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第43話

 自転車に乗ると景色が後ろに流れていく。

 いつも通りだ。山も、川も、田んぼも、なにもかも昨日と変わらない。

 なのに、それを同じ景色だと認識できない自分がいる。それが不思議だった。

 頭の中がぼんやりとしている。体は動くけど、あたしのものじゃないみたいだ。

 まるでこの自然溢れる世界と同化したような気にさえなりながら、自転車はあたしを乗せて田舎道を進んでいく。

 この感覚は子供の頃、大好きな遊園地に行った次の日の朝に似ている。

 あの楽しかった世界は本当に現実の出来事だったのだろうか? もしかしてあたしは夢を見てたんじゃないのか? その日は一日中不思議な気持ちでいたのを覚えている。

 それと同じで、あたしは自分でも信じられないほど日常に溶け込んでいた。

 これはあまりにも衝撃的なことがあったから頭がまだ現実について来られてないだけなんだろうか?

 そのわりにはびっくりするくらい自分の心はありのままを受け入れていた。

 それはコンビニでうーみぃと菜子ちゃんが待っているのを見つけても変わらない。

「おはよう」

 あたしは自転車をとめて二人に挨拶した。

「おはよう」

「おはよう。愛花ちゃん」

 二人がいつもよりほんの少し小さな声で返事をする。

 いつもならもう一つのおはようが聞こえてくるはずだけど、それはなかった。

 僅かな沈黙が親友の喪失をあたし達に理解させた。

「お昼ご飯買ってくるね」

 あたしがコンビニに入ると二人もついてくる。適当に選んでレジに向かうと、お菓子コーナーにいる菜子ちゃんにうーみぃが言った。

「私達の分はいいからな」

 菜子ちゃんは少し寂しげに笑って「うん……」と頷く。

 買い物が終わると店を出た。そのまま自転車を押しながらゆっくりと学校に向かう。

 あたし達は昨日今後のことについて話し合った。

 この状況を切り抜けるためになにをすべきか? 

 そのことについてみんなで積極的に意見を出した。

 警察に事情を話すこともできる。だけど仲の良い五人グループから二人も死んだら誰だって殺人を疑うだろう。

 仮にあたし達の無実が認められたとしても、週刊誌とかネットニュースが嗅ぎつけてくるかもしれない。そうなればみんなここでは生きていけなくなる。

 なら、二人ともどこかに埋めるしかない。

 加世子の死体は予定通り菜子ちゃんが見つけてきた私有林に埋めることが決まった。

 問題は琴美だ。同じ場所に埋めることも考えたけど、見つかった時のリスクを考えて別の場所にすることになった。

 もし土砂崩れや想像もしないアクシデントで死体が見つかった時、それが二体にもなれば連続殺人ということになる。

 そうなれば警察は本格的に調査するしかないし、真っ先にあたし達が疑われるだろう。

 だけど行方不明になった一人が死体となって出てきたくらいじゃあたし達の優先度はそれほど高くない。

 見つかったのが加世子だったら彼氏のアキラくんやその周辺が怪しまれるだろう。実際にアキラくんはここに来てるんだ。

 問題は琴美だけど、あたし達に動機はない。周りから見てもトラブルがあったなんて思わないだろう。その実あたし達にはなんのいざこざもなかった。

 ただこれは最悪の場合だ。

 一番は二人の死体が誰にも見つからずに時が過ぎること。

 そのためにはまず、琴美と加世子の行方不明を確固たるものにしないといけない。誰が調べても二人が死んだなんて思えない状況を作るんだ。

 加世子の場合はクスリでトラブルを抱えていた。姿が見えなくなれば、売人の彼氏からネコババしたのがバレ、責められるのを恐れて高飛びしたと考える公算が大だ。

 一方で琴美も家出癖があった。家にいないでコンビニのイートインで寝るなんてことを繰り返すってことは、家族と仲が悪いんだろう。

 警察が調べれば琴美と加世子が隠れて会っていたことが分かるかもしれない。もしそれが分かった場合、おそらくこう考える。

 トラブルを抱えていた加世子と家族仲の悪かった琴美は二人でどこか別の街に逃げることを決めた、と。

 ならあたし達がやるべきことは明快だ。そう考えられる証言をして、そう思える状況を作り上げればいい。

 琴美は家から出たいと悩んでいた。琴美と加世子とは仲がよく、二人で会うこともあった。

 こう言うだけでいい。あとは警察が勝手に調べて結論を出してくれる。

 琴美の両親がいつ捜索願を出すか分からないけど、家出を疑うとしたら昨日の夜以降から今朝にかけてだろう。

 今朝、あたし達は琴美と会わなかった。このことを不思議に思ったり、心配したりするのが自然だ。

 先生に聞かれたら連絡が取れないと言うことが決まっていた。少し前からなにかに思い悩んでいたとも。電話をかけたり、SNSでメッセージを送るのも取り決めた。スマホは処分するつもりだけど、サーバーにログが残っていればあたし達への疑いは薄まるだろう。

