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第38話

 夜。家族みんなが寝静まった頃、あたしは部屋の窓から外に出た。

 リュックを背負ったまま音がしないように自転車のところまで行き、そのまま押してゆっくりと道まで出る。

 振り向くとそこには我が家があった。中では何も知らないお父さんとお母さんと祐也と小春が寝ている。心がズキズキと痛んだ。

 それでもあたしは前に進むと決めていた。この日常を守るために。

 少し歩き、頃合いを見て自転車に跨がった。そのままゆっくりと道を下っていく。

 さっきからずっと緊張している。気を緩めると転けるかもしれない。だけど何年も乗り続けた自転車と走り続けた道は、半ば意識がなくても難なく走っていけた。

 県道に出ても車はいなかった。いや、気配すらない。普段なら遠くでトラックが走ってる音なんかが聞こえたりするけど、今夜は全然だ。

 静かだ。時折吹く風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。普段なら鳴いている虫や鳥なんかも一様に黙っていた。

 森の暗闇からは誰かが見ているような気がした。全身を昼の間に暖められたぬるい空気が包んでいく。

 あたしはゴクリとつばを飲み、廃工場へと向かった。みんなは廃工場へと続く道で待っているはずだ。

 暗闇はあたしに冷静さと考える力をくれた。

 覚悟を決めよう。あたしはあたしの未来を手に入れるために生きるんだ。

 そのためには裏切らない。友達だけは絶対に裏切らない。なにもないあたしからそれさえもなくなったらこれからの人生は空っぽになる。

 だからダメだ。あたしはあちら側には行かない。それだけは心に決めよう。

 いくらあたしが弱くても譲れないことくらいあるんだ。

 県道を逸れて脇道に入るとしばらくして三人が待っていた。

「ごめん。遅かった?」

 あたしが謝るとジャージを着たうーみぃが腕時計を見つめる。

「いや、今がちょうど十一時だ」

 うーみぃは足下に置いていたリュックを背負った。

「行こうか」

 琴美と菜子ちゃん、そしてあたしは「うん」と頷いて坂を登っていく。

 県道からこちらの姿が見えなくなるとあたし達はライトを付けた。

 光を道ばたに送ると緑の中に青い花がぼうっと浮かぶ。

 うーみぃが言ってたアオイケシだ。

 芥子、つまり麻薬の仲間らしいけど、悪い作用はないらしい。いや、たとえあったとしても悪いのは花じゃなくてそれを使う人間の方なんだろう。

 花は悪くない。ただ咲いているだけだ。

 しばらく歩くとツタで覆われた看板が見えた。その近くの暗闇を照らすと廃工場がひっそりと佇んでいる。そこにあると知っていなければ誰も分からないだろう。

 ここでずっと加世子の死体があたし達を待ち続けているんだ。そう思うと加世子がかわいそうに思えた。

 自業自得だけど、殺されるのはやりすぎだ。もしかしたら加世子だって苦しんでいたのかもしれない。クスリをやめたくてもやめられなくて藻掻いていたのかもしれない。

 失敗は誰にだってある。大事なのはその次だ。

 生きていれば次がある。でも死んだらおしまいだ。だからなにがあっても殺すのはやりすぎなんだよ。友達なら尚更そうだ。

 あたし達はなんとか重いドアを開けて中に入った。

 もしものことを考えて、ドアは閉めておく。また開ける手間はかかるけど、万が一でも誰かが開いているのを見つけた場合に備えた。

 周りから見られる心配がなくなってあたし達はようやく一息ついた。

 ここは涼しいのに汗が噴き出る。あたしはさっきからずっと自分の心臓がバクバクと鳴る音を聞いていた。

 あたし達はリュックや鞄を作業台の上に置いた。それからみんなで加世子の死体がある隣の部屋の入り口を見つめる。

 暗かった。でも今日は月明かりがあるから完全な暗闇とは言えない。もっと目が慣れたらよっぽどの暗さじゃない限り見えるようになるだろう。

 薄暗がりからはあるはずのない気配が感じ取れた。加世子があそこでずっとあたし達を待っている。

