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第3話

   とんとん、とリズミカルな音で裕一朗は目を覚ました。 

 隣を見るとセイの姿はなく、布団とパジャマが綺麗に畳まれておいてあった。

 ふぁぁ、と大きくあくびを一つして、布団を畳むと、台所へと向かう。

 「おはよう」

  眠い目を擦りながら、セイに挨拶をする。

 「起きたか。悪いが布団あげて、ちゃぶ台出しておいてくれ」

 「はーい」

 欠伸混じりでそう答えると、六畳間へと戻り布団を押し入れへとしまう。

 ちゃぶ台をセットして、セイと自分の座布団をだし、座って朝ご飯が出来るのを待つ。

 「待たせたな、今日の朝ご飯は昨日の残りのカレーを使った、カレーうどんだ」

 「カレーうどんか。俺猫舌なんだよな」

 手渡されたうどんを恨めしそうに見つめながら、裕一朗が唸る。

 「氷でも入れるか? 少し濃いめに作ってあるから、氷入れても平気だぞ」

 「そうするわ。氷、あったっけ?」

 「製氷皿に作ってあるぞ」

 「うい」

 そう返事をして立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。

 がちゃりと冷凍庫を開けると、様々な冷凍食品と共に、製氷室に氷が入っていた。製氷室から数個、氷を取り出すと扉を閉め、小走りで部屋へと戻ってゆく。

 「手が冷てぇ」

 そう言いながら、うどんの中へ氷をぶちまけた。氷はあっという間に小さな欠片へと変わって行く

 「そんなに入れて、温くなりすぎないのか?」

 「丁度良い熱さになって旨いよ。セイもやってみたら?」

 「俺は、このくらいの熱さが気に入ってるんでな。遠慮しておく」

 そう言って、ズルル、と優雅にうどんを啜る。

 裕一朗はというと、氷をうどんに入れたにもかかわらず、ふうふうと麺を冷ましながら少しずつ食べていた。

 「ホントに猫舌だなお前。早くしないとうどんが伸びるぞ」

 「それは分かってるけどさ。思ったより熱くて喰えないんだよ」

 半泣きで裕一朗が言った。彼は彼なりに急いで食べようとしているのだ。

 「まぁ、ゆっくり食え」

 「うん」

 セイの励ましを受け、果敢に裕一朗はカレーうどんへと立ち向かってゆく

 セイはというと、早々に食べ終わり、自分の分のどんぶりを持って、台所へと消えていった。

 次に現れたときには氷水の入ったコップを手にしていた。

 「ほれ、コレで舌冷やせ」

 とん、と裕一朗の前に、冷水の入ったコップを置く

 「お、ありがとな」

 額に汗しながら、ずるずると必死にカレーうどんをかき込む。

 「はー、ごちそうさま。熱かったけど旨かったー」

 そう言って、氷水を一気に飲む。キン、とこめかみに来る冷たさが心地良い。

 どんぶりとコップを台所へ持って行くと、慌てて六畳間へと戻り、身支度をする。

 タンスから、くたびれたシャツを取り出してそれを着ると、壁に掛けてあるツナギを取り、更にシャツの上に重ね着をする。

 肩掛けカバンをかけ、護身用と解体用を兼ねたレーザーサーベルを、ツナギに引っかけると編み上げ靴を履きはじめる。

 「んじゃ、行ってくる」

 「ああ、気をつけてな」

 そう言ってセイは手を振った。

 一つのゴミ山目指して、裕一朗は走っていった。目的は昨日取りこぼした四脚戦車のボードだ。裕一朗の勘では後三枚はあるはずだ。

 辿り着いたとき、ゴミ山にはもう数人の子供達がゴミ漁りをしていた。

 「よう、裕一朗じゃねえか。今日は遅かったのな」

 ゴミを漁ってた一人が声をかける。サキム爺さんの処の『漁り屋』だ。

 「ちょっと朝ごたごたしてたんだ。さて、始めますか」

 そう言って、ゴミ山を登り始める。

 「あ、裕一朗だ! 昨日は負けたけど今日は負けないからな!」

 その声に振り返ると、腕組みをした少年が立っていた。この少年も、サキム爺さん処の『漁り屋』で、やたらに裕一朗にライバル心を燃やしていた。

 「別に俺、勝つ勝たないにこだわってないんだけど」