 逆にこれをしないと親友が行方不明になったのにどうして心配しないんだと疑われる可能性が出てくる。あたし達三人が事件に関わってる。二人が死んでいるのを知っているから連絡を取らなかった。そう思われるのは避けたい。

 だけど自分たちから警察に行ったりはしないし、琴美の親に聞くこともない。どちらもあちらから聞かれた時だけ答えるんだ。

 家出をしたいと言っていた琴美のことを思えば、そう簡単に親や警察には言えない。言ったら遠くに逃げる前に捕まってしまうかもしれないから。

 なぜ連絡しなかったと問われてもこう言い訳が立つ。

 証言に関してはこれで十分だ。話しすぎれば情報を渡してしまう。情報が増えれば齟齬が増える可能性が高くなる。だから必要最低限のことだけを伝える取り決めだ。

 問題は家出したと思える状況作りだ。

 もし今、行方不明の捜索であの廃工場を探されたら一発でアウトになる。

 それを避けるためには迅速に二人の死体を隠さないといけない。

 まずは加世子。そして琴美の場合は死体を引き上げて、さらに血痕などの証拠も入念に拭き取る必要がある。

 毛髪や指紋なども消さないとどこから足がつくか分からない。

 琴美の原付も捨てないダメだ。山に捨てたんじゃ見つかった時に怪しまれる。

 家出するなら原付に乗って移動するはずだ。わざわざそれを捨てる意味がない。

 それについてはうーみぃがなんとかすると言っていた。仕事のために運転免許を取る予定を早めるそうだ。自動車の免許があれば原付にも乗れる。

 原付に乗って人気の少ない県外の山に行き、崖から捨てれば分からないだろう。その時はナンバープレートを外し、車体番号を消せば追跡はほとんど不可能だ。あとは電車とバスで帰ってこられる。

 問題は死体の隠し場所だ。琴美の場合出血しているからあまり遠くまで運べない。運んでいる間に血が流れればそこから捜査が始まるかもしれないからだ。

 死体の引き上げと清掃だけでも大変なのに、運搬と隠し場所にも頭を悩ませる必要があった。

 その上時間がない。できれば捜索願が出される前に実行する必要がある。スマホのGPS情報からあの廃工場にいたことがバレたら警察はすぐにやって来るだろう。

 その時までに証拠を全て消し去り、死体を隠さないと終わりだ。

 それがいつになるかは分からない。思っていたより遅いかもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。

 あたし達には時間がなかった。今すぐにでも動かないといけない。

 だけど焦るのと急ぐのは違う。焦っていつもと違ったことをすれば周りに怪しむ材料を渡してしまう。

 まずは加世子の死体を今夜埋める。そしてできれば明後日には琴美の死体を埋めたい。

 そのためにはなにより場所を選ばないといけない。

 加世子を埋める私有林とは離れた場所。それでいて誰にも見つからない場所の選定が必須だ。

 日差しが強くなると蝉たちの声が大きくなる。青空の向こうには入道雲が佇んでいた。

 あたし達は黙って歩いていた。自転車の車輪が回る音が微かにした。

 言わなくても分かる。みんな同じ事を考えているんだ。

 生憎、あたしの頭では最適解が分からない。

 でもみんなで考えればきっと答えは出るはずだ。

 あたし達の未来を守るための選択肢。

 いや、未来じゃない。今だ。今ある日常を守るために行動するんだ。

 ああしていればよかったとか、こうしていれば助かったとか、そんな反省は終わってからいくらでもすればいい。

 今はとにかく前だ。前に進むんだ。

 そのためには自分から言わないといけない。

 言いにくいとか、言ったら責任を取ることになるとかは関係ない。

 怖がれば怖がるほど行動は遅くなる。

 やるしかないことを、言うしかないことを先延ばしにしてしまう。

 それで全てを失ったら意味がない。

 さあ自分のために、家族のために、みんなのために、議論を始めよう。

 自分の人生がかかってるんだ。自分から言い出さないでどうする。

 あたしは勇気を出して呟いた。

「…………ねえ。あの死体、どこに隠す?」


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