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第16話

 海は歌の通り青くて広かった。

 海水浴場で板野さんに下ろしてもらい、それから更衣室に寄って砂浜を踏んだ。

 太陽が眩しく水面がキラキラと光っていた。近づくと波の音が結構大きい。砂は暖かくてジャリジャリする。海水浴客が結構いた。

「やってきました! 海!」

 潮風に当たると自由を感じた。久しぶりの開放感が嬉しい。

 すると琴美が後ろの日陰から呼ぶ。

「お~い。まず日焼け止め塗らないとあとが怖いよ」

 たしかに日焼けのあとのお風呂は地獄だ。去年は塗らずに後悔した。

 振り向くと水着姿の三人が日焼け止めを塗っている。

 琴美はシロのホルターネックビキニ。うーみぃはサーファーとかが着る紺のラッシュガード。菜子ちゃんはフリフリが付いたピンクのワンピースだ。

 あたしも黄色のフレアビキニなんだけど、色気では琴美に、かっこよさではうーみぃに、かわいさでは菜子ちゃんに完敗していた。

「……悔しい。毎年毎年海に来るまでは楽しいのに……」

 意気消沈しながら日焼け止めを塗るあたしだったけど、冷たい海水に触れるとまた楽しくなった。

 あたし達は軽く泳いだり、ビーチボールで遊んだあとに持ってきたシートの上で寝そべった。うーみぃは泳ぐのが好きでかなり遠くまで泳いで帰ってきた。

 のんびりとした時間が流れる中、持ってきたお菓子を食べたりジュースを飲んだりした。

 普通だ。至って普通の夏だ。いかにも女子高生らしい。受験生らしくはないけど、一日くらい遊んだって罰は当たらないはずだ。

 うーみぃは髪をタオルで拭きながら海水浴場を見渡した。

「こうやって見ると海も人だらけだな。海水浴場は夜になると花火やバーベキュー客もいるだろうから論外だし、港は大概漁港になっているから夜も人がいる。浅い場所も多い。他は崖だ。船でも借りて沖に行かない限りは不可能だろう。これを知れたのは収穫だな」

