翌日。八月七日。あたし達は図書室で昨日のことを話し合った。
なるべく丁寧にアキラくんのことを伝えると、うーみぃが腕組みをする。
「おそらくだが、加世子の彼氏はクスリの売人なのだろうな」
あたしも薄々そうだと思っていた。だけどどうもそれが信じられない。
「でも大学生のはずだよね?」
「肩書きなんて関係ない。いくつか記事を調べたが、今は誰でも売人になる時代だ。会社員。公務員。主婦。学生。官僚や経営者などまさかと思うような人がたくさん捕まっている。彼らの多くは知人からクスリを勧められたのが始まりらしい。疲れなくなるとか、不安がなくなるとか、痩せられるとか言ってな。クスリは高額だ。買うための資金を捻出しようと売る側に回るのは不思議じゃないさ。使用してるのだから警察に通報することもないしな。商品を買ってくれる上に販路も広げてくれるネズミ講方式だ」
中毒者が中毒者に売る。そしてそれがどんどん広がっていく。あたしは益々怖くなった。
うーみぃはさらに推理する。
「おそらく加世子は自分で使うために売り物を持ち出したんだろう。不良の経済はピンハネだ。売り上げのほとんどは上に納めないといけない。売り物が盗まれたら気が気じゃないだろうな。必ず責任は取らされる。まさに命懸けだ」
琴美が「それって……」と言って口をつぐんだ。
うーみぃはこくんと頷く。
「最悪、そのアキラという男は殺されるかもな」
ゾッとした。まただ。また物騒な言葉が出てくる。
みんななんでそんな簡単に命を危険に晒すことができるんだろう?
クスリだってちょっと分量を間違えられば死ぬのにやるし、それを盗ったり盗られたりしても死んじゃうのに。でもきっとやめられないんだ。死ぬか捕まるまで永遠に。
あたしが震えていると菜子ちゃんがなにかを思いついたような顔になった。
「……あのさ。アキラさんが加世子の死体にたどり着くってことはないかな?」
「ないな」とうーみぃは断言した。「正確に言えばほとんどあり得ないだが、心配する必要はないだろう。そもそもあの廃工場の存在を知るのが難しい。地図にも載ってないし、ネットで探しても出てこないんだ。地元の人も忘れてる。だからこそ加世子はあそこを使用場所として選んだんだろう」
たしかにそうだとあたしはホッとした。アキラくんが加世子の死体を見つけたら話がさらにこんがらがる。
だけどそうなるとあのアキラって人はどうなるんだろう? 加世子を見つけられなかったらクスリを回収できない。責任を取らされるんだろうか?
想像しただけで怖くなった。なによりあの事件が広がっていく感覚が恐ろしい。
琴美が肩をすくめる。
「でもこれで決まりね。加世子はクスリで死んだ。でなきゃ彼氏が来た説明が付かないし。もう検査キットも必要ないんじゃない?」
「……まあ、そうだな」
うーみぃは落胆している。あたしもだ。最後の希望が消えちゃった。
これで加世子の死体は隠すしかない。死体を隠したら犯罪者になる。
それでもあたし達全員が普通の人生を送るためにはそうするしかないんだ。
しばらく全員が黙り込んだ。検査キットという希望がないなら次は現実に立ち向かうしかない。
でもそれがいやだった。そもそも女子高生だけで死体を隠すのなんて不可能だと思う。
それなのにやらなきゃいけない。それしか道はなかった。
気まずい空気の中で琴美が口を開いた。
「……で、どうするの?」
うーみぃがため息をついて答える。
「……どうするもないだろう。当初の予定通り誰にも見つからない隠し場所を探すんだ。そして誰にも知られずに移動させる。もうこれしかやることは残ってない」
また一歩進んでしまった。進めば進むほど戻れなくなる一方通行の道の奥深くに。
もしかしたらもっと前なら引き返せたのかもしれない。
だけどもう無理だ。確かな流れができちゃってる。情けないけど、あたしはその流れに抵抗できない自信があった。
今までも、これからも、一度乗った流れはそれが終わるか方向転換してくれるまで乗り続ける。それが変えようのないあたしだ。
弱いんだ。根本的なところがすごく。だから誰かにすがらないと生きていけない。
誰からも嫌われたくない。友達なら尚更だ。だから周りが言ったことを否定できない。
例えそれが間違ってると思っても。
「ひとまずこの問題は持って帰ろう」
うーみぃは疲れた顔でそう言った。
「どういう意味?」とあたしは聞いた。
「愛花の話でやることははっきりしただろう? 今から考えるべきはまず場所だ。次にそこへと運ぶ方法。そしてそれを実行する日時。この三つだ」
あたしはぎこちなく頷いた。うーみぃは続ける。
「まず日時を決めよう。急ぐ必要はないが、のんびりもしてられない。今は夏だからな。あそこは日陰だしある程度山の奥だから涼しいが、ゆっくり腐敗は進むだろう。状態が変われば運搬方法も変わる。運搬方法が変われば運べる場所が限られる。そうだな。四日後に場所と方法を決めるというのはどうだ? その場合決行は五日後だな」
「四日後……」
話がどんどん進んでいく。制限時間があると一気に緊張感が増した。
話を聞いていた琴美は髪を指でくるくるした。
「遅くない? 決行はその先ってことでしょ? やるなら早いほうが良いと思うけど?」
「それはそうだが今の状態で焦ってもあまり良い結果になるとは思わない。急ぐべきなのは確かだが、焦る必要はまったくないんだ」
うーみぃは長く息を吐いた。そして今まで見せたことがないほど弱気な顔になる。
「…………正直なところ、私は疲れたよ。あの日から今日まで気持ちの浮き沈みが激しかったからな。だから少しペースを緩めたい。今までが急ぎすぎた」
たしかにうーみぃは率先してあたし達を引っ張ってくれた。
あたし達がやるべきことまでやってくれて、いつもすごく考えてくれている。
だけどうーみぃだってあたし達と同じ女子高生だ。なにも感じないわけない。怖いだろうし、寂しいだろうし、逃げたくもなるはずだ。
あたしなんか話を聞いてるだけでなんの役にも立ってないし。
その上唯一の希望だった加世子が病気で死んだ可能性もなくなった。あたしだってショックなのにこだわっていたうーみぃの心労は計り知れない。
あたしは琴美と菜子ちゃんと見合った。二人もうーみぃの大変さは理解してるらしい。
「……そうね」琴美は頷いた。「そうしよっか」
あたしと菜子ちゃんは「うん」と声を揃えて頷いた。
それからあたし達は四日後までにそれぞれ死体を隠す場所と方法を考えることにした。