雨はいやだ。客先に届け物をした後に降り出した雨に、セイは舌打ちをした。
傘を買おうかと思ったが、それ程距離もないので、そのまま濡れて帰ることにした。
帰る途中、とあるゴミ山の側を通りかかった時、足を止めた。
そこには人が埋まっていた。金色の髪の少年がゴミの山に埋もれていたのだ。最初は無視していこうかと思ったが、何かが引っかかったので、立ち止まったのだ。軽く少年の周りのゴミを除けてみる。そして、少年に対する違和感が明らかになる。
殆ど消えかけていたが、少年の背には
「
少年を見て、セイは驚きの声を漏らした。
さっと周りを見渡し、誰もいないのを確かめると、落ちているぼろ布で少年を隠し、自分の店へと急ぐ。
雨の所為か、幸運にも誰にも会わずに済んだ。
布を突き抜けて、うっすらと金色の翼が出ていたからだ。
急いで『連源堂』の鍵を開け、店の中へと飛び込み、風呂の準備をする。
風呂を沸かしている間、少年の服を脱がしてやる。泥だらけの服を脱がすと、それをゴミ箱へと投げ込む。
体つきは人間の少年と全く違わなかった。クローンかと思い、首の後ろを見てみたが、クローン特有のバーコードは見つからなかった。
「と、なると新しく作られた個体という訳か」
昏々と眠る少年を見ながら、セイは呟いた。
悩んでいても仕方がない、少年を起こして話を聞くのが一番だ。
「おい、起きろ」
そう言って、軽く少年の両頬を叩く。
「……ん……」
そう言って少年が目を覚ました。
そして、セイを見た。
「そう怯えるな。名前は? どこから来た?」
少年は答えず、警戒心剥き出しの金色の眼でジッとセイを睨み付けている。
それを見て、はぁ、と溜息をつき、服を脱ぎ始める。
「良く見とけよ」
背中に力を込めると、ばさり、と純白の翼が出現する。
そして血のような赤毛と、青い瞳が漆黒の闇色へと変わる。
「俺の名はセイ。俺もお前と一緒なんだよ」
セイの翼を見ると、少年は警戒を解き、羽根を畳んだ。
金髪金眼が、黒髪黒目に変わって行く。
「名前は? どこから来た?」
「ユウ…イチロゥ」
たどたどしい声でそう告げた
「どこから来た?」
「覚えて…ない」
「そうか、名前は漢字でどう書く?」
その問いに、ユウイチロウは分からないと、小さく首を振った
恐らくは『上弦の
「取りあえず風呂入ってこい。この奥にある」
「風呂? 風呂ってなんだ?」
「風呂の入り方も分からないのか……」
セイは頭を抱えた。この分では食事の仕方から、トイレの仕方まで、教え込まなければならないかも知れない。
「こっちこい、風呂の入り方教えてやるから」
そう言って、風呂場へと連れて行く。自分の服を脱ぐと、引き戸を開け、風呂場へと入る。
「その椅子に座れ。頭洗ってやるから」
言われるがままに、椅子に座ると、上から頭目掛けて湯を掛けた。
「熱っ」
「我慢しろ」
ユウイチロウの抗議を無視して、セイは頭を洗い始める。
「うー」
唸り声を上げながらも、大人しくセイにされるがままにしていた。
シャンプーとリンスを終えると、今度は体を洗い始める。
「コレで終わり、と」
体を綺麗に洗い清めると、浴槽に入るようにに促す。
「コレに……はいるの?」
「そうだ、気持ちいいぞ」
暫く浴槽を見つめた後、ざぶん、と勢いよく飛び込む。
「おいおい、飛び込む奴があるか」
苦笑いを浮かべてセイが言う。
「温かいな、この水」
「水じゃない、これはお湯って言うんだ」
「お湯?」
「そうお湯」
「ふうん、温かい水はお湯って言うのか」
不思議そうにユウイチロウが言った。
「そうお湯。火で水を熱して、丁度良い温度にしたのがお湯。ぐらぐらと泡が勢いよく立つまで沸かしたのが熱湯」
体を洗いながら、セイが教える。
「お湯と熱湯ってどう違うんだ」
「お湯はこうやって入ることが出来る。熱湯は熱すぎて、指も入れることが出来ない」
たぷん、と風呂桶を浴槽に入れて体に掛ける。
「ふうん。でも入ってると、気持ちいいけどふらふらするな、風呂って」
「それは、のぼせてるんだ! 早く風呂から出ろ!」
慌てて、のぼせているユウイチロウを、浴槽から持ち上げる。
六畳間に運び込んで、扇風機を付ける。
「うー涼しいなぁ」
ボケーとしながら、ユウイチロウが言った。
「コレでも額に押しつけとけ」
「これ、なに」
手渡されたものを怪訝そうに見つめる。
「ラムネ、って言う飲み物の一種だ。甘くて旨いから、のぼせが消えたら後で開けてやる」
「んー」
