目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第36話

 家に帰ったあたしはベッドに倒れ込み、頭の中を切り替えた。

 どちらにせよ今夜十一時には準備して廃工場に行かなければならない。

 結局加世子の死体は隠さないといけないんだ。そう思うと気が滅入った。

 とりあえず準備しないと。えっと、なにがいるんだっけ? 黒い服と軍手? あ。服は燃やすんだ。じゃあいらないやつにしないと。

 のそのそと体を起こし、タンスの中を捜索した。この前服を捨てたばっかりだからあるのはいる服だらけだ。

 黒い服は気に入っている一着だけ。普段あまり黒を着ないからこれしかない。結構高かったんだけどなぁ。

 それでも仕方ない。あたしは黒いジャージのズボンと黒いパーカーをリュックに入れた。

 あとは軍手だ。ライトもあったら欲しい。

 それにしても加世子はどうなってるんだろう? あたしが行った時でもかなり臭いがしていた。腐敗が進めばあれ以上になるんだろうか? ……触りたくないなぁ。

 そうだ。マスクも持っていこう。他のみんなの分も用意しないと。結局あたしはなにもできてないんだから。

 あたしは廊下の奥にある押し入れを開けて中をガサゴソと探った。

 蚊取り線香とかもいるかな。いや、虫除けスプレーでいいか。熊よけの鈴は……、いらないか。音でバレちゃうし。

 あとお腹減った時のお菓子とかも……ってこれじゃまるで遠足だ。

「もう。しっかりしろ。あたし」

 あたしは自分のほっぺをぺしんと叩いた。

 うーみぃが敵じゃないって分かって安心してしまった。問題はまだなにも解決してないのに。こんなんじゃダメだ。

 だけど一度切れた集中力は中々元には戻ってくれない。我ながらダメな子だ。

 気づいたら押し入れの中を整理したりしている。テストの前に部屋の掃除をするみたいだ。勉強はできず、部屋が綺麗になるだけなのにやめられない。普段は全然しないのに。

 要は現実逃避だった。現実と戦うためにはいつだって心の準備期間が必要なのだ。

 しかし当の現実は待ってくれない。

 突如として鳴りだしたスマホにあたしはビクッと体を震わした。

 恐る恐るポケットから取り出すと、知らない番号から電話がかかってきている。

 誰だろう?

 本当ならこんな時に知らない電話は出たくない。もしかしたらここから今夜の計画がバレるかもしれないし、犯人やその仲間からかもしれない。

 それでも何度も何度も着信音がすると、早く出ろと急かされているような気がして、結局出ることにした。

「……………もしもし」

 聞こえてきたのは眠そうな若い女の声だった。

「もしもし。佐光愛花さんですか? わたくし猫野と申します」

 丁寧な言葉だけど言い方は面倒そうだった。

 猫野……。聞いたことのない名前だ。

 間違い電話? いや、あたしの名前を知ってるんだ。それはない。

 猫野……? ……あ。

「も、もしかしてにゃこっちですか?」

「あー、はい。如何にもにゃこっちです」

「ああ……。なるほど。猫野ちゃんだからにゃこっちか」

「まあ、それもあるけど猫みたいな性格だからってのが元ネタです。ことあるごとにあっちにふらふら~。こっちにふらふら~っていや、んなこたあどうでもいいですよ」

 そっちが勝手に言い出したのに。

「えっと、愛花さん?」

「あ。愛花でいいよ」

「ええ……。会ったこともないのに呼びにくいなあ。まあいいか。愛花。お伝えすることが二つあります。一つは愛花が聞きたいと言っていたこと。もう一つは東レオからの伝言です。いいですか? 一度しか言いませんぜ」

「は、はい」

 あたしは緊張しながらにゃこっちの話に耳を澄ませた。

 にゃこっちは時折話を脱線させながらものんびりとした口調で説明してくれる。

「今のが一つ目です。んで、こっちがレオからの伝言になります」

 それを聞いてあたしは目を見開いた。

 え? まさか……。嘘でしょ……?

 目が覚めていくのが分かった。心臓がドクドクと脈を打つのが聞こえる。全身に汗が流れるのは夏の暑さだけが原因じゃない。

 今まで見えていた日常が崩れていく。いや、もう崩れていたんだ。だけど残骸が残っていた。今はそれさえも吹き飛び、なにも残らない。まるで海辺に作った砂のお城だ。

「以上です。まあ、そういうことらしいんで。あ。受験終わったら暇なんでまた遊んでやってください。写真は二枚とも後で送りますから。ほんじゃまた~」

 それだけ言うとにゃこっちはあたしの返事も聞かずに電話を切った。どこまでもマイペースな子だ。

 あたしはしばらく茫然としていた。そのままどれくらい時間が経ったのかは分からない。

 気づけば廊下に見えた影は伸び、光は赤くなっていた。

 ミンミンゼミとひぐらしが交代した時、自分の中で一つの答えが出た。

 もうそうとしか考えられない。多分合ってるはずだ。冷静になって考えればそんなに難しいことじゃない。誰だって分かることだ。

 問題は犯人がどうやって犯行現場に行ったかだけど……。

 そこであたしはハッとしてスマホを操作した。

 記憶が確かなら、あの時確かに写真を撮ったはずだ。あれに写っているものでどうやって来たか分かるはず。

 あたしは写真を表示し、限界までズームした。そして確信する。

 でもなんで? 理由は分からない。

 分からないけど、一つだけ確実に分かることがある。

 犯人はやっちゃいけないことをやったってことだ。

 親友を裏切ること。あまつさえ利用すること。それはある意味で殺人より重い。

 落胆するあたしは押し入れの中にアルバムを見つけた。

 開いてみると小学校の入学式に撮った写真が目に付く。

 幼稚園から一緒だったあたし達五人は買ってもらった赤いランドセルを背負って笑っていた。

 あの頃のあたし達はもういない。当たり前だけど、みんな変わってしまった。

 写真を水滴が濡らしてから、あたしはようやく自分が泣いていることに気づいた。

 心にぽっかりと空洞ができたみたいだ。

 あたしはこの感覚を知っている。大好きだったお婆ちゃんが死んじゃった時と同じだった。

 今夜、あたしはまた大切な人を失うことになる。そう思うと悲しくて、怖くて、涙が止まらなかった。

 だけどこれだけじゃまだ不完全だ。犯人を追い詰める証拠がない。

 どうにかしないと。でももう時間が……。

 その時にゃこっちから二枚の写真が送られてきた。

 なにか手がかりがないかと目を凝らして見つめたあたしは絶句した。

 そこには言い逃れできない証拠が写っていた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?