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第11話

 八月五日。朝。

 コンビニ前でみんなの顔を見た時、やっぱり昨日起こったことは本当だったんだと分からされた。

 みんなの顔は鏡に映ったあたし同様ひどい有様だ。くまができ、生気がない。なんだか一晩で十歳くらい老けた気分になる。

 それでも習慣というものは強くて、あたし達は今日も学校前の坂を登っていた。いつもは漕いで上がっていくうーみぃも今日は自転車を押していた。

 図書室の鍵を借りる時に職員室へ行かないといけない。もしバレてたら。そう思うと怖かった。でも先生はいつも通り鍵を渡してくれた。

 誰もいない図書室は少し安心した。あたし達はなるべく廊下から離れた遠い席に座る。

 着席すると同時に菜子ちゃんとうーみぃが安堵するように息を吐いた。琴美は天井を見つめ、あたしは机のシミを見つめた。

 心も体も昨日からずっと休まらなかったけど、今になってようやくホッとした。

 みんなが黙っていると不安そうに菜子ちゃんが口を開いた。

「…………それで、どうするの? あれ……」

 あれが加世子を指していることはすぐ分かった。学校では誰が聞いているか分からない。死体なんて当然口に出しちゃダメだし、加世子の名前も厳禁だ。

 誰も菜子ちゃんの問いに答えない。菜子ちゃんは益々不安そうになる。

「……ねえ、どこに埋めるの?」

「…………え?」

 あたしは驚いた。埋める? 埋めるって加世子を? 

「う、埋めるの?」

「え? 埋めないの?」

 今度は菜子ちゃんが驚く。意外だった。可愛い顔して大胆なことを言う。

「で、でも埋めないとかわいそうだよ……。ずっとあんなところでなんて……」

 寂しげにそう言う菜子ちゃんを見てああ、そういうことかと理解した。つまり菜子ちゃんは加世子を供養したいんだ。その気持ちならあたしも分かる。

 するとうーみぃが手を開いて前に出した。

「その話をする前にみんなが昨日考えた案を出し合おう。菜子は埋めたいんだな?」

 菜子ちゃんはぎこちなく頷いた。

「そうか。琴美は?」

「わたしもそんな感じかな」

 続いてうーみぃはあたしを見た。

「愛花は?」

「え? えっと…………」

 どうしよう……。昨日はなにも思いつかなかった。と言うよりきっと誰かが考えてきてくれると思ってた。あたしはいつもそうだ。

「……ふ、二人と……同じ…………」

「なるほど。意外だな。誰か一人は通報した方がいいと思ってると予想していた」

「え? 通報? でも通報したらあたし達まで巻き込まれるんでしょ?」

「だからそうならないように通報するんだ」

 琴美が「どうやって?」と尋ねる。

「アリバイがあれば問題ない」

 うーみぃはそう言ってノートを取り出した。

「昨日ネットで調べてみた。と言っても自分のスマホは使わず、家に置いてある誰も使わなくなった古いノートパソコンでだが」

 うーみぃは捕まった時のことも考えてスマホでの検索はやめた方がいいと言っていた。履歴を消しても復元は容易にできるらしいから。

「昨日のあれを見て思ったんだ。あれは完全に硬直していた。いわゆる」加世子は周りをちらりと見て、誰もいないことを確認した。「死後硬直だな」

 うーみぃはノートを指さした。そこには死後硬直について調べたことを書いている。

「人は死んでから硬直が始まり、十二時間ほどで完全に固まるらしい。つまり加世子が死んでから半日以上が経っているということだ。そしてその硬直は気温にもよるが夏は二日もすれば緩んでくる。私達が加世子を見つけたのは昨日の午後六時頃。ここから考えるに加世子が死んだのは最速で八月四日の午前六時。最も遅くてもそこから二日前、つまり八月二日の午前六時となるわけだ」

「えっと、昨日の朝から三日前の朝の間ってことか」

あたしが指を折って数えると、うーみぃは頷いた。

「死体の弛緩を観察すれば時間はかなり絞られてくる。そしてそれは警察が調べれば明らかだ。私の予想ではおそらく加世子は八月三日に死んだはずだ。早朝ということはないだろうから、昼過ぎから暗くなる午後七時までが有力だろう。つまりその間のアリバイさえしっかりしていれば例え疑われても一緒にいたとは思われないはずだ。……まあ、多少の噂は立つだろうが、捕まらなければ大丈夫だろう……」

 最後、うーみぃの言葉には願望が詰まっていた。

 たしかにアリバイさえ証明できれば捕まることはないかもしれない。警察に呼ばれてもその時間はどこそこにいましたと言えばいいんだ。

 問題は噂になるかどうかだけど、感覚としては五分五分くらいだと思う。でもそこで見逃されればもう苦しむ必要はなくなる。

 つまりうーみぃは救われる可能性があるなら一か八かに賭けてみようと言ってるんだ。

 うーみぃはあたし達を見つめた。

「一昨日もここが閉まる五時までは一緒にいたよな? でもそのあとすぐに解散した。どこでなにをしていたか分かるか? できれば夜七時まであの廃工場に行けなければ完璧なんだが。ちなみに私は朧月で働いていた。証人もいる」

 それを聞いて琴美が手を上げた。

「それだったらわたしは塾に行ってたよ」

「証拠はあるか?」

 うーみぃに問われ、琴美は苦笑した。

「なんか今日のうーみぃ刑事みたいだね。あるよ。はい」

 琴美は塾の手帳を取り出した。

「うちの塾は毎回出席取ってるんだ。親に嘘ついて来ない奴が結構いるからね。ほらここ、八月三日の欄に二つはんこが押してるでしょ? 授業があるのは六時から一時間と、七時から一時間だから最低でも八時までは塾にいたよ」

