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第25話

 ちび達とお母さんの車に乗って五分ほどで温泉街が見えてきた。

 道の両端に温泉旅館が建ち並び、山道の中でここだけは煌びやかだ。

 うちの軽自動車が高そうな車が並ぶ小綺麗な駐車場に駐まると、ちび達がはしゃぎながら外に出た。

 久しぶりの温泉だ。あたしだって嬉しい。家から近いと簡単に行けて良いとか言われるけど、近いからこそ案外行かなかったりするものだ。

 和風でお洒落なラウンジに入り、お母さんが割引券を提出した。本当なら一人千円以上かかるけど、ちび達はタダであたし達は半額になった。

 温泉は広くて種類が多い。どこも綺麗でお湯も最高だ。それでも騒ぐちび達の世話をしないといけないからゆっくりはできない。その分お母さんはのんびりしてた。

 まあ普段からお仕事頑張ってるから仕方ないけどね。口には出さないけど最近老けた気がする。やっぱり大変なんだろう。管理職だし、うちにはまだ小さな子供が二人もいる。

 できるだけ家事とか子育てとかを手伝ってるつもりだ。それでもやっぱり苦労は絶えないんだろう。できればもっと応援してあげたいけど、それも今のままじゃどうなるか……。

 最近未来のことを考えれば考えるほど虚しくなる。漠然とこうだろうと思っていたものが崩れていく。就職も、結婚も、大学生活さえも消えてしまう予感がした。でもきっと、あたしは今まで一度だって真剣に将来なんて考えたことがないのかもしれない。

 目の前のことをのんびり消化した先にある未来がどんなものになってるか。それは少し考えれば分かるはずなのに。

「あんた。なんかあったの?」

 あたしが勝手に悩んでいるとお母さんが目を瞑って温泉に浸かりながら尋ねた。

 内心すごく焦った。これが母親の勘というものなんだろうか。やっぱり最近のあたしを見てどこか変に思ってたんだ。

 それでも本当のことを言うわけにはいかない。そんなことをしたらお母さんの努力までも無駄になるかもしれないんだから。

「……べつに。でも受験で疲れてるかも」

「……そう。まあ、あんまり考えすぎないことね。考えて動ける人ならいいけど、大抵の人は考えると動けなくなるもんよ。特にあんたみたいなタイプはね」

 あたしはむっとした。人が一生懸命ない知恵を振り絞ってるのに。

「でも考えないといけないこともあるじゃん」

「考えるってことは知識がないと意味ないの。知らないのに考えたってろくな答えは出ないんだから。今はがむしゃらに勉強しな」

 確かに一理ある。情報がないまま誰が犯人か考えたって正確な推理ができるわけがない。精々印象をそれっぽく言い換えただけだ。

 なら今は少しで知ってることを増やした方がいいんだろう。情報が増えれば分かることも増えるだろうし。

「……まあ、はい。頑張ります」

「分かればよろしい。お金のことは気にしないでいいから、やれるだけ頑張りなよ」

 お母さんはそう言って温泉からあがった。

 どうやら気を遣わせちゃったらしい。そう言えば最近お父さんも残業が多い。もしかしたらあたしのためなのかな。私立大だとお金もかかるし。

 あたしの考えすぎだとしてもお母さんがあたしのことをちゃんと考えてくれてるのは分かって嬉しかった。

 だけど同時に、だからこそ心が痛んだ。

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