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連源堂異聞
大山益吉
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年09月13日
公開日
29,379文字
連載中
「煙の街」で便利屋 連源堂を営むセイと裕一郎。ある日、いつもの様に裕一郎がゴミの山でパーツ拾いをしていると、「上弦の街」から逃げてきた少女 アルハを拾う。拾った義務感から家に連れ帰って、セイと3人で共同生活を送っていたが、「上弦の街」から彼女を逃がした研究者ライツが追いかけてくる。二人を「煙の街」から脱出させたて一安心と思った矢先、ニュースで二人が「上弦の街」の警察に捕まったことを知る。そこでセイと裕一郎は、二人を救出するべく自分たちの密かに持っている力を使い「上弦の街」へと向かうことに。

第1話

    雨はいやだ。客先に届け物をした後に降り出した雨に、セイは舌打ちをした。

    傘を買おうかと思ったが、それ程距離もないので、そのまま濡れて帰ることにした。

 帰る途中、とあるゴミ山の側を通りかかった時、足を止めた。

 そこには人が埋まっていた。金色の髪の少年がゴミの山に埋もれていたのだ。最初は無視していこうかと思ったが、何かが引っかかったので、立ち止まったのだ。軽く少年の周りのゴミを除けてみる。そして、少年に対する違和感が明らかになる。

