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第2話

 『煙のスモーキーシティ』の名に相応しく、その街は、いつも煙に包まれていた。

 『上弦のファーストクォーター』から出るゴミが、街のあちこちに堆く放置され、それらが自然発火を起こして、煙が出ているのだ。

 そんな街の様子を、廃墟と化したビルの、剥き出しの鉄骨の上に一人座り込みながら 、ぼんやりと裕一朗は見つめていた。彼は、街を一望できるこの場所が好きだった

 数十年前、この地を『大海嘯』と呼ばれる災厄が襲った。街は壊滅状態となり、復興は不可能かと思われた。

 しかし、恩赦と引き替えに、思想犯などの囚人を街の復興要員としてあてがった為、『大海嘯』から僅か10年で、『上弦のファーストクォーター』は驚異的な復興を成し遂げた。

 過酷な労働で、街の復興にあてがわれた囚人達は、殆どが死んだが、僅かに生き残った者達が、『上弦のファーストクォーター』復興の際に出来たガラクタ置き場に、バラック小屋を立てて生活を始めた。

 それが『煙のスモーキーシティ』の始まりだ。

 今は、様々な店や人種が入り交じる、混沌とした街と化していた。

 「こんな処にいたのか。夕飯、さめちまうぞ」

 背後から声がした。ゆっくり振り返ると、そこには居候先の主であるセイが立っていた。

 「もうそんな時間か。分かった、いま行く」

 そう言って裕一朗は立ち上がり、ゆっくりとセイの方に向かって歩き出す。

 「しかしお前、よくこんな危ないところに座っていられるな」

 剥き出しの鉄骨の上を、ゆっくりと、自分の方へと歩いてくる裕一朗に向かって、セイが言葉をかける。セイの風貌は、人種が入り交じっているこの街でも一風変わっていて、ひょろりとした長身に、背中の辺りまで伸ばした血のような色をした赤毛と、青い目に、無精髭を生やし、丸眼鏡をかけていた。

