板野さんはあたし達を順番に送ってくれた。
最初に菜子ちゃん。次に琴美。最後があたしだ。
家の前で降りると助手席のうーみぃが窓を開けた。
「じゃあまた明日」
「うん。バイバイ。板野さんも今日はありがとうございました」
あたしがお礼を言って二人に手を振ると車は暗い道を走っていった。
明かりの少ない地元を見るとなんだか寂しくなる。
それにしても今日は楽しかった。年上の男の人と遊ぶなんて初めてだった。彼氏ができたら毎日こんな感じなのかな。そう思うと来年の大学生活が待ち遠しい。
それにしても家の前の道に止めてあるあのバイクは誰のなんだろう?
不思議に思いながら家のドアを開けるとどっと疲れがやってきた。もう今日はお風呂入ったらすぐに寝よう。
「ただいま~」
玄関でサンダルを脱いでると奥からお母さんがやってきた。
「おかえり。あんたにお客さん来てるよ」
「え? あたしに? 誰だろ?」
「ほらあの子の知り合いだって。中学の時によく遊んでた。えっとなんて言ったっけ?」
お母さんは左上を見て記憶を探っていた。
「ああ。そうそう。加世子ちゃん」
「………………………え?」
その名前を聞いた瞬間、あたしの体に残っていた余熱が吹き飛んだ。
肌寒さを感じると今日の楽しさが幻想の上にできたものだと思い知らされる。
一瞬体が動かなくなった。頭が真っ白になって息の仕方を忘れる。
なんとか我に返った時にある疑問が浮かんだ。
「……な、なんで加世子の知り合いがうちに来てるの?」
「さあ。なんか加世子ちゃんを探してるんだって。それで東京からここまで来たらしいけど。あの子こっちに帰ってきてたのね。あんた会ってないの?」
「うん……。会ってないけど……」
「そう。じゃあそう言って。東京から来たって言うからあんたが来るまであげたけど、なんかちょっと怖そうだから」
お母さんが小声でそう言うと、居間からちび達が「お母さーん」と声が聞こえた。
「はいはい。じゃあお願いね」
お母さんがいなくなるとあたしは廊下で一人になった。隣の客間には加世子の知り合いがいる。その事実に震え上がった。
正直会いたくない。お母さんもなんで知らない人を家に上げるの? まったく田舎は寛容すぎるよ。都会だったら門前払いだろうに。
あたしは静かに息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
落ち着け。今はするべきことをするんだ。
あたしはなにも知らない。加世子とも会ってない。うーみぃも言ってた。大事なのは情報を相手に渡さないことだって。
覚悟を決めたつもりだったけど、ふすまを開けるあたしの手は震えていた。
客間にいたのは若い男の人だった。今日遊んだ人達と歳が近い。だけどあの人達と違って怖い雰囲気がある。金髪だし、ピアスも開けてる。
顔を見てすぐに気づいた。何度も写真を見せられた加世子の彼氏だ。名前はたしかアキラくんとか言ったはずだ。アキラくんは鋭い目つきの顔を上げた。
「お前が加世子の言ってた愛花だな」
「は、はい。そうですけど……」
あたしは努めて平静を繕った。アキラくんは威圧的に続ける。
「あいつさ。地元に行くって言って出てから連絡が取れねーんだわ。なんか知らない?」
「いや……、べつに……知らないです……」
「マジ? 会ってないの? あいつお前らに会うって言ってたぞ?」
アキラくんはあたしが嘘をついてると疑ってるみたいだ。でもあたしは嘘をついてない。加世子とは会ってないんだ。会ったのは加世子の死体だけなんだから。
「ほ、本当に会ってないです。すいません……」
あたしが謝るとアキラくんは困った様子で頭の後ろを掻いた。
「マジか……。ちくしょう。どうすんだよ……。あいつこっちにもう家はないんだよな?」
「だと思います……。中学の時に引っ越したから……。こっちに来る時は大体友達の家に泊まってたし……」
それを言ってからハッとした。あんまり情報を渡しちゃダメなんだ。
アキラくんはジロリとあたしを見つめた。
「じゃあさ。加世子が泊まってそうな友達教えてよ。今から行くから」
「え、ええ……。でも、もう夜だし……」
「別に家に上がるわけじゃねえよ。行って泊まってないか確かめるだけだから」
あたしは悩んだ。でもやっぱり会わせるのはよくない気がする。
「あの……、電話で聞くとかじゃダメですか?」
「まあ、それでもいいけどさ。お前、もしかして加世子匿ってるんじゃねえだろうな?」
アキラくんに睨まれてあたしはびっくりした。
「匿う? え? 加世子がなにかしたんですか?」
本当に驚いたあたしを見てアキラくんは舌打ちした。
「お前には関係ないだろ。匿ってないならいいよ。まあ、あいつもなにやったかなんて言えないだろうしな」
アキラくんはため息をつく。
匿うってどういう意味だろう? 加世子は一体なにをしたの?
そんな疑問を抱きながら、あたしは言われた通りに琴美達に電話した。
今家に加世子の彼氏が来てると言うと、三人とも察してくれたらしく、話を合わせてくれる。予めなにも知らない、会ってないで打ち合わせていたことが活きた。
三人との電話を終えるとアキラくんは益々苛ついた。
「加世子が泊まりそうなのってこいつらだけ?」
「はい。そうですけど……。あとは麓の街くらいだと思います……」
「……じゃあやっぱホテルに泊まってんか。高校生だとネカフェは無理だもんな?」
あたしはコクンと頷いた。一度みんなで泊まろうとしたらダメと言われたことがある。
アキラくんはまた頭の後ろをガリガリと掻いて怖い顔で歯ぎしりした。
「あの女……。勝手に売りもん持ち出しやがって。見つけたら許さねえ」
それは彼氏が彼女に言う言葉じゃなかった。心配して探しにきたとかじゃない。アキラくんは加世子のことを憎んでいるみたいだ。だからこんな田舎まで追いかけてきた。
結局それからアキラくんは街のホテルに泊まると言って帰った。
「加世子から連絡したら教えてくれ」と言ってLINEのIDも交換させられた。しばらくはここらで加世子を探すらしい。
今日だけでも四人も年上の男の人と連絡先を交換したのに嬉しさは全くない。むしろ虚しさだけが強くなった。
走り去るバイクのテールライトを見てあたしはつくづく理解した。
信じたくないけど、もう二度と日常は戻ってこないんだ。