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第9話

 家に帰ったあたしはなるべく気丈に振る舞った。

「じゃあ行ってくるからね。ちゃんとお風呂に入れてよ?」

「……うん。行ってらっしゃい。気をつけてね」

 お母さんは軽自動車に乗って街にいる知り合いのところまで行ってしまった。

 弟妹の世話をしてると日常が戻ってきたみたいな錯覚に陥る。

 それでも頭の隅では常に加世子の死体があった。きっと今、加世子の死体は真っ暗闇の中にいる。誰もいない廃工場でひっそりと座ってるんだ。

 そう思うと悲しくなった。あたしはとんでもなく残酷なことをしてるんじゃないだろうか? そんな考えが何度も頭を過る。

 加世子の家族は心配してるかもしれない。彼氏だって探してるかも。知らないけど東京の友達とかもいるはずだ。

 みんながみんな、加世子とまた会えると思ってる。加世子が死んでるなんて想像すらしてないはずだ。また当たり前に会えて、話せて、笑える。そう信じて生活してるんだ。

 もう二度と生きてる加世子とは会えないのに。

 途端にあたしは心配になった。お母さんやお父さんにもなにか起こるかもしれない。

 そしたらあたしは小さな弟妹と二人っきりだ。もしそうなったらどうしよう?

 分かってる。これは考えても意味のないことだ。そんなことありえない。

 でも一度考えると頭から離れなかった。

 あたしは夕飯を食べながら何度も何度も時計を見た。遅い。お父さんは仕事で遅くなることも多いけど、お母さんはなんの用事なんだろ? ちゃんと聞いておけばよかった。

 結局あまり食べられず、おかずのほとんどを弟妹にあげた。

 不安なままあたしは弟と妹をつれてお風呂に入った。祐也は五歳。小春はまだ四歳だ。歳が離れてるから弟妹というより子供みたいに思うことも多い。

 小春のサラサラとした髪を洗いながら、またイヤな想像が過る。

 もし、もしだ。もしなにかの罪であたしが捕まったら誰が二人の面倒を見るんだろう?

 お母さんは仕事が忙しいからあたしに二人を任せることが多い。でもあたしがいなくなったらそれもできなくなる。

 なによりあたしが悪い人だと知った二人はどんな風に思うだろう?

 想像が想像を呼んだ。もうなにがなんだか分からない。まるであたしが人を殺したような気分になる。

「おねえ、どうしたの?」

 気づくと小春がこっちを見ていた。どうやら手が止まっていたらしい。

 あたしは「…………なんでもないよ」と言いながらまた小春のサラサラした髪を洗った。

 お風呂のおかげで二人は気づいてないみたいだけど、あたしは少し泣いていた。

 夏のお風呂は暖かいはずなのに、寒くて仕方なかった。


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