 「気に入ってるんだよ。ここにいると落ち着くんだ」

 セイの元へ辿り着くと、裕一朗が答えた。

 「気に入ってても、ここから落ちたら命はないぞ」

 「一度は死んだようなもんだから、別に今更命が惜しいとは思わない」

 そう言いながら、ガリガリと裕一朗は頭を引っ掻いた。首筋まで伸びた黒い髪が、その指から零れてゆく。瞳の色も、髪の毛と同じ黒色だ。

 「で、晩ご飯は何?」

 「チキンカレーとハーブサラダに、デザートはお前の好きなプリンだ」 

 「お、豪勢だねぇ」

 「お前、最近結構な数の掘り出し物、拾ってきてくれたからな。ご褒美だ」

 「ご褒美プリン、って奴か。普段金にケチ臭いセイがご褒美くれるなんてねぇ。明日雨降らなきゃ良いけど」

 「失礼な奴だな、お前は」

 笑いながらセイが言う。

 「悪い悪い、じゃ、帰ろうぜ」

 ズボンの埃を払いながら、裕一朗が答えた。

廃ビルから出ると、もう陽は殆ど沈みかけていて、代わりに綺麗な上弦のファーストクォーターが出てきていた。

 「『煙のスモーキーシティ』にも上弦のファーストクォーター は照らしてくれるのな」

 綺麗に掛かった上弦のファーストクォーターを見ながら、裕一朗は呟いた。

「天にあるものは皆平等さ」

 セイが答えた。

 「なるほどね」

 ちらりと『上弦のファーストクオーター』に目をやる。色鮮やかな街の中でも一際眩い光を放っているのが、街の中心である翠麗塔すいれいとうだった。

 「さ、帰ろうか。コンロにカレーかけっぱなしにしてあるから、焦げてるかも」

 ぽつりとセイが呟く。

 「かけっぱなしで来るなよ」

  裕一朗が抗議の声を上げる。

 「煮込んだ方が良い味が出るんだ」

 「そりゃそうだけどさ」

 そう言いながら、二人は速歩から徐々にスピードを上げてゆき、しまいには、軽いランニング位のスピードになった。

 軽く息を弾ませながら、二人同時に家へと辿り着く。

 家の庇の上には、精密機械及び生体部品買い取り販売『連源堂』と書かれた古びた看板が掛かっている。

 がちゃがちゃと、セイが家の鍵を開ける。扉を開けると同時に、ぷん、と何とも言えない美味しそうな匂いが漂ってきた。

 「どうやら、焦げてはいないみたいだな」

 ガラクタが堆く積もった中を抜けながら、安心した口調でセイが言った。

 「晩飯抜きはごめん被りたかったからな。焦げてないようで良かったぜ」

 そう言って、セイに続いて裕一朗は靴を脱ぎ、部屋へと上がり込む。

 「腹減ったー。早くメシ喰おうぜ」

 そう言いながら、ちゃぶ台を出してセットする。ちゃぶ台をセットすると、次は自分とセイの分の座布団を用意する。その後で、テレビのリモコンを探し出し、テレビを付けた。適当にチャンネルを回して、目に付いたニュースのチャンネルで固定する。

 「ほれ、出来たぞ」

 そう言って、セイがチキンカレーとサラダを持ってきた。

 「お、うまそう」

 「サラダから先に食えよ。お前いっつも野菜残すからな」

 セイから小言をもらい、カレーはセイの方へと引き摺られてゆく。

 「はいはい」

 多少ぶーたれた口調で、裕一朗が返事をすると、スプーンをフォークに持ち替えて、サラダを食べ始める。

 やがて一旦ニュースが終わり、コマーシャルへと移行する。

 『輝く未来を求めて。貴方も移住してみませんか?『上弦のファーストクォーター』は、貴方の移住を待っています』

 「何が貴方の移住を待ってますだ。『煙のスモーキーシティ』のこと無視しやがって」

 心底むかついたと言った口調で、裕一朗が息巻く。

 「事情を知らない連中の啓蒙の為だから、綺麗事を並べるのは当たり前だ。お、サラダ全部喰ったな」

 裕一朗がサラダを食べ終わったのを確認して、カレーの皿を差しだす。

 「お、メインディッシュだ。いただきまーす」

 そう言って、チキンカレーを食べ始める。骨付き肉を使っている所為で、かき込むことは出来なかったが、骨の分だけエキスが良く染み出ていて旨かった。

 「ふぅ、ごっそさん」

 最後の一口を食べ終わった後、そう言って、自分の食器を持って流し台へと行く。

 「冷蔵庫にプリン入ってるから、持ってきてくれ」

 「わかった」

 セイの声に答えながら、冷蔵庫を開けると、 そこには大きめのマグカップに作られたプリンが三つ入っていた。

 「プリン、三個あるけど」

 「二個お前が食べて良いぞ」

 「ホント! ラッキー 」

 大喜びでプリンを三つ抱えると、足で冷蔵庫を閉め、一旦プリンをテーブルに置くと、食器棚からスプーンを二つ取り出した。そして、よっこいしょというかけ声と共に、三つのプリンを持ち上げた。

 「セイの分、ここ置いておくからな」

 ちゃぶ台の上に、スプーンと共にマグカップ入りのプリンを置く。

 「ああ、すまんな」

 サラダとカレーを交互に食べながら、セイが礼を言う。

 「あー、プリンうめぇ」

 抱え込むようにしてプリンをかき込みながら、裕一朗が歓喜の声を上げる。

 「あまりがっつくな、静かに食べろ。プリンは逃げやしないから」

 がっつく裕一朗をたしなめながら、カレーを口に運ぼうとしたとき、ふとその手が止まり あるニュースに釘付けになる。

 「中央部に設置された『翠麗塔すいれいとう』のパワーが最近、想定した数値を下回っているため、中央委員会では、中のプラグの交換を視野に入れた、何らかの対策を打つことを明らかにしました」