 うーみぃは手帳を手に取り、確認すると琴美に返した。

「みたいだな。じゃあ愛花は?」

「あ、あたし? あたしは家にいたよ。ちび達の世話してた」

「なら証人は家族か……。たしかアリバイは親しい友人や家族の場合は証拠とならなかったはずだ。だがまあ、警察も容疑者でない限りはそこまで詮索はしないだろう」

 あたしは少しホッとした。次にうーみぃは菜子ちゃんを見る。

「菜子ちゃんはどうだ?」

「わ、わたしは…………多分ないかも…………」

「え? 個人授業を受けてたんじゃないのか?」

「そのはずだったんだけど、先生に用があるって言われてなくなったんだ……。だから街の喫茶店で勉強してた。ほら、駅前にあるでしょ? あそこ」

 あたしは頷いた。あそこはよく行くところだ。

「シロノワールおいしいよねえ」

「ねー」と菜子ちゃんも同意する。

 あたし達を見てうーみぃは呆れていた。

「……まあ、警察が調べれば防犯カメラに写っているだろう。喫茶店にはいつまでいた?」

「多分五時半から七時くらい。でもそれからちょっと街を歩いたから帰るのは遅かったかな。家に着いたのが九時すぎくらいだと思う」

「街まではバスで三十分弱だから随分遊んでたんだな」

「うん。夏物見てたから。あとお菓子の補充とか」

「……なるほど」

 のんびりしてるのはいつもの菜子ちゃんだ。

 ノートにそれぞれのアリバイを書いたうーみぃは顎に手を当てた。

「一応四人ともアリバイはあるな。まあ完璧ではないし、私の予想が外れていて加世子が早朝に死んでたら意味ないが……」

 考え込むうーみぃを見て琴美が告げた。

「でも、警察にはどう報告するの?」

「それもいくつか考えた。直接連絡するのはまずい。加世子は私達の知り合いなんだからな。あそこで死んでいるのを知っていること自体が不自然だ。その場合なにかのトラブルがあったと考えるのが妥当だろう。となると匿名のメールか電話だな。メールはどうせバレるから除外すると、やはり電話だ。公衆電話からかけるのが無難かな」

「だけど公衆電話だってカメラ付いてるんでしょ? 変装するってこと?」

「そうなる。あるいは事情を話して誰か疑われないような人物に頼むかだな」

「そんなの危なすぎるわよ。どうせ大人しく警察に行けって言われるって」

「……まあ、そうだろうな。なら変装か。ここは田舎だからカメラも少ない。公衆電話の監視カメラに写ってもそこから私達にまで手が伸びることはないだろう」

「そう? だって喋るんでしょ? 女だってバレたら絶対交友関係から辿られるって」

「ああ、そうか……。失念していた」

 なんかすごい会話だ。あたしなんかほとんどなにも考えてないのにうーみぃと琴美はすごく真面目に考えを巡らせてる。琴美はうーみぃに呆れていた。

「大体噂になるかどうかだって賭けなわけでしょ? もしなったら旅館やばくないの?」

「うっ……。ある程度は覚悟しないとダメだろうな。だけど最近は外国人客も増えてきているから、そんな大ダメージにはならないはずだが……。しかし昔からの常連さんは気にするだろうな……。それとネットの評判サイトにも変な書き込みがされないか心配だ……」

「でしょう? じゃあやっぱり通報するのは危ないんだって。わたしらもそうだよ。もしバレたらまず推薦は無理。わたしは東京の大学行くからいいけど、愛花と菜子ちゃんは地元だから絶対噂されるって」

 あたしと菜子ちゃんは不安を共有して顔を見合わせた。

「それは……」

「いやかも……」

 琴美は「でしょう?」と言ってため息をつく。

 せっかくのキャンパスライフなんだ。友達も欲しいし彼氏も欲しい。でも覚醒剤をして死んだ子と仲が良いなんてバレたら絶対ぼっちになる。それで済めばいいけどいじめられる可能性だって……。考えすぎかな? でも本当にそうなったら……。

 菜子ちゃんも同じことを考えてるんだろう。顔が青かった。

 うーみぃはふーっと息を吐く。

「ならやはり通報はなしか。そうなると議題は一つだな」

 あたしは「一つって?」と聞き返す。

「あれをどこに隠すかだ。発見された時点でかなり危ない。ならどうにかして見つからないようにしなければな」

 うーみぃはテーブルに肘をついて手を組んだ。いつもは凜としている顔がどんより曇る。

 加世子を隠す。加世子を埋める。できることなら誰もそんなことしたくない。

 それに確かそうやって捕まった人もいるはずだ。最近見るようになったニュースでも殺してないのに死体をそのままにしていただけで捕まっていた。

「……でもそれって悪いことなんじゃないの?」

「……ああ」

 うーみぃが力なくノートをめくる。そこには死体遺棄について書かれていた。

「……死体遺棄罪に問われた場合、三年以下の懲役だ」

「懲役って…………」

 懲役ってことは刑務所に入るってことだ。それは絶対イヤだった。それも三年なんてことになったら出るのは二十一歳になってから。成人式にも出られない。

 なんだか急に寒くなってあたしは自分の肩を抱いた。

「や、やだよそんなの…………。あ。見なかったことにしたら? そしたらどうなるの?」

 うーみぃはノートを見つめた。

「通報の義務を怠ったことになるが、それ自体は立証されないだろうな」

「じゃあそれでいこうよ。刑務所なんてイヤだって」

 怖がるあたしを見て琴美がため息をついた。

「だからそんなことして加世子が他の誰かに見つけられたらまずいって言ってるでしょ?」

「で、でもそれって犯罪じゃん…………」

 琴美は寂しさを孕んだ冷たい目をして言った。

「…………だから今、その話をしてるのよ」


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