 「お前がこだわらなくても、俺がこだわってるんだよ。いざ勝負し・・・・・・」

 ろ、という前に少年は突如起こった振動に吹っ飛ばされた。

 「な、なんだぁあれは!」

 「一体アレはなんなんだ!」

 口々に少年達が叫ぶ。ゴミ山の頂上に何かが立っているのだ。

 「よ、4脚戦車だ」

 「最新式だぞ!」

 「逃げろ!」

 それぞれ、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げて行く。

 その前にさっと、裕一朗が立ちはだかった。

 4脚戦車の弱点は上の甲羅の緊急停止ボタンだ。以前本で読んだことがある。

 一瞬、ゴミの山の上でバランスを崩したとき、チャンスとばかりに、レーザーサーベルのエネルギーをオンにして手に持ち、ジャンプして停止ボタンの蓋の上へと突き立てた。

 ガシュゥと音を立てて、4脚戦車は動きを止め、地面へと垂直に崩れ落ちた。

 「すげぇ」

 「俺動いてるの始めてみたよ」

 「さてと、解体解体」

 嬉しそうに、裕一朗が言いながら、解体を始める。装甲を外し中の基盤を見繕って、高そうな部品だけを外してゆく。

 他の少年はただ見ているだけだ。動いている機体を制御不能にしたものが、一番よい部品を好きなだけ取ることが出来る。それが『煙のスモーキィシティ』の掟なのだ。

 高価な部品を取りまくった後、反対側に移ろうとしたとき、「EMERGENCY」と書かれたハンドルがあった。4脚戦車は、一応有人設定されてはいるが、基本的な運用方法は、無人で制御されている。

 なんとなく、裕一朗はそのハンドルを引いてみた。中からも、ばらしてみようと思ったから だ。

 ばしゅぅ、という煙と共に現れたのはぴっちりとしたスーツを着込んだ、白い髪の少女だった 。髪の長さはセイぐらいはあるだろう。

 どうするべきか。少女を見つめながら、裕一朗は考えた。このまま見捨ててもいいが、理性がそれを許さなかった。

 「おーい裕一朗、解体するんなら、さっさとしてくれよ。後が詰まってるのを忘れるな!」

 下から声がする。めぼしい部品は抜き去った。ここは少女を連れて、一旦引くべきだろう。そこら辺からぼろ布を探し出すと、人と分からないように少女を巻いた。

 「めぼしいものは抜き去った。後はお前らの好きにしろ!」

 その声と共に、わっと周りに集まっていた『漁り屋』達が4脚戦車の周りに群がった。群がる『漁り屋』を脇目に、少女を起こさないように『連源堂』へと急ぐ。

 「セイ、セイ、いるか?」

 そう言いながら『連源堂』の扉を必死に叩く。 程なく中から、がちゃがちゃと鍵を開ける音が聞こえた。

 「あのねぇお客さん。うちの営業時間は10時からって決まって・・・」

 時間外の客が、ついさっき出て行った裕一朗だと知って、セイは驚く。

 「これもって」

 そう言って、ぼろ布に包んだ少女を手渡し、左右に注意をしながら、セイを中へと押し込む。

 「なんなんだ一体」

 「話は後、その子、奥へ運んで」

 後ろ手で鍵をかけながら、セイにせっつく。

 「この布の正体は一体何なんだ」

 「布を外して見れば分かるよ」

 そう言って、ぼろ布を外した。その中から少女が転がり出てくる。

 「どうなってるんだ一体」

 裕一朗が事の次第を話す。

 「新型4脚戦車に乗っていたか。そりゃ一大事だ」

 少女の首元の髪の毛をかき分けながら、セイが答えた。

 「やっぱりな。お前とんでもない物拾ってきたな」

 「へ?」

 間の抜けた返事をしながら、部品をより分けていた裕一朗が言った。

 少女の首を見ると、なにやらバーコードの様な物が付いていた。

 「バーコードが付いている!」

 驚いた様子で裕一朗が言った。

 「バーコードが付いてる人種なんて一種類しかいない。そいつはクローンだ」

 「クローンかー。俺初めてみたよ」

 「クローンなんぞ拝めるのは、ごく一部の科学者だけだ。俺だって写真では見たことがあるが、本物を見るのは初めてだ。しかしどうするんだ。恐らくこれは『翠麗塔』のプラグ候補だ。お前、ばれたらただじゃ済まないぞ」

