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第14話

 放課後。あたし達はコンビニでアイスを買って近くの神社に来ていた。細い階段を登っていくと汗が出てくる。

 神社は小さな山を登ったところにあるから住んでる町が見下ろせた。

 改めて見ると近くには建物が少ない。ほとんど山と川とたんぼだ。遠くを見ると下の方に街が見えた。そのずっと奥は海が広がってる。

 本当なら今頃あの海に行く話で持ちきりだったはずなのに、あたし達の話題は全く違っていた。ここに来たのは加世子の死体を隠す場所を探すためだ。

 うーみぃは持ってきた双眼鏡を覗いていた。

「こうやって見るとどこにでも隠せそうな気がするな」

 琴美は道の駅にあったここらの地図が載った観光マップを見つめる。

「田舎だからねえ。でも山は山でも人が入る山とそうでない山もあるし、そういうところを見誤ると簡単に見つかったちゃうでしょうね」

「たまに都会で人を殺した者が田舎に捨てに行って捕まってるが、そういうことを理解してないんだろうな。その点我々は周囲の木や草花を見ればおおよその人の行き来が分かる。狙い目は木々の手入れがされてなく、深い藪になっている場所だな」

 あたしは不安になった。山は案外人が入る。林業の人や登山客、猟師さんとか珍しい人だと学者さんとかもだ。地元の人も春や夏は山菜採りに、秋はキノコ狩りによく行く。

「……やっぱり埋めるの?」

「まあ、有力な案の一つではあるな。だが埋めるのも簡単じゃないぞ」

 菜子ちゃんが心配そうに頷いた。

「野犬とかもいるもんね」

「それもあるが怖いのは土砂崩れだ。地滑りしたら市の役人が見に来るし、土木業者が入る。彼らが死体を見つけたら大騒ぎになる。そうなる確率が低い場所を探さないとな。理想は権利者が無頓着な私有林だろう。加えて穴を掘るなら深さも必要だ。私達だけで何メートルも掘れるかどうか……」

 土を掘るのは結構な重労働だ。あたしも畑の手伝いとかするけど、三十センチ掘るのも骨が折れる。人を埋めるならもっと深く掘らないといけないし、そうなると時間がかかる。

 琴美はマップを見ながら考えていた。

「う~ん。蛙池なんてどう? あそこなら結構大きいし、真ん中の方ならよっぽどのことがない限り分からないんじゃない?」

 池に死体を隠す。そんなこと考えてもみなかった。

 でも蛙池はありかもしれない。濁ってるから底の方は見えないし、深さも結構ある。車ではいけないから釣り人もほとんど来ない。釣り人は離れたところにある清流で鮎釣りをするくらいだ。

 たしかにいいかもしれない。あたしは少し喜んで、だけど次の瞬間心が痛んだ。

 これは遊びに行く場所を決めてるわけじゃない。

 加世子の死体を隠す場所を選んでいるんだ。

 死体を動かすのは立派な犯罪で、バレたら捕まっちゃう。なのにあたしはみんなの話を聞いて一喜一憂していた。でもそうでもしないとまともでいられなかった。

 一人でしょげているとうーみぃが腕を組んで西の方を見つめる。

「蛙池か……。ありかもしれないな。私も水の中に隠すというのは考えたが、蛙池は思い出せなかった。行くためには時間もかかるし、行ったところでこれと言って見るところもない上に、最近水を抜いたという話も聞かない。ありだな」

 うーみぃはうんうんと頷いた。だけどなにかに気づいて考え込む。

「だがどうやって沈める?」

 琴美は首を傾げた。

「え? 普通に投げ込めば沈んでいくんじゃないの?」

「それはない」とうーみぃは断言する。「人の体は浮くものだ。溺死しない限りは肺にある空気が体を持ち上げるようになっている」

「じゃあ重りを付けるとか?」

「そうなるな。だが話は簡単じゃない。さっき図書室にあった解剖学の本に書いてたのだが、人は重りを付けて沈めてもしばらくすると浮かんでくるらしい」

「え? なんで?」

「ガスだよ。腐敗する時にガスが発生し、死体を持ち上げるんだ。その浮力はかなりのものらしい。つまり死体を沈めるのは簡単だが、沈め続けるのは難しいということだ。まあこれも解決策がないわけじゃないが……」

 うーみぃは明らかに嫌そうな顔をする。嫌な予感がしたあたしはその解決策を聞きたくなかった。だけど琴美が聞いちゃう。

「どうやるの?」

「……方法は大きく分けて二つだ。ガスが発生しても持ち上がらないほどの重りを付けるか、…………死体を傷つけるかだ」

 背筋が凍った。死体を傷つける? それって加世子にひどいことをするってこと?