ラムネを握って、額にくっつけていると、段々のぼせが、引いていくのが分かった。そして、忘れていた事も一つ思い出した。
「セイ、俺一つ思い出したよ」
傍らで、テレビを見ているセイに向かって、ユウイチロウが言った。
「何を思いだしたんだ?」
プシュ、と缶ビールを空けながら、セイが聞く。
「俺の名前、裕一朗って書くんだ」
起き上がって、電話の横に、据え付けられたメモを引ったくり、殆ど殴り書きのような字で己の名を刻む。
「裕一朗ね。いい名前じゃないか。誰が付けてくれたんだ」
「……、思い出せない。でも誰かが俺に『裕一朗』って名前を付けてくれたんだ」
裕一朗が言った。
「のぼせは引いたか」
セイが聞いた。
「ウン、ふらふらするのは収まった。処でそれ何?」
「これか? これはビールという、大人の飲み物だ。飲んでみるか?」
「ウン」
セイから缶ビールを受け取り、ここから飲むんだぞと、教えられた穴から中の液体を飲んだ。
一口飲んだ途端に、あまりの苦さに吐き出しそうになった。
「何コレ? 苦い。クスリか何か?」
「まぁ胃腸にゃ良い薬になるな。まだちょっと早かったか。お前さんには、こっちの方が良いな」
傍らに置いてあるラムネを持って、台所へと行く。
裕一朗も好奇心に駆られて、台所へとついて行く。
「いいか、ラムネって言うのはこうやって開けるんだ」
封を切り、上にある白い栓をきゅっと押す。
シュポン、と言う音と共に、中身が溢れ出す。
暫くして流出が収まると、それを裕一朗に手渡した。
「中に入ってるビー玉、この丸いやつな、うまいこと除けて飲むんだぞ」
「わかった」
慎重な面持ちで、裕一朗はラムネを手にする。
うまいことビー玉を避けながら、裕一朗はラムネを飲むことに成功する。
「旨いなコレ。甘くてシュワシュワしてる」
一口飲んでそう言った後、夢中になって、ラムネを飲み干す。
「こんな旨い物があるなんて、俺知らなかったよ」
ラムネで感動するとは、なんて安上がりな
「じゃあ、もっと旨いもん喰わせてやる。その前に、全裸じゃ風邪引くな」
そう言って、タンスの中から自分のシャツを出してやる。
「シャツって言うのはこういう風に着るんだ」
教えながら、自分のシャツを着せてやる。
シャツはぶかぶかで、腕は捲らなければならないほどだった。だが着る物がない以上、これを着るしかなかった
「六畳間、お前がぶっ倒れてた処でまってな、旨いもん喰わせてやる」
言われた通り、六畳間で待っているとセイが料理を運んできた。
メニューは、白米にカボチャの煮付け、豚のショウガ焼き、ワカメのみそ汁だった。
「コレなんだ?」
ちゃぶ台に、所狭しと並べられた料理を見て、裕一朗が聞いた。
「なんだって、食事だ」
「食事って、リキッドじゃないのか?」
「元々は固形物だ。リキッドは手軽に食べられるようにした、簡易食だ」
「ふうん。で。どうやって食べるんだ、これ」
「目の前に箸があるだろう、それで食べるんだ」
「へぇ、どうやって使うの?」
「こうやって使うんだ」
セイがお手本を見せてやる。
それに習って、裕一朗も箸を使う。最初はぎこちなかったが、暫くすると、セイと同じくらい完璧に使いこなせるようになった。
完璧な箸使いで、豚のショウガ焼きをつまみ、口へと持って行く
「美味しいよこれ」
豚のショウガ焼きを食べた後、その美味しさに感動した裕一朗が言った。
「そりゃどうも。他のも旨いはずだぞ」
ガツガツと、余程飢えていたのか、あっという間に、裕一朗は自分の分を平らげた。
「ふう、うまかった」
腹をさすりながら裕一朗が言った。
「御飯を食べた後はこうやって」
そう言いながら、両の手を合わせる。
「ごちそうさま、っていうんだぞ」
言われるがままに手を合わせ、ごちそうさまと言った。
「なんか俺、眠くなってきた」
そう言いながら、ごしごしと目をこする。
「待ってな、すぐ布団引いてやるから」
食器を片付けながら、セイが言う。
食器を洗い場へ持って行き、ちゃぶ台を急いで片付ける。
そして押し入れから布団を取り出し、引いてやる。
「どうやって寝るの」
「この掛け布団と、敷き布団の間に入って寝るんだ」
そう言って手本を見せる。
「寝るときは、お休みなさい、って言うんだぞ」
「んー、お休みなさい……」
それだけ何とか言うと、すぐに、すうすうと寝息を立て始める。
「全く、えらいもん拾ってきたな」
ガリガリと頭を掻きながら、セイが呟いた。
今から三年前の雨の日、二人の