 みんなは気味悪そうにしているけど、あたしは哀れみを感じていた。

 この前割ったガラス窓から風が入ってくる。

 うーみぃがふっと短く息を吐いて告げた。

「さあ。やろう。時間がない。なんとか朝までに帰らないとな」

 琴美は「そうね」と同意し、菜子ちゃんは「うん」と頷いた。

 三人が向こうの部屋に向かって歩き出す。

 あたしは心の中で何度も何度も自分に言い聞かせた。

 言え。言うんだあたし。でなきゃ、一生後悔する。

 震えながらもあたしは口を開いた。

「あのね。言わなきゃいけないことがあるの……」

 みんなが不思議そうに振り向いた。

 頬に涙が一滴頬を伝う。それを見て三人が顔を見合わせる。

「どうした? 怖くなったか?」

 うーみぃが心配そうにと聞いた。

 あたしはかぶりを振って涙を拭った。

 胸がいっぱいで吐き気がする。緊張しすぎて手が震えていた。

 それでもあたしは自分の中に眠っていた勇気を振り絞り、言った。

「……加世子が死んだのはね。事故でも自殺でもないの。…………殺されたの」

 三人は最初訳が分からないという表情でポカンとしていた。

 だけどあたしが言ったことを理解するとほとんど同時に目を見開く。

 うーみぃが叫んだ。

「そ、それは本当かっ!?」

「………………うん」

 多分と付けようとしてあたしはやめた。自分の中で出した結論に責任を取るんだ。

 みんなの顔が青ざめる。

 当たり前だ。加世子は自殺したと思ってるんだから。だからこそ協力して死体を隠そうと思った。

 殺人だと知っていたらよっぽどのことがない限り手なんか貸さない。

 あたし達は犯人に利用されていたんだ。

「なんで分かったんだ?」

 うーみぃの額には汗が滲んでいた。

 あたしは小さく息を吐いた。

「…………その、ね。あたし加世子の死体を見に来たの」

 それを聞いてみんながまた驚いた。あたしがそんなことをするなんて思ってもみなかったのかもしれない。

 琴美が首を傾げる。

「でも死体を見たくらいじゃ殺人かどうかなんて分からないんじゃない?」

 菜子ちゃんもうんうんと頷いた。

 あたしは頷いた。

「ふ、普通ならそうだと思う……。あたし、そういうのに全然詳しくないし。でもそうとしか考えられない」

「なぜだ?」

 うーみぃが尋ねた。

「……加世子って左利きだったよね?」

「ああ。たしかそうだったな。……………あ。ああっ!」

 うーみぃが気づいた。大きく口を開け、それを手で隠す。

「そうだ。加世子は左利きだった。だがあの注射痕は左腕にあったはずだ!」

 あたしはまた頷いた。

「そう。左利きの人が左腕に注射するとは考えられない。実際、加世子の注射痕は右腕に集中してたし」

 うーみぃは口に手を当て、目を開けたまま必死に考えていた。

「……で、でも誰が?」

 それを聞かれ、あたしの目から涙が溢れた。息がうまくできない。

 あたしは今、友達を失うんだ。そう思うと涙が止まらなかった。

 思い出が走馬燈のように駆け巡る。そこにあったのはいつも笑顔だった。

 それでもあたしは震える手でなんとか犯人を指さした。

「加世子を殺したのは…………………………………………琴美」

 視線が一斉に琴美に集まる。

 うーみぃと菜子ちゃんは驚愕して琴美から一歩離れた。

 琴美は口をぎゅっとつぐんだ。だけどすぐに困った笑顔を見せる。

「ちょ、ちょっと意味分からないこと言わないでよ。大体なんでわたしなわけ?」

 うーみぃが「たしかに」と頷いた。「どうして琴美なんだ?」

 あたしは涙を手で拭った。そして拳をぎゅっと握って説明する。

「あたしね。調べたんだ。みんなの言ってたアリバイが本当かどうか」

「え?」と三人の声が重なった。

 それぞれ気まずそうな顔をする。その原因をあたしは知っていた。

「みんながみんな嘘をついてた。まずうーみぃ」

 うーみぃはびくっと体を震わせた。

「加世子が死んだ日。うーみぃは板野さんと一緒にいた。二人は付き合ってるんだって」

「なっ――」

 うーみぃは顔を赤くして俯く。