 「そうは言われても、放っておけなかったんだ」

 はぁ、とセイは大きな溜息をついた。

 「全く、えらいもん拾ってきたな。しょうがない、しばらくウチで面倒見るか」

 「本当!」

 「ああ、この子は違法クローンを保護してる施設に引き渡せばいい。センターのことを知っている友人に連絡して、引き取りに来て貰うまでに、2日程掛かるだろうが、それくらいなら隠しおおせるだろう」

 「ありがとうセイ」

 そう言って、セイの首に抱きつく。

 「いててて、重い重い」

 そう言って、裕一朗を引き剥がす。

 「取りあえずお前、薬局いって適当なヘアカラー二個ほど買ってこい。もう空いてる時間だろう」

 ゼイゼイと、セイは息を荒げながらレジの方へ向かい、幾ばくかの現金を取り出した。

 「ヘアカラー? なんで?」

 「こんな白い髪じゃ目立つだろうが。染めるんだよ」

 「あ、なるほど」

 「お釣りちょろまかすなよ」

 急いで出て行く裕一朗の背中にセイの声が響く。

 「誰がちょろまかすかよ!」

 その声に大声で答えると、500メートルほど先にある薬局へと飛び込んだ。

 「雪ばあちゃん、髪の毛染めるやつくれ」

 「ほう、お前さんがヘアカラー買いに来るとは珍しい」

 80を少し超えた老婆が、さも不思議そうに言った

 「ちょっと野暮用でね。なんか薄めて部品の洗浄に使うらしいんだ」

 咄嗟に裕一郎は嘘をつく。

 「ほうほう、で、何個いるんだい」

 「二個くれよ。色は何でもいい」

 「ほいほい、ひとつ、ふたつ、と」

 そう言って無難な茶色のヘアカラーを出してきた。

 「お代は1600ポルトになるよ」

 「了解」

 2000ポルトをカウンターの上に置き、お釣りを貰う。

 「セイにも、たまにはウチ来るようにいっておくれ。男前は目の保養だからねぇ」

 「伝えておくよ」

 そう返事をして店を後にし、『連源堂』へと走る。

 「買ってきたよ 」

 ハァハァと息を弾ませながら、お釣りと紙袋をセイに渡す。

 「ご苦労」

 偉そうに労いの言葉をかけるセイに、いささか腹が立ったが、ここで言い合いをしても仕方ないので、ガマンする。

 「さてと、次は眠り姫を起こすとするか」

 俯せに寝かせていた少女を、今度は仰向けにしてから、セイが軽く頬を叩く。

 「う……ん」

 軽く呻き声をあげて、少女は目を覚ました。 瞳はセイと同じ綺麗な青色をしていた。

 「ここは……」

 「安心しろ、俺は政府の犬じゃない。ここは『煙のスモーキーシティ 』だ」

 「『煙のスモーキィシティ』ですか?じゃぁ私は何処かへ売られるんですね」

 悲しげな顔で少女が呟いた。

 「一応生体部品の看板も掲げているが、俺の専門は精密機器だ。生体ユニットを売るパイプなんざないさ。俺はあんたを助けたいんだ」

 「助ける? 何故? 私を売れば、それこそ、一生遊んで暮らせるだけの、お金が手にはいるでしょうに」

 「そこにいるガキンチョが」

 顎で裕一朗を指す。

 「どうしても助けてくれ、って言うもんだからね。あんたには保護センターに入ってもらうことにした」

 「保護センター?」

 「そう、あんたみたいな違法に作られたクローンを保護してくれるところだ」

 「それまで、匿っていただけるのですか?」

 「ああ、その前にちょっとやらないといけないことがある。スーツをコレに着替えてくれないか」

 そう言って、古ぼけたツナギを差し出す。

 「それに着替え終わったら、返事をしてくれ」

 「分かりました」

 「ホレ裕一朗、何をボサッとしている。レディの着替えだ。男は出て行くものだろう」

 「あ、そうだな。ぼけっとしてた」

 セイにそう言われて、慌てて部屋を出る。

 程なくして、「着替え終わりました」との声が中から聞こえてきた。

 セイ用のツナギなので、かなりぶかぶかで、所々に破れと油のシミが付いていた。

 「んじゃ次は第2段階だ。あんたの髪、だいぶ目立つんでね。悪いけどこいつで染めさせて貰う」

 そう言いながら、セイが手にしているのは、先ほどのヘアカラーだ。

 「分かりました。確かに私の髪、街中では目立ちますものね」

 従順な人形のように彼女は言葉を返す。

 「裕一朗は風呂沸かしてこい。余計な染料を洗い流さないといけないからな」

 「あいな」

 「さてと、じゃ、染めますか」

 「よろしくお願いします」

 ジャバジャバと薬剤を調合した容器を振り、蓋の代わりにコームをセットする。念のため、もう一個のほうも同じように薬液を調合しておく

 「名前は? どうやって逃げてきたんだ? 普通、クローンの研究所って言うのは、警備も格段に厳しいはずだろ。あ、いや、話したくなければいいんだが」

 「私の名前はアルハといいます。逃げてきた理由は、あの人が逃げろ、って言ってくれたんです。ああ、その人の名前はライツといいます。彼が言ったんです。君が、『翠麗塔』の次期プラグに選ばれる確率は低い。だから、ここを出て一緒に暮らそうって。そして、私のデータをとる振りをして、研究所の脱出ルートや、4脚戦車の動かし方を教えてくれたんです」