 「『翠麗塔』のプラグか。手に入れればスゲェ金になるだろうな。」

 プリンを食べながら、いささか興奮気味に、裕一朗が言った。

 「まぁ、まず委員会内で処分するだろうから、残念ながらこっちには回ってこないぞ」

 サラダを食べ終わり、カレーに専念しながらセイが答えた。

 『翠麗塔』とは『上弦のファーストクォーター』にエネルギーを供給する塔のことで、街の大動脈といって良いようなものだった。『委員会』とは、『上弦のファーストクォーター』の政治などを取り仕切る組織のことで、著名な科学者や、有力な企業の代表が、その地位を占めていた。

 「そろそろ寿命が来た、と言う訳か」

 「寿命?」

 裕一朗が聞いた。

 「ああ、プラグは生体ユニットで、5~10年単位で取り替えられる。交換は極秘で、古いプラグは何処ともなく処分される」

 「ヘェ、よく知ってるんだな」

 「ここに流れてくる前は、技術者をやっていたからな。プラグに関する知識も多少は持ってる。ここほどの規模じゃないが、2、3回交換に立ち会ったこともある」

「なな、プラグってどんな形してるんだ?」

「大抵は、動物の脳を使っている。だから脳の形を思い浮かべればいい。だが、これだけの規模だ。人間の体ぐらい使っているかも知れないな」

 「人間って、クローンか?」

 「恐らくプラグ用に育成したクローンだろうな。国際法には引っかかるだろうが、これだけの規模の都市だ。中央政府への強力なコネもあるだろうから、中央政府は、多少の違法性には目をつぶるだろう」

 「何だかんだ言って、金の力って奴はスゴイねぇ」

 二個目のプリンに取りかかる前に、裕一朗が嫌みたっぷりにいった。

 「大人なんてそんなもんさ。俺は金も権力も何も持たない、しがない部品売りだが、いまの生活にまぁ満足してるさ」

 チキンカレーを頬張りながら、ぽつりとセイが呟く。

 セイと一緒に暮らすようになって三年経つが、それでも自分は、セイのことを半分も理解できていないのだろうと裕一朗は思った。本来なら、こんな処でくすぶっているような人間ではないはずだ。

 『連源堂』だって始めたのは五年程だと、近所の古株のジャンクパーツ屋の爺さんから聞くまで、もっとずっと前から営業しているものだと思っていた。

 まぁ、例え出自がどうであれ、今は居候として『連源堂』に居させて貰っている身だ。

 居候先の主人の機嫌を損ねて、追い出されるようなヘマだけは、避けなくてはならない。

 だから極力、セイの過去に関する話は意識的に避けてきた。

 でも今日のように、時たま自分の過去を話してくれるときがある。

 そうやって、裕一朗はセイという人間の一ピース一ピースを埋めていっているのだ。

 「ごっそさん。風呂沸いてる?」

 プリンを食べ終わった後、口をティッシュで拭きながら、セイに確認する。

 「ああ、沸いてるぞ。先に入っておけ、後から行く」

 「あいよ」

 そう返事をすると、引き出しから下着を取り出し、風呂場へと向かう。

 風呂場は一面コンクリートで出来ていて、換気用の窓と、FRPで出来たやや小振りな浴槽が置いてあった。

 桶で湯を掬いそれを頭から被ると、手探りでシャンプーのボトルを手に取り、適量を手に押し出す。それを手で泡立てて、髪の毛へと擦り付ける。勢いよく髪の毛を洗い、桶でその泡を洗い流すための湯を汲み、それを頭へとかけた。 三回ほどかけると満足したのか、髪の毛を後ろへと掻き上げた。

 次にタオルを手に取って顔を拭くと、そのタオルを水に濡らし、ボトルからボディソープを押し出す。タオルで泡立てると、ガシャガシャと勢いよく背中を洗い始めた。

 「入るぞ」

 そう言いながら、風呂の引き戸を開け、セイが入ってきた。

 セイの体は、逆三角形の均整の取れた良い体をしている。裕一朗は、そんなセイの体を羨ましく思っていた。

 「いいよな、セイは。背も高くて体つきもいいし」

 「あまり背が高いのも考え物だぞ。よく鴨居に頭をぶつけるしな」

 浴槽に身を沈めながら、セイが答えた。2メートルを少し超えたセイにとって、純和風の『連源堂』は住みにくいだろう。

 「もっと他にいい物件がなかったのかよ」

 首周りを洗いながら、セイに聞く。

 「ここが気に入ったんだよ。一人なら六畳と四畳半の二間で足りるし、台所もそこそこ大きくて家賃が手頃で、風呂とトイレ別で、店の陳列棚が大きいとこといったら、ここしかなかったんだ」

