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第37話

 晩ご飯は家族みんなで食べた。

 あたしはなるべくいつも通りに振る舞ってるつもりだけど、意識してる時点でかなり怪しい。それでも今のあたしには日常を感じられるこの時間はすごく貴重だ。

 だけど、もしかしたらそう思えるのも今夜が最後かもしれない。

「あんた遅くなるって言ったじゃない」

 お母さんはちび達を見ながらあたしに言った。

 あたしだって今夜いきなり決行だって知ってたら言わなかった。今日は明日の予定を話し合うつもりだったのに。だけどそんなこと言えるわけもなかった。

「ごめん。かもしれないって思ったんだけど、全然違った」

「そう。まあいいけど。あ。お醤油取って」

「はい」

 あたしは醤油差しをお母さんに渡した。

 お父さんは疲れた顔でゆっくりと生姜焼きを食べる。

「そういや愛花は東京の大学は受けるのか?」

「あー、考えたことはあるけどいいかな。やっぱり地元が好きだし。みんなもいるしね」

「今はそうだろうけど、結局みんな就職とか結婚でどっか行くもんだぞ。俺の友達だってもう数えるほどしかいないよ。北海道とか沖縄とか、海外で住んでる奴もいるくらいだ」

「……なに? あたしに出て行ってほしいの?」

 あたしが少しむっとすると、お父さんは小さくかぶりを振った。

「ちがうちがう。ただな。若いってのはいいことなんだよ。なんだってできるぞ。俺だってあと二〇歳若かったらもっと色々やってる」

「お父さんが二〇歳若くなっても三十代じゃん」

「お前から見たらおっさんでも、俺から見たら三十なんてまだまだ若いよ。体も動くし、転職だってまだなんとかなる。まあ俺が言いたいのはな。やりたいことがあったら誰にも気を遣わず、なるべく早いうちにやっておけってことだ。それができるのは若いうちだけだぞ。お前はちょっと人の顔を気にしすぎるところがあるからな」

 たしかにそうかもしれない。でもお父さんに言われるとすんなり受け入れたくなかった。最近またお腹も出てきたし、お酒だってやめるって言ったのにやめないし。

 やりたいこと。あたしのやりたいことってなんなんだろう?

 探したことはあった。軽音部の先輩にギター貸してもらってたり、漫画家になろうとしたこともある。でもみんな長くは続かなかった。

 あたしには才能がないんだ。と言うよりこれが大好きってものがない。あるとすればお菓子を食べることぐらい。でもパティシエになりたいわけじゃない。食べるの専門だ。

 そんなあたしにとって友達はなによりも大切な存在だった。みんなでいると楽しいし、安心する。小さい頃からずっと一緒だから家族みたいなものだ。

 だからこそ裏切られたのが許せないのかもしれない。思い出すと今でも泣きそうになる。

 あたしが落ち込んでいるとお父さんとお母さんは顔を見合わせた。

「……まあ、大学でゆっくりやりたいことを探せばいいよ」

「そうそう。でも大学からハマったもので人生棒に振る子も多かったからねえ。初めてのバイトでお金を持ったせいでブランド品を買い漁ったり、周りに影響されて好きでもないバンド始めたり、男の子だと麻雀のせいで借金してた子もいたわねえ。だからあんたもそこのところは考えなよ。なにやってもいいけど、自分のやったことには責任持ちなさい」

 あたしは力なく「うん……」と頷いた。どうやら心配されてるらしい。

 そのあと弟の祐也が味噌汁をこぼしたせいでてんやわんやの大騒ぎになり、この話はそこで終わった。


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