気分が悪くなったあたしはアイスが食べたいと言ってコンビニで下ろしてもらった。
「歩いて帰るから先行っといて」
あたしがそう言うとお母さんはちび達を連れて家に戻った。
正直ショックだ。まさか真面目なうーみぃに騙されるなんて思ってもしなかった。それだけに心の傷は深い。
いつも真剣で、曲がったことが大嫌いで、友達想い。それがあたしのうーみぃ像だった。
でも違った。本当は嘘つきだ。もしかしたら加世子を殺したのはうーみぃかもしれない。
だからあんなに必死に調べて考えてるんだ。
本当はこんな風に想いたくない。だけど一度疑うと心の中でどんどん黒い塊が大きくなっていく。
冷たい。それはなんのアイスを食べるか悩んでいるからじゃなかった。いつもだったらワクワクするのに、今はどれも冷やした水砂糖か牛乳に見える。
しょんぼりしながら雪見だいふくを選んだ。今は柔らかいアイスに癒やされたい。
アイスをレジに持っていくとダラさんがいた。
ダラさんは二つ上の男の先輩だ。高校時代は軽音部に入っていて、ずっとダラダラしてたからダラさんと呼ばれている。髪は長くて赤色に染めている。高校を卒業してからずっとコンビニで働いていた。
ダラさんはダラダラしながらレジを打ち、横目でチラリとあたしを見る。
「珍しいね」
「……え?」
「こんな時間に来てるからさ。いつもはもっと早いだろ。まあ、どうでもいいけど」
「……今日は温泉行ってきたんで」
「あー。いいね。温泉。ダラダラできる。まあ、どうでもいいけど」
ダラさんは本当にどうでもよさそうにレジ袋にアイスを入れた。そして適当に渡す。
「お釣りいる?」
「いります」
「そうか。まあそうだな。はい」
あたしはお釣りを受け取るとしょんぼりしたまま会釈した。
出口に向かおうとした時、ダラさんにまた話しかけられる。
「そう言えばさ。あの子は大丈夫だった? まあ、どうでもいいけど」
「……………え?」
前に行きかけた重心が後ろに戻る。半分寝ぼけたような気持ちが晴れた。
「あ、あの子って誰ですか? もしかしてうーみぃ? あ。緋田海じゃないですか?」
「緋田? ……ああ。旅館の子だ。あのサムライみたいな。違う違う。あの子じゃない。ほら、名前は知らないけどよく一緒にいるだろ。あの、おっぱいが大きい」
「琴美ですか? あ。入江琴美」
「名前は知らないけど多分その子だね。君らいつも四人でいるけど、おっぱいが大きいのは一人だけだったはずだ。あとはみんなあるかないか分からないくらい」
ダラさんはあたしの胸を見ながら失礼な分別をした。普段なら怒るけど今なら流せる。
「こ、琴美がどうしたんですか?」
「どうって、たまに夜遅く来るんだよ。そのまま朝までイートインで寝てる時もある」
ダラさんは入り口の近くにあるイートインを面倒そうに指さした。
「え? それって……」
「プチ家出かな。なんか親と仲悪いらしいよ。田舎のコンビニなんてさ。深夜は誰も来ないから暇なんだ。だから一緒にお酒飲んでさ。その時ちょろっとこぼしてたよ」
知らなかった。そんな話したことない。ダラさんはダラダラと続けた。
「両親が喧嘩ばっかりしてるんだと。浮気したとかしないとか。ホステスに貢いでるとか貢いでないとか。顔を合わせれば喧嘩の嵐。それを見るのがイヤで家に居たくないって。不思議だね。お互い好きだから一緒にいるはずなのに。まあ、どうでもいいけど」
ダラさんはどうでもよさそうにぐーっと伸びをした。
「あー、なにカップあるんだろ? 知らない?」
「……知ってるけど言いません」
「そっか。残念だな。まあ、どうでもいいけど」
ダラさんは面倒そうに息を吐き、椅子に座って漫画雑誌を読み始める。
琴美のイメージが少し変わった。なんでもそつなくこなす面倒見のいいお姉さんタイプだと思っていたけど、家では苦労してたんだ。
だから東京に行きたいって言ってたのかな? 地元にいたら一人暮らしを許してくれないかもしれないし。
でもまだアリバイがなくなったってわけじゃない。だけどそれだって本当かは分からない。実際うーみぃがそうだった。二人が結託してる可能性だってある。
あたしは落ち込んだ。心の深度がさらに深くなる。自分が土台だと思っていたものが全て幻想だった気分だ。それでもなんとか勇気を振り絞って聞いてみる。
「あ、あの。三日に琴美を見ませんでした?」
「三日って五日前? あー、どうだったかなー」
ダラさんは眠そうな顔で天井を見上げた。覚えてないかとあたしが諦めかけた時、ダラさんは何度か頷いた。
「あー、はいはい。見たよ」
あたしはまさかの言葉にびっくりした。
「え? どこで?」
「ここだよ。ちょうど休憩で煙草吸いに出た時かなー。そこに原付駐めてたよ。今日は雨だからバスで行きますってさ」
「そ、それって取りに来たの何時くらいですか?」
「バイト終わりだから十時前くらいかなー。まあ多分だけど」
「それまでバイクはそこにあったんですね?」
「だろうね。レジから見えるし、取りに来たらすぐ分かるよ。まあ、どうでもいいけど」
この話が本当なら琴美のアリバイは本当かもしれない。バイクなしじゃ塾と秘密基地を往復できないはずだ。田舎だからそんなにバスはない。
「あーとーざいした~」
外に出ると、後ろからダラさんのやる気のない声が飛んでくる。
あたしは少しホッとした。琴美は嘘を言ってない可能性が出てきた。でもまだ分からない。バスの時間を確かめないと。
タクシーを使った可能性もあるけど、多分違う。それならもしバレた時に顔を覚えられるし、学生が使ってたら目立つはずだ。
アリバイは見つかりそうだけど、同時にあたしは琴美を見失っていた。
振り返ると誰もいないイートインがあった。琴美はあそこで朝まで時間を潰してたんだ。
一体どんな気持ちだったんだろう? なんであたしんちに泊めてって言ってくれなかったんだろう? 相談してくれなかったんだろう?
「……………………親友なのに」
独り言を言うとあたしは力なく夜空を見上げた。さっきまであった月が雲に隠れていた。