 「なるほどね、おっと薬が切れた」

 一本目を使い切り、2本目をもう一度振って染めに掛かる。

 「風呂用意できたぞ。あと30分くらいで沸くと思う」

 「お風呂の準備ご苦労。で、悪いが、もう一つお願い事が出来たんだが」

 「今度は何だよ」

 「古着屋行って、アルハ用にあ、アルハって言うのは彼女の名前な。適当な服見繕ってこい。俺のじゃ大きすぎるし、お前のは小さすぎる」

 「あいよ。金は適当にレジから抜いていくからな」

 そう告げて、キャッシャーから10000ポルトを抜き取り、少し外れたところにある古着屋街へと向かった。

 「コレとコレと、後これをくれ」

 適当に見繕った後に、滅多と来ない古着屋街だからと、ぷらぷらと散策をする。

 「そうだ、下着どうするんだろう」

 女性用下着を売る露天商の前で、ふと立ち止まり、そう考えた。

 「なんだい坊主、女の下着に興味有るのか?」

 「別に興味ないよ。ただ姉さんが出来たから、女の人ってこんなの穿くのかなっておもってさ」

 無表情で裕一朗が答えた。

 「そうかそうか。じゃぁ姉ちゃんへの土産だ、コレ持って行ってやんな」

 そう言って、露天商が、裕一朗に見せ付けたのが、イチゴ柄のパンティが一枚と、レース編みで透けているパンティが一枚。

 「待ってな、今袋に入れてやっからな」

 「いや、買うと決まったわけでは……」

 「イヤイヤ、おめぇにやるんじゃねぇ。俺から姉ちゃんへのプレゼントだ」

 そう言って、嫌がる裕一朗に無理矢理手渡した。

 「ハァ、どうも……」

 気の抜けた返事と共に、紙袋を受け取る。

 それを買い物用の綺麗なカバンに入れて、下着屋を後にする。

 そろそろ『漁り屋』が、一旦昼食のために自分の属するバイヤーのもとへ戻る頃だ。

 自分が『連源堂』に戻っても、あまり目に付かないだろう。

 そう思って、『連源堂』へと引き返す。

 「今帰ったよ」

 鍵を開け、ガラス戸を引きながら裕一朗が言う。

 「丁度よかった。彼女、今風呂に入ったところだからな」

 カバンをひっくり返して、買ってきた品物を中から出す。

 「なんだコレ」

 袋をつまみながら、セイが聞いた。

 「ああ、あのお姉さんの下着」

 「……、お前に、下着を買うほどの度胸が有るとは、思ってなかった」

 「買ったんじゃない。何気なく眺めてたら、店の親父がくれた」

 「……、よっぽど物欲しそうに見てたんだな……」

 「見てねぇよ……」

 「とにかく、下着は後で俺が買いに出ようかと思っていたから助かった」

 着替えを丁寧に畳みながら、セイが言った。

 着替えを畳み終えると同時に、ばしゃり、とお湯の跳ねる音がする。どうやら髪を洗っているらしい。

 「ちょっと着替え置いてくる。彼女が出てきたら昼飯にしよう」

 「分かった」

 そう返事をすると、テレビのリモコンを手に取り、適当なチャンネルで止めて、ごろんと横になりながら番組を見る。

 台所の方で、セイがトントンと、リズミカルに包丁を動かす音がする

 その音を聞きながら、うとうとと眠りの中へと入っていった。

 「昼飯が出来たぞ、起きろ」

 その声で裕一朗は現実へと引き戻された。

 「今日は何?」

 目を擦りながら裕一朗が聞いた。