「……誰に聞いたんだ?」

「板野さん。……言わなくていいことまで言ってたよ」

「まったく、あの人は……」

 うーみぃは真っ赤になった顔を両手で覆った。それから恥ずかしそうにゴホンと咳払いする。

「……その、すまなかった。嘘をつく気はなかったんだが……、私としても相手が相手だけにどう説明すればいいのか分からなかったんだ。それにこのことが母さんに知られたらきっとあの人は追い出される。そう思うと言えなかった。……すまない」

 うーみぃは俯いて謝った。

 正直嘘をつかれたのはいやだ。だけどもしあたしがうーみぃならやっぱり言えなかったと思う。相手が十歳も上で職場も同じなら尚更だ。

 すると琴美が反論した。

「待ってよ。こんな風に順番に言って、アリバイがなかったら犯人ですって決められたらたまったもんじゃないわ。それにアリバイがないのは菜子ちゃんもでしょ?」

「……菜子ちゃんにはあるよ」

「え? でも……」

 琴美が不安そうに菜子ちゃんを見つめる。

 菜子ちゃんの顔は青ざめていた。離れていても小さく震えているのが分かる。

 琴美は苦笑した。

「だ、だってあの日菜子ちゃんは喫茶店で勉強してたんでしょ? そんなの店員さんが覚えてるわけないじゃん。もし覚えてたとしても何時までいたかなんて分からないって」

「……たしかにそうだけど、それも嘘だから」

「…………は? 嘘?」

 琴美は信じられないという顔で菜子ちゃんを見つめる。菜子ちゃんの顔は益々青くなっていた。

 あたしは菜子ちゃんを見つめた。目が合ったけど、すぐに下を向いて逸らされる。

 どうやら菜子ちゃんは自分から話すつもりはないらしい。

「あたしね。街で調べたんだ。琴美の行ってる塾と、菜子ちゃんが行ったって言う喫茶店も見てきた」

「だからなに? 店員さんが覚えてたって言ったの?」

 あたしは菜子ちゃんを見つめた。菜子ちゃんはさっきから黙り込んでいる。

「……店員さんは菜子ちゃんが来てすぐに誰かと出て行ったって言ってたよ」

「ほら。それだったら十分こっちまで戻れるじゃない」

「うん。店員さんの話だけだったらね」

「……だけ?」

 琴美が首を傾げる。

 あたしはもう一度待った。できれば言いたくない。

 だけど菜子ちゃんはさっきからなにか言おうとしてるけど、声が出ていなかった。

 あたしは仕方なく夕方聞いた話をした。

「……レオちゃんから聞いたの。三日の夜。塾から帰る時に菜子ちゃんを見たって」

 琴美はふっと笑った。

「それだけ? 塾が終わるのなんて八時過ぎとかだよ? ここに来てからまた街に戻るくらい簡単に――」

「もうやめて!」

 話を遮り菜子ちゃんが叫んだ。目に涙を蓄えてあたしをキッと睨む。

 人から嫌われるの怖いあたしは一瞬躊躇った。それでもこれを言わないといつまで経っても琴美は認めない。

「………………ここに来るなんてありえないよ。だって菜子ちゃんはさ。その時間、知らないおじさんとホテルに行ってたんだから」

 あたしがそう告げると、菜子ちゃんは「いやあぁっ!」と悲鳴を上げる。

 その反応がうーみぃと琴美に本当だと知らせた。二人は愕然とし、あたしはやるせない気持ちでいっぱいだった。

 友達を傷つけたくなんてない。だけど、最初に嘘をついたのは菜子ちゃんだ。なによりあたしはもうこんなことを続けてほしくなかった。

 うーみぃはその場にへたり込んで泣く菜子ちゃんを見て、悔しそうに口を一文字にした。

「……なんでなんだ? 責めるわけじゃない。理由を教えてくれ。そしたら力になれるかもしれない」

 菜子ちゃんは肩を振るわせながらか細い声で答えた。

「……今年の春にお父さんがリストラされてから、お小遣いがなしになったの。そのことは仕方ないと思う……。お父さんも頑張って再就職先を探してるから……。……だけどみんなには今まで通りに接してほしかった。わたしのお弁当を食べておいしいって言って欲しかったし、お菓子だって配りたかった……。だって、わたしができることってそれくらいしかないんだもん……。それに気遣ってほしくなかったの……。友達……だから……」

