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第30話

 図書室が閉まるとあたし達は解散した。

 琴美は今日塾に行かないらしい。ならこのチャンスを活かさない手はない。

 あたしはみんなと別れてからバスに乗って街に出かけた。

 山道を十五分ほど下ると道から起伏がなくなり、家や店がちらほら見えてくる。しばらくすると郊外になり、同じ形の家がずらりと並ぶ住宅街があった。ここには大きなスーパーやショッピングモールとかがあって、よく買い物に来る。

 さらに進むと駅前にビルが建ち並び、人や車がそこかしこに溢れていた。

 あたしは終点である駅前で降りると近くのビルに入る塾を目指した。 行ったことはないけど前に琴美があそこに行ってるって指をさしてたから場所は分かる。

 折りたたみ傘を開き、賑やかな商店街やまだ人がまばらなホテル街を横目に五分ほど歩くと目指すビルが見えた。ビルの前であたしは足を止める。

 この中って塾生じゃなくても入れるのかな? それが分からなくて待っていると生徒が来て手帳を警備員さんに見せていた。

 どうやらあれがないと入れないらしい。顔見知りとかならいけるだろうけど、あたしじゃ無理だ。

 仕方なくあたしはビルの近くで友達が来るのを待つことにした。警備員さんが不思議そうにこっちを見ても笑顔を浮かべてなんとかやり過ごす。

 三〇分ほど待った頃、顔見知りがやってきた。中学の時に仲がよかったレオちゃんだ。

 レオちゃんは関西から引っ越して来た子だ。さっぱりとしたショートヘアと八重歯が特徴の明るくて可愛い子だった。

「レオちゃーん」

 あたしが声をかけるとレオちゃんはニコッと笑ってこっちに来た。

「ん? おー。愛花やん。どしたん? みんなもおるん?」

「ううん。あたし一人。あのさ。レオちゃんに聞きたいことがあるんだけど、今いい?」

「授業が六時からやから、それまでやったらええよ」

 今は五時四五分だ。時間はあまりない。

「えっとね。琴美のことで聞きたいことがあるんだけど。八月三日に琴美が塾にいたか覚えてる?」

「八月三日? 今日が九日やから六日前か……。ちょっと待ってな」

 レオちゃんは琴美も持っていた手帳を取り出した。

「え~と、ああ、はいはい。思い出したわ。入江ちゃんは来とったで。でも授業は受けてなかったんちゃうかな」

「え? でも手帳にははんこ押してたよ?」

「あー。あれな。うちが代わりに出してん。入江ちゃんに頼まれたから」

 ドキッとした。もしそうなら琴美のアリバイも崩れるかもしれない。

「な、なんで?」

「えっとな。うちの塾って授業出る時手帳にはんこ押してもらうねんけど、数が少ないと保護者に連絡行くねん。おたくのお子さんサボってますよ~って。でも塾の勉強って分かってるとこをやる時もあるんよ。それやったら授業受けずに自習室でやった方がええわって子が結構おんねん。でもサボると親に怒られるから友達に手帳だけ出してもらったりするんやわ」

「そうなんだ……」

 ん? あれ? でも琴美は八月五日に手帳を持ってた。加世子を見つけた四日は塾に行ってないはずだし。ということは三日の時点で持ってたってことだ。

「えっと、三日って琴美に手帳返したの?」

「覚えてないけど多分そうやな。基本的には授業終わってからうちも自習室行くねんけど、その時に渡すから」

「三日の授業って何時から何時までとか分かる?」

「分かるで。それも手帳に書いてるからな。えっと、英語のセンター対策が六時から七時で、数学のセンター対策が七時一〇分から八時一〇分や」

「じゃあ手帳を返したのって八時一〇分頃ってこと?」

「そうなるな。あの日は両方出てなかったから」

 バイクに乗ってここまで三〇分かかる。往復なら一時間だ。授業が二時間もあれば廃工場に行って加世子を殺し、戻ってくるのには十分だった。

 だけどその肝心のバイクはコンビニに駐められている。バスなら時間的に行くことはできても帰って来られない。

「……そうなると琴美が自習室にいなくても分からないよね」

「うん? まあ、そうやな。でもいたのはいたで」

「え?」

「うちが終わって返した時、べつの友達と一緒やったから。その子は親を説得して塾は自習室使うためだけに来てるって猛者やけど。成績良いから許されてるらしいわ」

「そ、その子と連絡取れる?」

「にゃこっちと? 取れるけどもう時間ないしな」

 時計を見ると五時五三分だった。レオちゃんは提案する。

「あれやったら愛花の番号にゃこっちに教えてもいい? 忙しい上にマイペースな子やからいつになるかは分からんけど」

「う、うん。あとお願いなんだけどさ。あたしが琴美のことレオちゃんに聞いたって言わないでもらえる?」

「ん? ええけど。どしたん? 喧嘩?」

「まあ、そんな感じ。ごめんね。忙しいのに。またなにか変わったこと思い出したらLINEでもなんでもいいからしてくれる?」

「変わったことか……。まあ、ないこともないねんけど……」

「え? なに?」

「……いや、ごめん。これは入江ちゃんとは関係ないことやわ。じゃあ行くな。みんなによろしく言っといて」

「うん。勉強がんばってね」

「おー。がんばってくるわ」

 レオちゃんは快活に手を振ってビルの中へと消えていった。

 一人になったあたしは少し落ち込み、少しホッとした。

 琴美は塾には来ていた。バイクは使えないから加世子と秘密基地に行った可能性はかなり低い。

 今のところ怪しいのはアリバイのない菜子ちゃんや嘘をついていたうーみぃになる。

 琴美は多分信頼できる。それが分かっただけでもあたしは嬉しかった。

 そう言えばレオちゃんは何度もみんなって言ってた。中学の時からあたし達はずっと一緒だったからだ。

 でも今はもう加世子がいない。その上、他のみんなは信じられなくなってしまった。

 なんでこんなことになったんだろうか? そう思うのも何度目か分からない。

 震えるような孤独を感じながら、あたしは菜子ちゃんが行ったと言う喫茶店に向かった。


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