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第40話

 自習室でも、その帰りもわたしは必死で考えた。

 必死すぎて菜子に言われるまで鞄に花びらがついているのすら気づけないほどだ。

 どうにかして死体を隠そう。誰にも見つからなければいい。見つからなければわたしは救われる。危ないけど近くの雑木林に埋めよう。

 そう考えていた次の日、愛花が秘密基地に行こうと言い出した。

 わたしは愕然とした。このままだと加世子の死体が見つかるかもしれない。

 だけど周りが決めたら断れない。そうなってから行ってしまえばどうして行きたがらなかったんだと疑われる可能性が出てくる。

 ならいっそ、協力してもらう。そう考えた時、わたしの中になにか黒い塊が生まれた。

 あとは簡単だった。愛花は知らなかったみたいだけど、うーみぃに彼氏がいることなんてバレバレだった。

 自分にできる範囲でお洒落し出したし、肌や髪にも気を遣うようになった。

 なにより鞄に香水が入っていたのを見つけた時に確信した。

 香水を持ってるのに使ってない。誰かといる時にだけ使うからだ。そんなの男しかない。それが誰かは知らなかったけど、家の手伝いばかりしているんだから旅館の人だろう。

 このままだとうーみぃの旅館にも風評被害が出るかもしれない。そう言えばうーみぃがその人のことも考えて慎重になるのは目に見えていた。

 うーみぃさえやる気にさえればあとは愛花と菜子ちゃんだ。

 愛花は流れを作ってあげれば簡単に乗ってくるし、菜子ちゃんも最後の最後は自分で決められない。二人とも誘われたら断れないタイプだ。

 知ってるよ。みんながどう動くかなんて。だって、ずっと一緒にいたんだから。

 あとはみんなで死体を隠して終わりだったのに。

 なのに、土壇場になって愛花が意味の分からないことを言い出した。

 加世子は殺された。そして犯人がわたしだって。

 わたしが馬鹿にしていた愛花はその全てを看破した。そして泣きながら告げる。

「ねえ、琴美……。お願いだから自首しようよ」 

 なんで? なんでそんなこと言うの? 

 自首? そんなことしたらわたしの人生終わりじゃん。この歳から刑務所だ。未成年だから出て来られるとしてもその時には二十代が終わってるかもしれない。

 出てきたらおばさんだ。学歴も職歴もなにもない殺人の前科があるおばさん。

 イヤだ。そんなのは絶対にイヤだ。それだけは絶対にイヤだ。

 だって悪いのはわたしじゃない。全部あの女のせいだ。

 なのにわたしだけが罰を受けるのなんて間違ってる!

 逃げよう。ここから逃げるんだ。逃げればなんとかなる。外に出れば原付で逃げられる。

 そのまま東京まで行こう。もう卒業なんていい。大学もいい。とにかく今は逃げるんだ。

 逃げれば、犯人のわたしがいなければこの三人は加世子の死体を隠すしかない。だってあれは、クスリをして死んだのが加世子だって分かれば周りから噂されるのは本当だから。

 田舎だからとかじゃない。どこだってそうだ。人は想像で決めつける。噂が流れてきても、それを否定する材料ないなら本当だと信じ込む。

 逃げればなんとかなる。

 わたしは逃げ場を探した。ドアは無理だ。開けてる間に捕まる。なら窓だ。あそこの窓が割れている。

 そう思って重心を右に移した時だった。うーみぃが移動し、わたしの行く手を塞いだ。その顔は怒りに満ちていた。

「琴美……ッ。貴様逃げる気かッ! 親友を利用して殺人を偽装して、それが上手くいかなかった逃げる? そんなことが許されるわけがないだろうッ! 見損なったぞッ!」

「ち、ちがうって……」

「なにが違うッ! お前はやってはならないことをしたんだッ! 殺しもそうだが私達を操り裏切ったッ!」

 うーみぃは泣いていた。泣きながらわたしを睨み付ける。

「お前に分かるかッ!? 私達がどれだけ不安な夜を過ごしたかッ! どれだけ怖くて泣いたかッ! それでもなんとか乗り越えようとしたんだ。みんなのために。みんなの未来のためにッ! なのにお前はそれを利用したんだッ!」

