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第42話

 八月十一日。朝。

 今日も鬱陶しいくらいの快晴だった。

 青い空。白い雲。生い茂った山々。田んぼに風が吹き、爽やかに稲がそよぐ。縁側では風鈴が涼しい音を鳴らし、蚊取り線香から微かに煙が上がっている。

 窓の向こうにはなにも変わらない、いつも通りの景色が広がる。

 あたしはぼんやりと外を眺めながら朝ご飯を食べていた。

 するとちび達がラジオ体操から帰ってくる。二人はすぐさまテレビの前に走ってきた。

「こら~。走らないの」

 洗面所からお母さんの声が飛んでくるのを無視して祐也がリモコンを掴んだ。

「だってはやくしないとネコシャケくんがはじまっちゃうよ~」

「はじまっちゃうぅ~!」

 小春は古い座卓に手をついて足をバタバタと動かした。

 テレビが付くと素早くチャンネルが合わせられ、子供向けのアニメが始まった。

 さっきまでうるさかった二人が嘘みたいに黙り込んだ。二人の視線はテレビの中で動くキャラクターに釘付けだ。

 子供の集中力ってすごいなぁ。そう思いながらあたしはゆっくりと朝ご飯を食べていた。

 またお母さんの声が聞こえた。

「愛花。今日も学校行くの?」

「……うん。なんで?」

「べつに。毎日毎日あんたにしては頑張ってるなぁと思っただけ」

「まあ、受験生だしね……。今頑張らないとダメじゃん」

「そっか……。そうだね。あんたももう大人だもんね」

 その言葉にハッとしてお椀を座卓に置いた。だけどすぐに笑顔を作る。

「……そうだよ。もう大人だよ」

「大きくなったわねえ。ちょっと前までランドセル背負ってたのに」

「それいつの話?」

 あたしが笑うとお母さんも笑った。

「もうすぐしたらお婆ちゃんくるから。じゃあ行ってくるわね」

 玄関からお母さんがそう言うと、ちび達は声を揃えて「いってらっしゃ~い」と言った。

 お母さんが出て行ってからあたしも「いってらっしゃい」と呟く。

 暑くなってきた。なにもしてないのに制服の下がじわりと汗ばむ。

 蝉がうるさく鳴きだし、お母さんが乗った軽自動車のエンジン音が遠のいていった。

 テレビではシャケに乗ったネコがサーフィンをして、それを見たちび達がはしゃぎ出す。

 あたしは残った朝ご飯を見つめた。あまり食欲はない。

 食べたくない。食べたくないけど、食べないと力は出ない。

 あたしは気合いを入れて残りを食べた。おかずを食べ終わるとお米をかきこみ、味噌汁で飲み込んだ。

「ごちそうさま」

 空になったお皿を流しにおいて、洗面所に向かう。歯磨きを終えるとあたしは鏡に映る自分を見つめた。

 普通だった。くまができてるわけでもないし、痩せこけているわけでもない。

 そんなにかわいいわけじゃない、いつものあたしがそこにいる。

 鏡に映る顔同様、あたしの心もこれといって波立ってるわけじゃない。

 あたしはふっと短く息を吐き、部屋に戻った。リュックを手に取るといつもより少し重い気がした。

 なんだろうと思って中を見ると、果物ナイフが入っている。あたしはナイフを見つめたあと、机の引き出しに入れた。

 玄関に向かうと履き古したスニーカーに足を入れた。履きながらちび達が散らかした靴を片付ける。

 靴を履き終わると居間に向けて大きな声で言った。

「じゃあおねえも行くからね? お婆ちゃん来るまで大人しくしといてよ? 返事は?」

「はぁい」

 二人の声はテレビの方を向いたままだった。

 あたしは苦笑いして玄関のドアを開けた。

「いってきます」


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