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第34話

「え? 今夜?」

 図書室であたしは仰天していた。

 うーみぃが決行するなら今夜しかないと言い出したのだ。

 あたしはてっきり明日だと思っていた。それなら少ないけど時間があると最後の望みを繋いでいたのに。

 半ば茫然とするあたしにうーみぃは頷いた。

「ああ。今日しかない」

 そう言ってうーみぃは一枚のチラシを取り出した。

 それはよく道の駅などに置いてある道路工事が行われることを知らせるものだった。

「これを見てくれ。明日の昼までそこの県道は通れなくなる。通れても途中で大きく迂回しなくちゃならない。商品を届けてくれる運転手が話していたが、そこの県道を抜けて他県に行く車のほとんどは高速か別の道を通るらしい」

 寝耳に水だった。そう言えばお父さんがそんなこと言ってた気もするけど、普段運転しないあたしが正確な日時まで覚えられるわけがない。

「そう……なんだ……」

「ああ。今夜は車の通りが極端に少なくなる。平日だから温泉街に来る人もまばらだ。深夜ともなれば皆無だろう。まさに千載一遇。コレを逃す手はない」

 うーみぃは興奮していた。きっとこの話を聞いた時に運命を感じたんだろう。

 あたしだってただ死体を隠すだけならそうだ。今日の夜以外ありえないと思う。

 でも今は違う。そんなに急じゃみんなを調べる時間なんて取れない。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 頭の中が真っ白になった。このままじゃあたしはこの三人に殺されるかもしれない。

「だ、だけど、場所はどうするの? それが決まらないと無理じゃない?」

 すると琴美と菜子ちゃんが顔を見合わせて笑った。

「それが良いところがあるみたいなの」

「うん」

 これもまた予想外だった。結局決まらないと思っていたのに。

 菜子ちゃんが説明する。

「あのね。この近くに近所のおじいさんが持ってる私有林があるんだけど、そこなら大丈夫だと思うんだ。入るのは松茸とかタケノコとか山菜を採る時だけでね。わたしも何回か手伝ったことがあるんだけど、いつも同じルートしか回らないんだ。だからそのルートを外れた場所なら近くを通りかかることすらないと思う」

「……でも土砂崩れとかは?」

「それもずっとないみたいだよ。ここら辺じゃ珍しいくらい。それに先祖代々の土地だから売る気もないって言ってたんだ。つまりそこの家の人達以外の誰かが来ることはほとんどありえないはずだよ」

「……でも遠いんじゃ?」

「県道を通る必要はあるけど、あとは川沿いを歩いていけばすぐに着くからそんなに遠くもないかな。ゆっくり歩いても三〇分くらいだと思う。川沿いなら夜歩いても誰かに見つかることもないだろうし、心配しなくてもいいよ」 

 菜子ちゃんは優しく微笑むけどあたしが心配してるのはそんなことじゃなかった。

 さっきの口ぶりじゃ琴美と菜子ちゃんは隠し場所を相談していたらしい。もしかしたらうーみぃもそれに参加していたかも。

 もしそうだったらあたしだけ仲間はずれにされていたことになる。

 なんで? 理由は簡単だ。みんなが共犯だから。もうそうとしか思えない。

 二人の提案にうーみぃは頷いた。

「私はそこで異論ない。近い上に見つかりにくく、川を歩くため運搬時に誰かと遭遇する可能性もかなり低いからな。それに時間がない。ベストなタイミング、ベターな場所、これが揃うのは今夜だけなんだ。愛花はどうだ? 賛成してくれるか?」

 思いがけなく同意を求められ、あたしは益々混乱していた。

 多数決で決めると思ってた。でも三人が同じ場所は怪しすぎる。だから裏でうーみぃが二人の案に乗る形を取るって決めてたのかな?