 菜子ちゃんは涙を手で拭いた。

 あたし達は菜子ちゃんがそんなことを思っていたなんて知らず、ただただ困惑していた。

 菜子ちゃんは続けた。

「……個人授業もやめなくちゃいけなくなって、バイトを探してるって加世子ちゃんに言ったら、じゃあ割のいい仕事があるよって言われて……。それで……その…………」

 それを聞いてうーみぃが拳を握った。

「……援助交際を誘われたのか?」

 菜子ちゃんがこくんと頷くと、うーみぃは歯ぎしりした。

「友達をなんだと思っているんだ……。ふざけている……」

「……東京じゃパパ活なんてみんなやってるって言われて、それならいいかなって知り合いを教えてもらった……。最初はごはん行くだけだったけど、だんだんホテルに誘われるようになって……。お金もすごい額もらえるし、一度だけならって思っちゃって……」

「もしかしてあの日加世子に会ったのか?」

 うーみぃが恐る恐る尋ねると菜子ちゃんはゆっくりと頷いた。

「うん……。相場より払ってくれる人見つけたって言われて断れなくて……。会ったのが分かったら絶対疑われると思って言えなかった……。で、でも本当にわたしはここに来てない。その時はホテルにいたし、加世子ちゃんは紹介料だって言って半分持ってどこかに行っちゃったから……」

 泣きじゃくる菜子ちゃんを横目に、あたしとうーみぃは琴美を見つめた。

「多分、加世子はその後すぐにここへ来たんだと思う」

「その男に確認を取れば菜子のアリバイは成立する。これでアリバイがないのは琴美だけだな……。琴美、やっぱりお前がやったのか?」

 琴美は一歩後ずさり、かぶりを振った。

「な、なんでそうなるのよ!? うーみぃが彼氏といて、菜子ちゃんが援交してたらわたしが犯人になるわけ? そんなのおかしいじゃん。わたしだって塾に行ってたんだよ?」

 こうなってもまだ琴美は認めようとしない。

 あたしはそれが悲しかったし悔しかった。琴美は最後まで嘘をつき通すつもりだ。

 うーみぃは琴美を睨み付ける。

「ここを知ってるのは私達だけだ! 加世子が誰かに殺されたとしたら私達の誰かが犯人ということになる! アリバイがないお前が疑われるのは当然だろう!」

「それなら愛花もないじゃん! どうしてわたしばっかり言われなきゃならないのよ! 不公平じゃない!」

「愛花が犯人ならわざわざ加世子が殺されたなど言うわけないだろう! そんなのことをしてもなんの得もない! いい加減に白状しろっ!」

「だから違うって言ってるじゃないっ!」

 ここまで来たら意地だ。たとえほとんどそうだと分かっていても、琴美は言わない。

 言うならもっと前に言っている。きっとあたし達を利用すると決めた時、誓ったんだ。

 どんなことがあっても絶対にこのまま進むと。後ろに道がないならそれしかないんだ。

 でもその道は孤独と悪の道だ。幸せはない。なら、あたしは琴美を救いたい。

「……言ったよね。塾の友達にも聞いたって」

「それがなによ!?」

「……その子が言ってたんだ。琴美は授業に出ないで自習室にいたそうなんだけど、来て早々に出て行ったって。帰ってきたのは一時間以上過ぎてから」

「だから? ただファミレスに夕飯を食べに行ってただけ。大体原付だってコンビニに置いてたし」

「それはきっと、誰かに別のバイクを借りたんだと思う。ほら。最初に来た時轍があったでしょ? あれ、琴美の原付より太かった」

「車かもしれないじゃない」

「あたしもそう考えた。でもあの轍は途中で幅が変わってたの。多分、行きと帰りに別々についたから。あの時に写真を撮ってたのを思い出して確認したから確かだよ」

「そんなの全部想像じゃん。アリバイがなくてあそこをバイクが通ってたからあたしが犯人になるわけ? もしかしたら他の誰かかもしれないでしょ? あたしがやったって証明できるの?」