 そんなの嫌だ。嫌すぎる。というかあたしにはできない。触るのだって怖いのに。

 話を聞いて菜子ちゃんも青ざめた。

 琴美もさすがに気分が悪そうだ。だけど重そうな口を開く。

「…………それって、バラバラにするってこと?」

「…………ああ。最低でも肺に穴は開けないとな」

 それだけ言って二人は黙り込んだ。

 人気のない神社に沈黙が訪れる。木々が風に揺られ、ひぐらしが寂しく鳴いていた。

 加世子の死体を傷つける。加世子をバラバラにする。そんなの考えたくもない。まるで趣味の悪いミステリー小説だ。

 この空気が嫌だった。このままじゃ本当に加世子をバラバラにしかねない。もし誰かがするって言ってたらそのまま現実になるかもしれない。

 なのに、あたしは言えなかった。こういう時拒否できない。やめようって言えない。

 人生の中で自分が率先してなにかをしたことがないから。

 いつも誰かについていく。誰かが言い出したことに乗っかるだけだ。

 まるで手を引かれて歩く幼児だった。言われたことに疑問すら抱かない。

 そんな自分が嫌になる時もあるけど、やめられなかった。

 だって、その方が楽だから。自分で考える人生には誰も保証をしてくれないんだ。

 もどかしい気持ちの中、菜子ちゃんが泣きそうな声で言った。

「………………………………………………やめようよ」

 あたしはびっくりした。いつもはあたしと同じ、みんなのについていくだけなのに。なんだか寂しくなった。でも同時にありがたくもある。菜子ちゃんは続けた。

「そ、そんなことしたら加世子ちゃんがかわいそうだよ……」

 あたしもすかさず同意する。

「そうだよ……。いくらなんでもやりすぎだと思う……」

 あたし達の意見を聞いてうーみぃが苦笑する。

「わ、分かってるさ。私だってそんなことしたいわけじゃない。琴美もそうだろ?」

「……まあね。言うのは簡単だけど、やるかどうかってなったらやりたくないし……」

 琴美はぎこちなく笑った。

 あたしも頷く。最悪傷つけることに賛成はするかもしれない。でもやれって言われるのだけはいやだ。そんなこと言われたらみんなのことが嫌いになる。

 どうやら加世子をバラバラにすることだけはないらしい。あたしは心底ホッとした。

 遠くの海に太陽が沈んでいくのを見て、あたし達は神社の階段を降り始めた。その途中で菜子ちゃんがうーみぃに尋ねる。

「ねえ。さっきうーみぃも水の中に隠すことを考えてたって言ってたよね?」

「ああ」とうーみぃは頷く。

「それってどこに沈めるつもりだったの?」

「そうだな。まず川だ。大雨が降った時に濁流に放り込む。そうすればよほどのことがない限りは事故死とされるだろう。だがそれはあまりにも危険だ。私達も死ぬ可能性がある」

「うーみぃってやっぱり男らしいよね……」

 菜子ちゃんは苦笑した。うーみぃは恥ずかしそうに照れた。

「色々な可能性を考えているだけだ……。それにもう一つはもっと難しい」

 あたしは「どうするつもりだったの?」と聞いた。

 するとうーみぃは頬をかく。

「海だ。どうにかして海に運んで捨てるというのを考えた。定番だろう? 私はミステリーやサスペンスが好きだから真っ先に思いついたよ。だが無理だ。ここから海まで加世子を運ぶには車が必要になる。私達の誰も車の免許は持ってないからな。それに海こそ沈めるのが大変だ。海水の方が浮力があるからよっぽどの重りを付けないといけない。なんでもドラム缶に入れてコンクリートを流すというのでもダメらしい。死体から発生したガスがそれすらも浮かばせるそうだ」

「え? そこまでやるつもりだったの?」

 さすがにあたしの顔も引きつる。

「あくまでも仮定だよ。ヤクザじゃないんだ。ドラム缶はともかくコンクリートなんて簡単に手に入れられるわけがないだろ。私達にできるのはせいぜいこの辺りを移動するくらいだ。それに検査キットで調べてシロならその必要もなくなるしな」

 うーみぃは微笑を浮かべた。

 そうだ。あたし達はまだ加世子を埋めたりしなくてもいいかもしれないんだ。

 僅かな希望を見つけると随分気が楽になる。

 それがどんなに低い可能性でもないよりはマシだ。それにもしシロならみんなで海にだって行けるかもしれない。

 いや、そうでなくても行きたい。少しでもここから離れて加世子のことを忘れたい。

 そう思ったあたしは思い切って提案してみた。

「ねえ。みんなで海に行かない?」

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