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第20話

 自転車に乗って真っ暗な道を下っていく。

 自転車についた小さなライトは県道に出ると消した。深夜に田舎道を自転車が走ってるのなんてそれだけで目立つし記憶に残ると思ったから。

 真っ暗な道は怖かった。それでも目が慣れると毎日通ってる歩道をゆっくりとなら走れる。それでも段差とかはびっくりした。

 なんとか旧道にたどり着いたあたしは自転車を隠し、道に少し入ってからスマホのライトを付けた。ここなら県道からは見えないはずだ。

 明るい時とは違い、夜の雑木林は怖かった。虫の声がする。もしかしたらお化けが出るかもしれない。加世子が化けてでたらどうしよう……。その時はちゃんと謝らないと。

 おっかなびっくりしながら進んでいくとツタで隠れた看板を見つけた。ライトを工場がある方に向けるけど、まだはっきりとは見えない。

 あたしは怖くなった。ここまでは道だけど、これから先は雑木林に入らないといけない。

 それにあの廃工場だ。ただでさえ恐ろしい場所なのに死体まであるんだから震えが止まらない。夜だから動物だっているかもしれない。

 何度も帰ろうと思った。だけどそのたびにあれが気になった。

 恐怖と好奇心は熾烈な戦いを繰り広げ、その結果あたしは前に進んだ。

 足下を気にしながら廃工場まで辿り着いた。ドアに手をかけて引いてみる。だけど開かない。一人で開けるには重すぎた。

 どうしよう。どこからか入れるかな? 

 あたしは工場の周りをゆっくりと歩いた。すると低い位置のガラスが一枚割れていた。 周りを確認する。当然だけど誰もいない。

「…………よし」

 あたしは覚悟を決めた。近くにあった石を持って割れたガラスを砕いていく。

 少しすると人が通れるくらいの穴ができた。細心の注意を払ってなんとか中に入る。

 中はまるで別世界のように思えた。寒い。夕方来た時も寒かったけど、夜になるとさらに寒く感じた。こんなことなら長袖着てきたのに。

 あたしは肌寒くて体をさすった。ここは手前の部屋だから、奥に行くともっと寒くなるはずだ。

 少し進むたびに帰る言い訳を考えた。それは無限に生まれてくる。

 今帰ればあたしはまだイヤな思いをせずに済むのかもしれない。

 もし予想が合っていたらどうしよう。そうなれば考えられる最悪の状況になる。

 調べなければそうはならない。知らないってことは楽だ。知らなければ怖がらずに済む。

 でもそれじゃだめなんだ。自分が今どこにいるかも分からなければどこにも行けない。

 怖くて進まないとダメだ。でないともっと恐ろしいことが起こるんだから。

 あたしは床をライトで照らしながらゆっくりと奥の部屋に入っていった。

 やっぱり寒い。その上に怖くて震えが止まらない。ライトの光が小刻みに揺れている。

 少し歩くとライトは椅子の足を照らした。その奥には加世子の足が微かに見える。

 怖くなって足が止まった。それでも初めて見た時よりは恐怖が少ない。あの時はびっくりしたから余計に恐ろしかった。

 そこから一歩歩くとひどい匂いが鼻に付く。なにかが腐ったような酸性の匂いだ。

 なんだろうと思ったけど、加世子に近づくと匂いがひどくなって気づいた。

 これは死体が腐ったにおいだ。

 理解した瞬間吐き気がした。それをなんとか我慢する。

 あたしは着ていたTシャツの胸元を引っ張って鼻と口を覆った。それで少し匂いがマシになる。

 もうイヤだ。なんでこんな目に遭わないとダメなんだろう。

 自然と涙が出てくる。それでもここまで来たら見ないわけにはいかない。

 あたしは泣きながら加世子の正面に立った。加世子は前と同じ姿で目を見開き、うな垂れている。

 死体を見てあたしはまた吐きそうになった。胃液で喉が焼けて痛い。なんとか堪えたけど咳が止まらなかった。

 涙とよだれを流しながら、それでもあたしは加世子を観察した。

 なんだか前より少し膨らんでる気がする。前は全身固まっていたけど、今は違う。糸の切れた操り人形のようにだらんとしていた。

 少しでも動かしたらそのまま倒れてしまうかもしれない。そう思い、触れないように顔を近づけてじっと見つめる。

 それはすぐに見つかった。同時にあたしはその場にへたり込む。

 見つけたのは一番新しい注射痕だった。左腕に一つだけある。あとは全部右腕だ。

 加世子は左利きだった。自分で自分を注射するには左手に持って右腕に打たないといけない。

 なのに注射痕は左腕にある。そのことが示す事実は一つだった。

 加世子は誰かにクスリを注射されて、殺されたんだ。


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