 うーみぃは本気で怒っていた。あまりの迫力にわたしは一歩後ずさる。

 するとそれを聞いて菜子ちゃんもわたしを睨んだ。

「……ひどい。ひどいよ……。なんでこんなことするの?」

 愛花はさっきから黙ってわたしを見つめている。

 みんなに責められて、わたしは思わず口走った。

「それは……その…………。でもわたしだって悩んだんだよ! どうすればいいのかって。でも気づいたらこうなってて……」

「そんなわけがあるかッ!」とうーみぃが叫ぶ。

 菜子ちゃんも「そうだよっ!」とわたしを罵る。

 わたしはまた一歩後ずさった。

 そんな中、愛花だけが黙ってわたしを見ている。

 全部愛花のせいだ。愛花がわたし達を疑わなければよかったのに。

 そうすればうーみぃの秘密も菜子ちゃんの秘密もわたしの秘密も秘密のままだったのに。

 全部、全部この子の――――

「一番悲しかったのはね…………」

「え?」

 愛花が話し出してわたしは驚いた。その声はわたしを非難してない。悲しそうな、寂しそうな声だった。

 愛花は泣きながら笑っていた。

「一番悲しかったのは、琴美が言ってくれなかったこと」

「……は? 言うってなにを?」

「……加世子を殺したって」

 わたしは愛花がなにを言ってるのか分からなかった。

 殺したって言ってほしかった? なんで? 意味が分からない。

 わたしが混乱していると愛花は哀れむような目をした。

「言ってくれればよかったのに。加世子を殺したって。どんな理由か分からないけど、琴美がなにもなしに人を殺すわけないよ。それが友達なら尚更そう。だから言ってほしかった。こういう事情があったって。だから加世子を殺したって」

 愛花は強い瞳で続けた。

「だから一緒に死体を隠そうって! そう言ってくれたら協力したのに! 守れたかもしれないのに!」

 本気だった。愛花は本気でそう言ってくれた。

 わたしは茫然とした。そんなこと思いもしなかった。

 いや、違う。思ったけど現実には言えなかった。言って断られたらわたしはそれこそ全てを失う。

 なにがあってもずっと一緒にいた友達だけは失いたくなかった。だから言えなかった。

 信じ切れなかったんだ。

 それが精一杯だったんだろう。愛花は泣きじゃくり、その場に塞ぎ込んだ。

 うーみぃと菜子ちゃんが愛花の元に向かう。

「愛花……」

 二人とも泣いていた。わたしも泣いていた。

 それが言えたらどれだけ楽だったか。それが言えたらと何度思ったか。

 だけどそれが言えなかったから今がある。

 過去には戻れない。わたしは加世子を殺し、みんなを裏切った。

 今は選択の上にある。わたしはわたしが選択してここにいるんだ。

 こんな未来になるなんて思わなかったけど、現実はなってしまった。

 だからまた選択しないと。

 今のわたしが選べるのは二つだけだ。

 愛花の言うとおり自首するか、逃げてやり直すか。

 捕まったら終わりだ。もうその先にはなにもない。あるのは破滅だけだ。

 なら、わたしが選ぶべき道は一つしかなかった。

 たとえ全部を失っても、わたしの未来はわたしが選ぶ。

「……………………………ごめんね。みんな」

 涙が止まらなかった。それでもわたしは自分で選んだ。

 言うと同時に加世子のいる部屋に向かう。あっちにもドアはあるはずだ。なくても窓を破ればいい。

 外に出ればあとは逃げるだけだ。先回りされたら原付を捨ててでも森の中に行こう。

 逃げれば、逃げさえすればなんとかなる。

 わたしは走った。

 そして見つけた。加世子の向こうにドアがある。あそこから出るんだ。

 腐った床は強く踏むと崩れた。それでもわたしは躊躇せずに走った。

 逃げる。逃げる! 逃げるんだっ!

 心の中で叫びながら、必死になって加世子の隣を駆け抜けた。

 その時だった。

 足がなにかにぶつかった。

 左足が前に出ない。そのせいでわたしは転んでしまう。

 なに? なにかあった? なにも見えなかったのに。

 膝と肘から血が滲んだ。手には床に使われている木材のトゲが刺さった。

 痛い。それでもわたしは立ち上がろうとした。早くしないとみんなが追ってくる。

 歯を食いしばって床に手をつく。だけど手から伝わってきたのは堅い床の感触じゃなく、柔らかい肉の感触だった。

 わたしの手は加世子の死体に触れていた。

「ひいっ!」

 思わず口から悲鳴が漏れる。

 わたしは加世子の足に引っかかったんだ。わたしの足が当たってバランスが崩れた。だから加世子はここに転がっている。

 でもおかしい。走り抜けようと思った時にはたしかになかったはずなのに。

 わたしは自分の手を見つめた。猛烈な腐臭がするねっとりとしたなにかが手を覆っていた。

 それがなにかを理解したわたしはその場で吐いた。我慢する暇すらなかった。

「琴美ッ!」

 入り口でうーみぃが叫ぶ。

 今は気持ち悪がってる場合じゃない。逃げないと。一刻も早くここから逃げるんだ。

 でないと終わる。人生が終わる。

 なによりも大事なわたしの人生が――

 わたしは立ち上がり、踏み出した。

 それと同時にうーみぃがまた叫んだ。

「危ないッ!」

 え? 危ない? なにが?

 気づいた時にはもう遅かった。

 痛みきっていた床は崩れ、足下から感覚が消える。視界が急に傾いた。

「きゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 わたしの体は悲鳴と共に暗黒の中へと落ちていく。

 その最中、たしかにわたしは見た。

 穴の縁で加世子がこちらを見ているのを。

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