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第31話

 喫茶店は駅とビルの間にあった。最近増えてきた有名なチェーン店だ。

 外は暑かったので窓側の席でミックスベリー氷を頼んだ。

 ここは待ち合わせに便利な場所だ。駅からも近いし、通りに面しているから誰かが来たらすぐに分かる。

 あの日、個人授業がなくなった菜子ちゃんはここで勉強していたと言った。

 時間はたしか五時半から七時だ。結構長い。それが終わったら街をぶらぶらしていたらしい。

 七時にここを出たとすれば廃工場に着くのはどんなに早くても七時半頃だ。その頃はもう夜だから加世子と廃工場に行ったとは思えない。

 少なくともあたしだったら真っ暗の中、ライトだけで注射を打つなんてことは絶対にしたくない。

 菜子ちゃんの場合、喫茶店に来る必要はほとんどない。だってそんなことをしなくてもバスで廃工場に行って加世子を殺せばいいからだ。

 だからもし犯人じゃないとすればここに来ているはずだった。

 店員さんがミックスベリー氷を運んでくれた時、あたしは呼び止めた。

「すいません。ちょっといいですか?」

「はい。なんでしょうか?」

 若い男の店員さんは優しく微笑む。普段ならこんな格好いい人に話しかけるのなんて無理だけど、今のあたしにためらいはなかった。

 スマホで撮った写真を拡大し、菜子ちゃんの顔をはっきりとさせて見せた。

「八月三日にこの子がここに来たそうなんですけど、知りませんか?」

「え? ……ちょっと見せてもらっていいですか?」

 思わぬ質問だったらしく、店員さんは苦笑いしながら写真を見つめた。

「あ。この子。よく来る子ですね」

 さすが菜子ちゃん。かわいいってだけでよく覚えてもらえる。あたしだったら百回通っても知らない女の子だろう。

「知ってるんですか? この子が三日に来たかどうか知りたいんですけど」

「え~と、ちょっと待ってください。僕は三日休みだったんで」

 そう言うと店員さんは他の店員さんを呼びに行った。来たのもまた若い男の人だった。

 次の人に写真を見せると少し悩んだあと、なにかを思い出して頷いた。

「はいはい。来てました」

「本当ですか!?」

「はい。ちょうどその席に座ってましたよ」

 よかった。これで菜子ちゃんのアリバイは成立だ。なら犯人はうーみぃか琴美ということになる。確率的には嘘をついていたうーみぃが怪しい。

 あたしがホッとしていると店員さんは思ってもないことを言い出した。

「誰かと待ち合わせしてたんでしょうね。五時半くらいに来てすぐに出て行きましたよ」

「…………え? 待ち合わせ?」

 あたしはハッとした。もしその相手が加世子だったら? ここで待ち合わせて廃工場まで行き、そこで殺したとしたら辻褄は合う。

「……そ、それが誰か分かりませんか?」

「そこまでは……。多分友達だったと思いますけど。この子よく来るんですよ。ずっと窓の外を見てて、誰かが来たらすぐに店を出て行っちゃうんです。待ち合わせ場所として使ってるんでしょうね」

「そう……ですか…………」

 確立されたと思った菜子ちゃんのアリバイは物の見事に崩れ去った。

 その友達が加世子だったらほとんど決まりだ。

 あたしがしょんぼりして「ありがとうございました……」とお礼を言うと、二人は不思議そうに顔を見合わせ、「ごゆっくりどうぞ」と言って仕事に戻った。

 やってきたミックスベリー氷は甘くておいしかったけど、あたしは益々混乱していた。

 菜子ちゃんも嘘をついていた。それは確実だ。

 琴美も授業に出てなかったし、うーみぃも嘘をついている。 

 もう誰を信じたらいいか分からない。

 もしかして本当に三人が共謀してたらどうしよう……。

 そうだったら最悪だ。あたしは口封じのために殺されるかもしれない。自分が掘った穴に加世子と並んで埋められる。見上げると三人があたしを見て笑ってるんだ。

『バイバイ。愛花』

 そう言いながらみんなで土をかぶせる。やめてと言ってもやめてくれない。

 あたしは絶望したまま生き埋めにされるんだ。

 加世子が殺されたと分かった時に思いついた想像が現実になりつつあった。

 怖い。本当に怖い。

 でも一番怖いのは、もしそれが本当だとしても、あたしは三人を信じたいと思ってることだ。

 疑いながらも離れられない。真実が分かった時には穴の中だ。

 あたしはみんなのこと大好きなのに。あたしは一度だって嘘なんてついてないのに。

 あたしはどうすればいいんだろう?

 分からない。全然言い考えが思いつかない。

 だけど、最悪の場合は自分の身を守らないと。

 街からの帰り、あたしは震えながら百円ショップで果物ナイフを買った。


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