 「お前、最近の暑さでバテ気味だったからな今日はスタミナ付ける為にカツ丼だ」

 「普通はスタミナ付けるっていったら、ウナギだろうが」

 大きく伸びをしながら、裕一朗が言った。

 ふとセイの後ろを見ると、涼しげな花柄のワンピースに身を包んだ少女が立っていた。

 「裕一朗さんでしたっけ。お洋服、選んでいただいてありがとうございます」

 「え、えーとアルハさんでしたっけ。お、お礼なんてとんでもないっす」

 慌てて立ち上がり、顔を真っ赤にしながら、裕一朗が答える。

 「挨拶も済んだところで、飯にしますか。アルハ、食べ方は分かるか?」

 セイが聞く

 「ハイ、インプットされています」

 そう言って、優雅に箸を割り、はふはふとカツ丼を食べ始めた。

 「美味しいです」

 「お世辞はいいよ」

 「いいえ、研究所内ではずっと羊水の中で、こんな美味しい物、食べる機会がありませんでしたから」

 「ずっと羊水の中なのか?」

 「はい。時々データ収集のために外に出たりしますが、基本的には、研究所内のポッドの中で暮らしていました」

 「退屈じゃなかった?」

 カツを箸で切りながら、裕一朗が聞いた。

 「ポッドの中では殆ど眠ってましたから。退屈とか、そう言った概念はありませんでした」

 「へぇぇ」

 そう言いながら、切ったカツを口に入れる。

 「セイ、俺、昼からも部品漁りに行った方が良いか」

 カツを胃の中へ落とし込んだ後、セイに聞いた。

 「これだけの分量の、精密部品を拾ってきたからな。今日は昼からは休んで、部品の分類をした方が良いな」

 「分かった。喰い終わったら取りかかる」

 そう言って、目の前のカツ丼をさっさと始末してしまおうと、ガツガツとかき込み始める。

 「ゆっくり喰え。噛むのは大事なことだぞ」

 裕一朗の食べ方を窘めながら、自分は優雅に箸を進める。

 「裕一朗さんとセイさんって、ご兄弟なんですか?」

 カツ丼を綺麗に食べ終わった後、口をティッシュで拭きながらセイに聞いた。

 「ただの居候とその主。三年程前に、こいつがゴミ山で埋もれてたのを、なんとなく拾ってきて、今に至ると」

 「そうなのですか?」

 「何でそんなことを」

 セイが聞く

 「いえ、何となくお二人が似ていたもので」

 「ハッハッハ。こんながさつな奴と似てるだなんて、アルハも冗談がきつい」

 そのセイの言葉に裕一朗が、すかさず反論する。

 「俺だって、こんな背丈ばっかり大きい、唐変木と一緒にされるのはたまんないぜ」

 「その唐変木のおかげで、衣食住事足りてるんだろうが」

 「俺が部品取りに行ってるから、商売が成り立ってるんだろうが」

 「まぁまぁおふたりとも落ち着いてください。元はといえば、私が変なことを聞いてしまったために」

 慌ててアルハが止めに入る。

 「あ、ごめんごめん。でもアルハの所為じゃないよ」

 と裕一朗。

 「俺達にとって、言い合いなんか日常茶飯事みたいなもんだ。気にしないでくれ」

 とセイ。

 「そうなのですか」

 「そう言うこと、じゃ、早速部品の選別に取りかかりますか」

 「じゃ、俺も、クローン保護団体に電話しますか」

 「あ、あの」

