライツが、無事に逃げられますように。祈るような気持ちで、ニュースを見ていた。

 ハープ橋の上での攻防戦はまだ伝えていたが、アルハとライツが捕まったという情報は、一つもなかった。

 「よかった」

 「何が良かったんだ?」

 チャーハンを両手に持ってきたセイが聞く。

 「アルハとライツ、無事に逃げられたみたいだ。ニュースになってない」

 「そか、よかったな。チャーハンさめる前に食べな」

 「うん」

 そう言ってレンゲを手にとってチャーハンを掬う。が、そこで動作が止まる。

 「どうした? 熱くて食べられないか?」

 セイが聞く

 「ううん、只、俺にも父さんや母さんがいるかも知れないと思うと……」

 「会ってみたいか?」

 「うん。可能性は少ないだろうけど、セイみたいに、お母さんのお腹の中から生まれたのなら、会ってみたい」

 「……、なら行ってみるか『上弦のファーストクォーター』に」

 「うん」

 「実験体だとばれたら、戻ってこれないかも知れないぞ」

 「それでも行ってみたい」

 「そうか、じゃあ近々行ってみるか」

 「ウン」

 「それじゃまず、目の前の問題から片付けないとな。金銭問題という問題だ。飯喰って、また漁りに行け」

 「ああ、それなんだけど」

 ゴソゴソとツナギを漁り、幾ばくかの基板を差しだした。

 「一応昨日がめといた。4脚戦車の基板」

 「お前、いつの間に!」

 「セイが立ち回りしてる時に、ちょちょっとね」

 「手が早いな、全く……」

 「まぁね。それじゃ俺、行ってくるわ」

 いつの間にかツナギに着替えて、編み上げ靴を履きながら裕一朗が言った。

 「ああ、気をつけてな」

 玄関先で手を振って、裕一朗は元気よく掛けていった。

 いつもと変わらない日常がまた始まる。小さな希望と大きな絶望を孕んで。

 それでも少年はいつもと変わらない日常を謳歌している。

 小さな希望を心にともして。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?