 せっかく楽しい気分だったのに今ので一気にテンションが下がった。これじゃあまるで下見だ。

「……ねえ。今だけはそういう話やめない?」

「……ああ。そうだな。すまない。人前で話すことじゃなかった」

 うーみぃは申し訳なさそうに謝るけど、あたしが言いたいのは誰かに聞かれるからとそういうことじゃない。この自由な空気を大事にしたいだけだ。

 今のあたしは普通なんだ。普通の女子高生なんだ。たとえそれが嘘でもそう信じたい。

 気分転換も兼ねてあたし達は海に家でお昼ご飯を食べることにした。

「海の家と言ったら焼きそばだよね~」

 買った焼きそばを持って席に座るとうーみぃと菜子ちゃんも続いた。

「私としては断然カレーだな」

「最近はラーメンも多いよね」

 二人はそれぞれ自分の言ったものを持っている。

 焼きそばを食べるとこれぞ海の家という味がした。

「これこれ。この縁日で食べるのみたいな安っぽさがたまらないんすわ。二人のはどう?」

 うーみぃは具材の四角いカレーを、菜子ちゃんは盛り付けが雑なラーメンを食べた。

「うむ。学食のカレーみたいだ」

「こっちはフードコートっぽいかな」

 感想を聞いたあたしは嬉しくなってうんうんと頷いた。

「それでこそ海の家。毎年来てるけどここには裏切られないよ。なにを食べてもザ・普通なんだから」

 普段ならこんなに払ってこの味なのとなるところだけど、今だけはこの普通が心地良い。

 あとは琴美のたこ焼きだけだ。それもさぞかし普通の味がするんだろう。あたしの焼きそばを一口あげて一個もらおう。

 だけど琴美はなかなか席に来なかった。混んでるのかなと思ってレジの方を覗いてみる。すると琴美は年上っぽい男の人達と話していた。

 琴美の取り繕った笑顔を見てすぐに分かった。ナンパだ。

 琴美が男の人達を連れてあたし達のテーブルに向かって来た。

「わ。こっち来た」

 あたしは思わず隠れてしまう。正直男の人に対して免疫はない。だってずっとこの三人と一緒だったし。

 男の人は三人いた。全員チャラいというわけじゃない。でも真面目って感じでもない。真面目風だ。大体真面目だったらナンパなんてしないだろうし。

「この人達近くの大学に通ってるんだって。一緒にお昼食べてもいい?」

 結構格好いい大学生の三人があたし達に笑いかけてくる。こんなの拒否できるわけがなかった。結局テーブルをくっつけて七人でお昼を食べた。

 三人とも二十歳で近くにある私大で経済を勉強してるらしい。琴美のことを大学生だと思って声をかけたそうで、高校生だと分かるとかき氷を奢ってくれた。

「あ。受験生なんだ。この時期に海に来てるってことは余裕って感じ?」

 茶髪の人が琴美に聞いた。

「全然そんなことないですよ」と琴美が謙遜する。「今日一日だけ息抜きです」

 笑い方が自然だ。あたしなんて話してもないのに顔が硬い。

 意外にもうーみぃと菜子ちゃんは普通に話せてる。

「旅館で働いてるんだ。大変だね」短髪の男の一人が言う。

「そんなことはないです。やりがいもあるし、お客様に喜ばれると嬉しいですから」

 うーみぃはいつも接客してるからこういう時にしっかりしてる。

 一方の菜子ちゃんはマイペースだった。

「可愛いのに彼氏とかいないの?」めがねの人が菜子ちゃんい笑いかけた。

「う~ん。内緒です。でもいたら友達と海は来ないかなぁ」

「それっていないってことじゃ~ん」

 なにも答えず可愛らしく菜子ちゃんに魔性っぽさを感じた。

 あたしは緊張しながらみんなの話を聞いていた。さっきからほとんどなにも話さないでかき氷を食べ続けている。すると茶髪の人が話しかけてきた。

「愛花ちゃん、だっけ? もう受ける大学決めたの?」

 突然の質問にあたしはパニクった。愛花ちゃん。男の人にちゃん付けで呼ばれただけでも嬉しくなって顔が熱くなる。

「あ、あたしですか? え、えっと一応……」

「うちも受けたりする?」

「あ、はい。受けます。受かるかは分からないけど……」

「そうなんだ。じゃあ後輩になるかもだね。もし受かったら俺の入ってる演劇サークルとかどう? やってみると楽しいよ」

「あ、えっと…………はい……」

 あたしは訳も分からず頷いてしまった。それを見て短髪の人が注意する。

「おい。やめろよ。愛花ちゃん困ってるだろ。ごめんね。本気にしないでいいから」

 短髪の人は優しかった。それがなんだか嬉しくて益々顔が赤くなる。

 結局それから三人も加わって遊ぶことになった。三人の奢りでボートを借りたり、話しながら海辺を散歩したりもした。

 最初は緊張したけど三人とも優しいから次第に話せるようになる。そしたらまた楽しくなっていっぱい笑った。最後にはみんなでIDの交換もした。

「また会おうね~」

 夕方になると三人はそう言って親から借りたっていう車に乗って帰って行った。

 帰りの車であたしは心に決めた。来年になったらあの人達のいる大学を受けよう。そして絶対に受かるんだ。そしたらきっと、楽しいキャンパスライフが待ってる。

「楽しかった?」と板野さんがあたし達に尋ねた。

 あたし達は顔を見合わせて「はい」と声を揃える。板野さんはニコリと笑った。

「それはよかった」

 車はみんなを乗せて建物が建ち並ぶ国道から田舎の景色が待つ県道へと帰っていった。


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