 ばしゃばしゃと顔を洗いながら、セイが答えた。

 「借りたときには、居候が増えるとは思ってもいなかったからな」

 「悪かったな、居候が増えてさ」

 「居候が増えたのは俺の所為だ。お前がむくれることはない。本当にいらないのなら、あそこでお前を見捨てて帰ったさ」

 「なぁ、何で俺を拾ってきたんた?」

 体にお湯を流しながら、裕一朗が尋ねた。

 三年前、堆く積もれたゴミの隙間に挟まっている裕一朗を、セイが拾ったのだ。

 裕一朗は、断片的な記憶しか持ち合わせていなかった。

 その裕一朗に、ゴミ漁りを教えたのはセイだった。ゴミの中にも千差万別で、本当に使えないタダのゴミから、希少価値の高い精密機器の見分け方までセイは教えてやった。

 裕一朗はと言うと、一度教えられると、砂の上に零した水の如く、どんどんその知識を吸収していった。

 そして、たった三年でこの辺りでは名の知れた『漁り屋』に成長していた。

 「そうだなぁ……。一人暮らしが寂しかったから、なんぞペットでも欲しかったんだろうなぁ」

 「俺はペット扱いかよ」

 体を洗い終えた裕一朗が、体を洗うために、風呂から上がりかけたセイに向かって、皮肉たっぷりにいった

 「まぁ、今は一応人間扱いしてやってるから、機嫌を直せ。それはそうとお前、リンスはしたか?」

 「するわけないだろ。あんな髪の毛がスルスルするもん」

 「やれ! お前の髪は女もうらやむ美髪なんだぞ。将来女を口説くいい道具になる」

 ガッシと、身長と体重の差であっさりと裕一朗をホールドすると、リンスのボトルを手に取りポンプを押す。

 「うげぇー! やめてくれぇ」

 ジタバタと必死に抗ってみるものの、体格差で到底かなうはずがない。ただ黙って、リンスなどという液体を、自分の髪に塗られることだけは避けたかった。

 「よいしょっと、ふぅ、これで綺麗になった」

 いやがる裕一朗に見事なリンスを施せたことで、セイは何かをやり遂げたかのような、満面の笑みを浮かべていた。

 「いやぁ、やっぱり黒髪はさらさらが一番だな」

 「鬱陶しいだけだっつーの」

 ぶつくさと、文句をたれながら、入れ違いで湯船へと入る。

 「今日は何かいい拾い物でもあったか?」

 髪を洗いながらセイが聞いた。

 「数年前の四脚戦車のメインボードが4枚ってとこだ」

 湯船に浮かびながら、裕一朗が答えた。

 「まずまずだな」

 そう言った後、見事な赤毛を洗い上げると、リンスを髪に塗り込み、それをピンで器用に頭の上でまとめ上げた

 ボディソープをタオルにつけ、それを泡立てて体を洗い始める。

 「そう言えばセイってさー」

 湯船に浮かびながら、裕一朗がセイに聞く

 「なんだ」

 「何で髪の毛伸ばしてんの? 鬱陶しくないか、そんなに長くして」

 「まぁ、一言で言えば、矜持、だな」

 「矜持?」

 「昔のことだ」

 そう言ってセイが会話を打ち切った。

 『昔のこと』とセイが言うときは、何か触れられたくない時の態度だ。

 「ふうん」

 腑に落ちないという風な返事をして、ブクブクと裕一朗はその体を浴槽の中へと埋めてゆく。

 一方のセイは体を洗い清めると、次は髪の手入れに取りかかった。湯船に桶を入れ、見事な赤毛に湯をかける。

 4~5回かけてやっと満足したのか、最後に髪の毛をピンで留めると、また湯船の中に入ると、ザバァ、と勢いよく湯が溢れ出す。

 「あー、お湯が勿体ない」

 裕一朗が情けない声を出す。

 「安心しろ、ガスはゴミ山からのメタンガスだし、水道は井戸だから使い放題だ」