「できるよ」

「…………え?」

 琴美の顔が凍り付いた。

 うーみぃと菜子ちゃんも絶句する。

 そんな中、あたしはスマホを取り出した。

「にゃこっちって言うんだっけ? その子って変わってるんだってね」

「……それがどうしたの?」

 琴美は少し体を引いた。

「にゃこっちが言ってたんだ。琴美が帰ってきた時、変だと思ったことが三つあるって。まず一つ。琴美の髪がぐっしょりと濡れてたんだって」

「そ、それはファミレスに行った時に雨が降ってたから……。傘は持ってきてたけど、自習室に置き忘れてたから取りに戻るのが面倒になっただけよ……」

 琴美はぎこちなく説明しながら一歩下がった。

 あたしは一歩進み、続けた。

「もう一つ。琴美の靴下が泥で汚れてたんだって。街にいて泥だらけになるなんておかしいよね? ファミレスに行って帰ってきただけでしょ?」

「……それは、あれよ。近道しようと思って公園を通ったの。そこで水溜まりを踏んじゃったから……」

 琴美はまた一歩下がった。

 あたしは涙を流しながらも一歩進む。

「じゃあこれは?」

 あたしはスマホに写真を表示して見せた。

「これ、なんだか分かる?」

 琴美は恐る恐るスマホを見つめ、そして目を見開いた。

 うーみぃと菜子ちゃんも横からスマホを覗く。

 そこに写っていたのは琴美の写真だった。濡れた髪をタオルで拭く琴美が写っている。

 普段から友達の写真を撮るのが好きなにゃこっちが撮ったものだった。

 写真を撮った日時は八月三日の夜九時頃。

 そこに写る琴美の鞄には特徴のある青い花びらがくっついていた。

「これはにゃこっちが琴美の鞄についた花びらを面白がって撮った写真なの。ここ。鞄の表に確かについてるよね。こんなのはあたし達と一緒にいる時はなかった。あったら絶対に気づく。そしてこれは街には絶対にない、高地にだけ咲くアオイケシの花びらなの。お花屋さんに電話して聞いたけど、こんなのどこでも取り扱ってないって。この花が咲くのはここらじゃこの廃工場の周りだけ。つまり、琴美はあたし達と別れてからこの写真が撮られるまでの四時間の間にここに来たんだよ」

 アオイケシの茎や葉にはトゲがある。琴美の鞄はそれに引っかかったんだろう。

 花が葉や茎ごとくっついたままバイクに乗って街に向かった。街に着く頃には葉や茎は風で飛ばされていた。だけど濡れた花びらは琴美の鞄にくっつき続けていたんだ。

 まるで加世子の執念が乗り移ったように、しっかりと。それは奇跡のような確率なのかもしれない。普通じゃあり得ないことなのかもしれない。

 だけどあたしはその微かな可能性を見つけることができた。自分の足で動き出しからこそ偶然は舞い降りる。じっとしながら考えてるだけじゃ真実は見つけられない。

 これは奇跡だけど、たしかにあたしが勝ち取った奇跡なんだ。

 決定的な証拠を突きつけられた琴美は体を硬直させた。顔を引きつらせ、口をパクパクと動かす。それでも反論は出てこない。

 あたしはじっと琴美を見つめた。うーみぃはすごい形相だ。菜子ちゃんは泣き止み、驚きを隠せないでいる。

 あたしは全ての嘘を暴いた。だけど全然すっきりしない。できればずっと心の奥にしまっておきたい。知らずにいたい真実ばかりだった。

 それでも後悔はしてない。もう覚悟は決めていた。あたし達は友達なんだ。

「ねえ、琴美……。お願いだから自首しようよ」


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