 白々しい。こんな急な話、絶対に無理って言わないと。

 でもダメだ。こういう時はあたしの本質が出る。ノーと言えない自分が顔を出した。

 準備していたら打開できるかもしれないけど、こんないきなりじゃ無理だ。

 色んな葛藤があったけど、最後には力なく頷くしかなかった。

「……うん。いいと思う……」

 ああ……。まただ。また他人が決めたことに従ってる。

 変わろうと思ってたのに。あたしが固めた決意はあっという間に崩れてしまった。

 弱い。弱すぎる。死ぬかもしれないのに拒否できない。

 全身を無力感が支配する。

 三人の話を聞きながらあたしは密かに覚悟した。

 もしかしたらあたしの命は今日までかもしれないんだ。

 あたしの気持ちも知らずに三人は話を進めた。

 琴美がうーみぃに尋ねる。

「死体はどうするの? まさかそのまま?」

「さすがにそういうわけにはいかないだろう。そもそも見つかった時のことも考えて痕跡は少ない方が良い。私としてはブルーシートで包み、両端をロープで巻いて固定しようと思っている。そのロープに棒を通したり、取っ手を付ければ持ち運びも楽だ」

「ふうん。それでいいんじゃない」

 琴美はあたしと菜子ちゃんの方を向いた。

 菜子ちゃんが「うん」と頷くと、あたしも頷くしかなかった。

 うーみぃが告げる。

「持ち物についてだが、まずさっき言ったものはうちにあるから、琴美が原付で取りに来てくれ。それに加えて穴を掘るためのシャベルが最低二つ以上。あとはライトだな。ライトはスマホのでもいいとして、問題はシャベルだ」

 菜子ちゃんが「はい」と手を上げた。

「うちに古いシャベルがあるからそれを使おっか。廃工場に行く前、山の入り口の茂みに隠しておけばすぐ使えると思うよ」

 道具についての話が終わると、琴美が話し出した。

「服装だけど、目立たない黒がいいよね。あと山に入るなら長袖じゃないと」

「ああ」とうーみぃが頷いた。「それに軍手も必要だ。隠し終わったら再び廃工場に戻り、そこで燃やそう。あそこに一斗缶が転がってたな。琴美の原付からガソリンを少し抜けば楽に燃えるだろう。あとは洗浄してゴミ捨て場に置いておけばいい。明日はちょうどカン・ビンの日だ」

 それを聞いて菜子ちゃんが思いつく。

「あ。じゃあ着替えもいるんだね」

 うーみぃは頷いた。

「そうなるな。だが家から出た時に誰かが見ている場合もある。違う服を着て帰ったら怪しまれるだろう。だから私服で廃工場まで行き、そこで黒い服に着替え、全てが終わったらまた私服に戻すんだ。そうすれば最悪あの日は四人でこっそり花火大会でもしていたと言い訳ができる。花火は帰りにコンビニで買おう。割り勘で買えば信憑性も高くなる」

 あたしが想定していたより何倍も早く決定事項が増えていく。

 まるで元からこうなることが決まっていたみたいだ。

「何時集合にする?」と琴美が聞いた。

 するとうーみぃはノートをちぎってシャーペンを走らせる。

「これはおおよそだが、多めに見て加世子を包むのに一時間。廃工場から山まで遅くても一時間。穴を掘るのに四人で協力すれば一時間。廃工場に帰るのに三〇分。着替えて痕跡を消すのに一時間。そこから家に帰るのに三〇分。合計五時間というところか。ここらは新聞配達が何時くらいに来る?」

 菜子ちゃんはう~んと考え「五時くらいかなぁ」と答えた。

「なら四時だ。四時には家に着いておきたい。となると集合は今夜の十一時になるな。私は問題ない。みんなはどうだ?」

「わたしも大丈夫」と琴美が頷く。

「わたしも」と菜子ちゃんが続いた。

 三人の視線はあたしに向かう。

 もうここまで来ればどうすることもできない。

 今更反対なんてすれば、あたしがみんなの共犯に勘づいたことがバレてしまう。そうなれば最悪家にまでやってきて襲われるかもしれない。

 あたしは半ば自暴自棄になって頷いた。

「…………うん。あたしも大丈夫……」

「決まりだな」

 うーみぃがフッと笑い、ノートの切れ端を握りつぶした。表情に緊張が見え隠れする。

 他のみんなもそうだ。いよいよとなり、顔や空気が引き締まる。

 あたしはというと絶望していた。お先真っ暗だ。考えられる中で最悪の状況と言えた。

 決まってしまった。結局なにも言えないまま全てが決まる。

 周りが決めて、それについていくだけ。いつも通りのあたしだ。

 悲しくて、怖くて、なにより情けなかった。

 こうしてあたし達は今夜の十一時に加世子の死体を隠すことになった。

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