「そう言えばそうだったっけ」

 「苦労したぞ」

 生活費を少しでも切りつめるべく、2週間程前にゴミ山から直接メタンガスを引き入れて貰えるように、大家に頼んでいたのだ。水は元から井戸を引いていたので使い放題だ。

「そっか、じゃあもう真冬に暖房切れて、寒い思いしなくてもいいんだ」

「お前には色々苦労をかけたな」

 まるで夫婦のような会話だ。

「じゃ、俺先に上がるわ」

 そう言って、浴槽をよじ登り、風呂を後にする

 「冷蔵庫にラムネが入ってるから、飲んで良いぞ」

 頭にタオルを乗っけながら、裕一朗の背中に向かって叫ぶ。

 「ういー」

 そう返事をして下着を身につけ、セイの用意したパジャマの下だけ履いて、台所へと向かう。

冷蔵庫を開けると、セイのビールの横にラムネの壜が置かれていた。

 ラムネを手に取り、シンクへと持って行く。プシュっと蓋を押すと、ビー玉が下へと落ち中身が勢いよく溢れ出す。

 泡が落ち着くのを待って、居間へと移動する。

 居間のちゃぶ台の上に、ラムネを置き、ぼんやりとテレビを見ながら、ラムネを飲む。

 「ラムネ置いてある場所、分かったみたいだな」

 頭にタオルを被ったセイが言った。片手には、ビールとパジャマを持っている。

 「ああ」

 テレビを見ながら裕一朗が答えた。

 「それよりもお前、風呂から上がったら上着着ろよ。風邪引くぞ」

 そう言って、頭の上にパジャマの上着をのせる。

 「分かったよ。でも風呂上がりは暑いんだよ。特に今日は運動もしたからな」

 嫌み混じりにそう言いながら、上着を着ていると、プシュとプルタブを開ける音が聞こえた。そして間髪入れずに中身が喉元を通り過ぎて行く音が聞こえる。

 「あー、風呂の後はやっぱりこれだな」

 満面の笑みを浮かべながら、セイが言った。

 「よく飲むな、そんな苦い物」

 「裕一朗も大人になったら、この味が分かるようになるさ」

 「子供で悪かったな」

 「いやいや、お前は一丁前に稼いでるし、立派な大人の仲間入りしてるさ。サキムの爺さんが悔しがってたぞ。お前を拾っておけばよかった、てな」

「ふうん。あの金にうるさい爺さんが、食い扶持一人増やしてもいいってか」

サキムというのは。この一帯を牛耳っているパーツ屋で、抱えている『漁り屋』の数も最も多い、いわば『煙のスモーキーシティー』のボス的存在だった。

 「でもまぁ、それ以外はまだ子供だわな。焦らずじっくり行けば、もっと腕の良い漁り屋になれる。そうすれば、この街を出ていけるかも知れない」

 「セイは俺にこの街を出て行って欲しいのか?」

 ラムネを飲み干した後、セイに聞いた。

 「お前は何時までもここに燻っている人間じゃない。もっと知識を付けたら、街を出て行くといい。何なら、俺も一緒につきあうがな」

 「セイも一緒に?」

  ラムネを飲み干した後、裕一朗が尋ねた。 

 「ああ、あんまり、同じ処に留まるのは好きじゃないからな」

 そう言って、ぐっと残りのビールを煽る。

 「セイには悪いけど、俺まだこの街出ていく気にならないよ。この街気に入ってるし」

 「そか。まぁ、気が向いたらでいい 」

 「うん」

 「そろそろ寝るぞ。布団引いてくれ」

 「あいよ」

 そう返事をして、裕一朗はちゃぶ台を片付けて布団を引く。

 「電気消すぞ」

 「ウン、お休み」

 裕一朗が言った。

 「おやすみ」

 セイが電気を消しながら言った。




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