 セイに向かってアルハが話しかける。

 「保護団体への連絡の件、少し待っていただきたいのですが」

 「何故? ああ、あのライツとか言う男がらみか」

 そのセイのセリフに、こくりと無言で頷く。

 「……、分かった、一日だけ待つ」

 恐らくその男が、四脚戦車の行き先をプログラムしたのだろう。勘のいい男なら大体場所の予想は付くはずだ。そして、その戦車を一番最初に漁った『漁り屋』の場所も。

 「明日の昼になっても現れなければ、保護団体に連絡する。俺達も、あんたを匿っていることを巡警に知れたら只じゃ済まないからな」

 「感謝します」

 そう言って、セイに頭を下げた。

 「んじゃ、店番でもつきあって貰いますか。店番って言うのは結構暇なもんでね。いつもは本でも読んでいるんだが、こんな別嬪さんが隣にいるんだ。宿代代わりに、話し相手になって貰ったって、バチは当たらんだろう」

 「そんなに私、お話の相手になるような面白い事知りませんよ」

 「俺の話を横で聞いてくれるだけでいい。後、覚えている限り研究所のことも喋ってくれると有り難いんだが」

 「分かりました。研究所内でのことなら、私、いくらかお話しできると思います」

 「んじゃ、それから頼むわ」

 セイが言った。

 今日の『連源堂』は客もなく、只穏やかに二人が語り合うことで、時が過ぎていった。

 「おっともうこんな時間か」

 壁掛け時計を見て、セイが呟いた。もう閉店の時間だ

 ガチャガチャと鍵をかけ、店の電気を消す。これが『連源堂』の閉店の合図だった。

 「さてと、今日の晩ご飯は何にしますかね」

 冷蔵庫を漁って適当な具材を出す。

 「今日の晩ご飯なにー?」

 裕一朗が聞いてきた。

 「鮭のムニエルに、豆腐とタマネギのみそ汁、後付け合わせにほうれん草のごま和えだ」

 「今日は普通だな」

 「毎日豪勢な食卓を囲めるくらい、部品を漁ってきてくれよ。大黒柱」

 「売れないと意味無いじゃん」

 「明日は客来るぞ。噂が出回り始めるからな」

 「期待してるよ」

 そう言ってテレビを付け、ニュース番組を見る。

 「あの……」

 「ん?」

 「手伝わなくても良いんですか」

 台所のセイを指さして、アルハが聞いた。

 「ああ、下手に手を出すと怒られる」

 「怒られる、ですか?」

 「昔ちょこちょこ手伝ったことあるんだけど、一人でやった方が効率が良い、って怒られた」

 チャンネルを回しながら裕一朗が答えた。

 「そうなんですか」

 「そういうこと。片付けに茶碗とか食器、水桶に付けておくだけでいいから。それにしてもやってねぇな」

 「何のニュースを探してらっしゃるんですか」

 アルハが聞いた。

 「ん、今日の四脚戦車のニュース。ちらっとでもやってないかな、と思って」

 「何処回しても無駄だぞ。クローン体が逃げたなんて知れたら『上弦のファーストクオーター』の面目丸つぶれだ。それにアルハは、研究所から脱出する際に、妨害波使って、地下のケーブル網を通ってきているから、実際目に触れたのは、あそこのゴミ山が最初だろうな。ニュースも『煙のスモーキーシティ』で起こったことに対しては、ノーコメントだしな。それに恐らく、『上弦のファーストクォーター』はまだ気が付いてない」