 殆ど消えかけていたが、少年の背には霊性エーテルの金色の翼が生えていたのだ。

 「天使メサイヤ……、俺以外にも成功例がいたのか」

 少年を見て、セイは驚きの声を漏らした。

 天使計画メサイヤプロジェクトは、彼以外全て失敗したはずだ。

 さっと周りを見渡し、誰もいないのを確かめると、落ちているぼろ布で少年を隠し、自分の店へと急ぐ。

 雨の所為か、幸運にも誰にも会わずに済んだ。

布を突き抜けて、うっすらと金色の翼が出ていたからだ。

 急いで『連源堂』の鍵を開け、店の中へと飛び込み、風呂の準備をする。

 風呂を沸かしている間、少年の服を脱がしてやる。泥だらけの服を脱がすと、それをゴミ箱へと投げ込む。

 体つきは人間の少年と全く違わなかった。クローンかと思い、首の後ろを見てみたが、クローン特有のバーコードは見つからなかった。

「と、なると新しく作られた個体という訳か」

 昏々と眠る少年を見ながら、セイは呟いた。

 悩んでいても仕方がない、少年を起こして話を聞くのが一番だ。

 「おい、起きろ」

 そう言って、軽く少年の両頬を叩く。

 「……ん……」

 そう言って少年が目を覚ました。

 そして、セイを見た。

 「そう怯えるな。名前は? どこから来た?」

 少年は答えず、警戒心剥き出しの金色の眼でジッとセイを睨み付けている。

 それを見て、はぁ、と溜息をつき、服を脱ぎ始める。

 「良く見とけよ」

 背中に力を込めると、ばさり、と純白の翼が出現する。

 そして血のような赤毛と、青い瞳が漆黒の闇色へと変わる。

 「俺の名はセイ。俺もお前と一緒なんだよ」

 セイの翼を見ると、少年は警戒を解き、羽根を畳んだ。

 金髪金眼が、黒髪黒目に変わって行く。

 「名前は? どこから来た?」

 「ユウ…イチロゥ」

 たどたどしい声でそう告げた

 「どこから来た?」

 「覚えて…ない」

「そうか、名前は漢字でどう書く?」

 その問いに、ユウイチロウは分からないと、小さく首を振った

 恐らくは『上弦のファーストクォーター』から逃げてきた実験体だろう。逃げる途中で、記憶を無くしたのかも知れない。

 「取りあえず風呂入ってこい。この奥にある」

「風呂? 風呂ってなんだ?」

 「風呂の入り方も分からないのか……」

 セイは頭を抱えた。この分では食事の仕方から、トイレの仕方まで、教え込まなければならないかも知れない。

 「こっちこい、風呂の入り方教えてやるから」

そう言って、風呂場へと連れて行く。自分の服を脱ぐと、引き戸を開け、風呂場へと入る。

 「その椅子に座れ。頭洗ってやるから」

 言われるがままに、椅子に座ると、上から頭目掛けて湯を掛けた。

 「熱っ」

 「我慢しろ」

 ユウイチロウの抗議を無視して、セイは頭を洗い始める。

 「うー」

 唸り声を上げながらも、大人しくセイにされるがままにしていた。

 シャンプーとリンスを終えると、今度は体を洗い始める。

 「コレで終わり、と」

  体を綺麗に洗い清めると、浴槽に入るようにに促す。

 「コレに……はいるの?」

 「そうだ、気持ちいいぞ」

  暫く浴槽を見つめた後、ざぶん、と勢いよく飛び込む。

 「おいおい、飛び込む奴があるか」

 苦笑いを浮かべてセイが言う。

 「温かいな、この水」

 「水じゃない、これはお湯って言うんだ」

 「お湯?」

 「そうお湯」

 「ふうん、温かい水はお湯って言うのか」

 不思議そうにユウイチロウが言った。

 「そうお湯。火で水を熱して、丁度良い温度にしたのがお湯。ぐらぐらと泡が勢いよく立つまで沸かしたのが熱湯」

 体を洗いながら、セイが教える。

 「お湯と熱湯ってどう違うんだ」

 「お湯はこうやって入ることが出来る。熱湯は熱すぎて、指も入れることが出来ない」

 たぷん、と風呂桶を浴槽に入れて体に掛ける。

 「ふうん。でも入ってると、気持ちいいけどふらふらするな、風呂って」

 「それは、のぼせてるんだ! 早く風呂から出ろ!」

 慌てて、のぼせているユウイチロウを、浴槽から持ち上げる。

 六畳間に運び込んで、扇風機を付ける。

 「うー涼しいなぁ」

 ボケーとしながら、ユウイチロウが言った。

 「コレでも額に押しつけとけ」

 「これ、なに」

 手渡されたものを怪訝そうに見つめる。

 「ラムネ、って言う飲み物の一種だ。甘くて旨いから、のぼせが消えたら後で開けてやる」

 「んー」

 ラムネを握って、額にくっつけていると、段々のぼせが、引いていくのが分かった。そして、忘れていた事も一つ思い出した。

 「セイ、俺一つ思い出したよ」

 傍らで、テレビを見ているセイに向かって、ユウイチロウが言った。

 「何を思いだしたんだ?」

 プシュ、と缶ビールを空けながら、セイが聞く。

 「俺の名前、裕一朗って書くんだ」

 起き上がって、電話の横に、据え付けられたメモを引ったくり、殆ど殴り書きのような字で己の名を刻む。

 「裕一朗ね。いい名前じゃないか。誰が付けてくれたんだ」

 「……、思い出せない。でも誰かが俺に『裕一朗』って名前を付けてくれたんだ」

 裕一朗が言った。

 「のぼせは引いたか」

 セイが聞いた。

 「ウン、ふらふらするのは収まった。処でそれ何?」

「これか? これはビールという、大人の飲み物だ。飲んでみるか?」

 「ウン」

 セイから缶ビールを受け取り、ここから飲むんだぞと、教えられた穴から中の液体を飲んだ。

 一口飲んだ途端に、あまりの苦さに吐き出しそうになった。

 「何コレ? 苦い。クスリか何か?」

 「まぁ胃腸にゃ良い薬になるな。まだちょっと早かったか。お前さんには、こっちの方が良いな」

 傍らに置いてあるラムネを持って、台所へと行く。

 裕一朗も好奇心に駆られて、台所へとついて行く。

 「いいか、ラムネって言うのはこうやって開けるんだ」

 封を切り、上にある白い栓をきゅっと押す。

 シュポン、と言う音と共に、中身が溢れ出す。

 暫くして流出が収まると、それを裕一朗に手渡した。

 「中に入ってるビー玉、この丸いやつな、うまいこと除けて飲むんだぞ」

 「わかった」

 慎重な面持ちで、裕一朗はラムネを手にする。

 うまいことビー玉を避けながら、裕一朗はラムネを飲むことに成功する。

 「旨いなコレ。甘くてシュワシュワしてる」

 一口飲んでそう言った後、夢中になって、ラムネを飲み干す。

 「こんな旨い物があるなんて、俺知らなかったよ」

 ラムネで感動するとは、なんて安上がりな天使メサイアだ。ラムネでこれだけ感動するのだから、ちゃんとした食事を与えてやれば、卒倒するのではないのだろうか。

 「じゃあ、もっと旨いもん喰わせてやる。その前に、全裸じゃ風邪引くな」

 そう言って、タンスの中から自分のシャツを出してやる。

 「シャツって言うのはこういう風に着るんだ」

 教えながら、自分のシャツを着せてやる。

 シャツはぶかぶかで、腕は捲らなければならないほどだった。だが着る物がない以上、これを着るしかなかった

 「六畳間、お前がぶっ倒れてた処でまってな、旨いもん喰わせてやる」

 言われた通り、六畳間で待っているとセイが料理を運んできた。

 メニューは、白米にカボチャの煮付け、豚のショウガ焼き、ワカメのみそ汁だった。

 「コレなんだ?」

 ちゃぶ台に、所狭しと並べられた料理を見て、裕一朗が聞いた。

 「なんだって、食事だ」

 「食事って、リキッドじゃないのか?」

 「元々は固形物だ。リキッドは手軽に食べられるようにした、簡易食だ」

 「ふうん。で。どうやって食べるんだ、これ」

 「目の前に箸があるだろう、それで食べるんだ」

 「へぇ、どうやって使うの?」

 「こうやって使うんだ」

 セイがお手本を見せてやる。

 それに習って、裕一朗も箸を使う。最初はぎこちなかったが、暫くすると、セイと同じくらい完璧に使いこなせるようになった。

 完璧な箸使いで、豚のショウガ焼きをつまみ、口へと持って行く

「美味しいよこれ」

 豚のショウガ焼きを食べた後、その美味しさに感動した裕一朗が言った。

 「そりゃどうも。他のも旨いはずだぞ」

 ガツガツと、余程飢えていたのか、あっという間に、裕一朗は自分の分を平らげた。

 「ふう、うまかった」

 腹をさすりながら裕一朗が言った。

 「御飯を食べた後はこうやって」

 そう言いながら、両の手を合わせる。

 「ごちそうさま、っていうんだぞ」

 言われるがままに手を合わせ、ごちそうさまと言った。

 「なんか俺、眠くなってきた」

 そう言いながら、ごしごしと目をこする。

 「待ってな、すぐ布団引いてやるから」

 食器を片付けながら、セイが言う。

 食器を洗い場へ持って行き、ちゃぶ台を急いで片付ける。

 そして押し入れから布団を取り出し、引いてやる。

 「どうやって寝るの」

 「この掛け布団と、敷き布団の間に入って寝るんだ」

 そう言って手本を見せる。

「寝るときは、お休みなさい、って言うんだぞ」

 「んー、お休みなさい……」

 それだけ何とか言うと、すぐに、すうすうと寝息を立て始める。

 「全く、えらいもん拾ってきたな」

 ガリガリと頭を掻きながら、セイが呟いた。

 今から三年前の雨の日、二人の天使メサイアが出会った日の出来事だった。

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