 鮭のムニエルを器用に三つ運びながらセイが言った。

 「朝のチェックとかで、ばれない物なの」 

 裕一朗が聞いた

 「四脚戦車は使用許可申請書を出してありますし、培養槽にはダミーを入れてあるので、しばらくは安全です」

 御飯のこんもり入った茶碗を手に取りながら、アルハが答えた。

 「まぁ、事が動くとすると明日だ。今日の処は枕を高くして眠れるぞ」

 みそ汁とごま和えを回しながら、セイが言う。

 「言い換えれば、明日からが正念場、って言う訳か」

 「裕一朗、一応お前は家にいろ。万が一巡警に捕まったら洒落にならないからな」

 「分かった」

 「じゃぁ夕飯にしますか」

 頂きます、と言う言葉と共に晩餐が始まった。

 「お、この鮭旨いな」

 ポン酢かけの鮭を箸で突きながら、裕一朗が言った。

 「一昨日の魚屋の特価品だ。冷凍しておいたのを今日使おうと解凍しておいた」

 「あそこの魚旨いよな。ちょっと高いけど」

 ポン酢を御飯にしみこませながら、裕一朗が言った

 「ごちそうさまー」

 夕飯を食べ終わった裕一朗が大きな声でいう。

 「食器付けたら風呂入れよ」

 「あいよー」

 そう返事をして、台所から風呂へと移動する。

 服を脱ぎ、引き戸を開けて風呂へとはいる。

 「着替え、ここに置いておくからな」

 外からセイの声が聞こえる。

 「あいあい、ありがとう」

 「あ、あと」

 ガラガラと引き戸を開けてセイがこう付け加えた。

 「リンスはしろよ。後でチェックするからな」

 それだけ言うと、ぴしゃりと扉を閉めて行ってしまった。

 「へいへい」

 ブクブクと湯船に沈みながら裕一朗が呟いた。

 体が温もったのを実感してから湯船から出て、髪を洗い始める。洗い終わった後、セイのチェックを恐れて、リンスもする。

 「しかしセイって変わってるよな。何で俺の髪にリンスをさせたがるんだろ」

 体を洗いながら、裕一朗は呟いた。

 理由を聞いても『その黒髪が痛んでいく様を黙ってみていられない』と言う、多少電波入ったことしか言わなかった。

 「ま、いっか」

 そう独りごち呟いてまた湯船へと戻る。

 暫く湯船に浸かってうとうとしてると、引き戸が開く音がした。

 セイだった。

 「珍しく長風呂だったんでな。我慢できなくなった」

 そう言って桶で湯を掬って頭にかけ髪を洗い始める。

 「俺だって長風呂したいこともあるさ」

 「そかそか」

 いつものように髪を洗い、丁寧にリンスを塗り込める。 そしてその髪を器用に結い上げて、湯船へと入る。

 「アルハ、大丈夫だよな」

 そう言ってブクブクと湯船へと顔を埋めていく。

 「大丈夫とは?」

 「無事にライツとか言う奴と会って、ここを出て行けるよな」

 「大丈夫さ。そんな事を考えていたのか」

 「ウン、おかげでふやけちゃったよ」

 苦笑をしながら、裕一朗が立ち上がった。

 「上がったら 布団ひいておいてくれ。四畳半に一つと六畳に二つな」

 「了解」

 「あ、お前リンスしたか?」

 「ちゃんとリンスしたぞ。触って見るか」

 その言葉に触発されて、裕一朗の髪を触る。

 「お、ちゃんと出来てるな、えらいえらい」

 「俺だって、リンスぐらい出来ると証明できただろ」

 そう返事をして、裕一朗は風呂から出た。

 「布団ここにひいておくな。布団のことは分かるか?」

 四畳半に布団をひきながら、裕一郎がアルハに尋ねる

 「はい、インプットされています」

 「枕元にパジャマ置いておいたから、寝るときそれに着替えてから寝てくれな。もう寝るか?」

 「はい、そろそろ寝る時間ですから」

 そう言われて時計を見ると、結構な時間になっていた。

 「そうだな、じゃ俺も寝るとするか」

 「それではお休みなさい」

 ぺこりと頭を下げて、アルハは四畳半へと下がっていく。

 「さて、俺も寝るか」

 掛け布団を上げ、それにくるまって裕一朗は眠りについた。

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