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第8話

 それからあたし達は三人とも向こうの部屋に移動して話し合った。

 とりあえずまだ警察には電話しないことを決めると菜子ちゃんはどこか安心していた。

「う、うん……。たしかに今は時期が悪いよね……。で、でもさ……。加世子をどうするの?このままここに置いておくってこと?」

 そう問われてうーみぃの顔が曇った。

「……たしかにそれだとあまりにも加世子が不憫だ。だが…………」

 うーみぃはすごく悩んでいた。正義感の強いうーみぃのことだ。きっと本当は警察に連絡したいんだろう。だけどそうなって傷つくのは自分だけじゃない。うーみぃの旅館ではたくさんの人が働いてるんだ。今その人達の顔がうーみぃの脳裏に過ってるんだろう。

 歯切れの悪いうーみぃに変わって琴美が言う。

「でもさ。これって加世子のせいじゃん。あの子が悪いことして勝手に死んで、それでわたし達が被害に遭うっておかしくない?」

「それは、そうだけど……」と菜子ちゃんは俯いた。そして絞り出すように呟いた。「でも、かわいそうだよ…………」

 そう言われるとその通りだ。死んだ後にずっとこのまましたら罰が当たる。

 普通に考えたら警察に言うのが一番なのかもしれない。もしかしたらあたし達は怒られず、誰にも知られないで済む可能性だってある。

 だけどもしそうじゃなかったら? そう思うと怖い。思い描いていた未来が全部消えちゃうかもしれないんだ。キャンパスライフどころか就職だって影響するかも。

 ニュースになる可能性だって高い。そしたらきっとネットにあたしらの実名が晒される。最悪殺したとか書かれるかもしれない。

 そうなれば終わりだ。人生が終わる。

 ああもう分からない。なにが正解なのか分からない。

 本当にもう、なんで覚醒剤なんてしたんだろう? 死んだ人にどうこう言いたくないけど、加世子のことが嫌いになりそうだ。

 考えが出ないうちに時間が進む。工場を夕日が赤く照らした。

 その時だった。あたしのスマホが鳴り出した。

 あたしはびっくりした。みんなもびっくりしてる。

「なんだ? なんの音だ?」とうーみぃが慌てる。

「あ。電話だ……。お母さん……。ど、どうしたらいい?」

 心臓がバクバクと音を立ててる。あたしはパニックになりかけてた。

 うーみぃは大きく息を吐いた。そして冷静に告げる。

「スピーカーにして出るんだ。だけど場所は言うな。あたし達四人で帰ってるところだと言ってくれ」

「わ、分かった……」

 あたしは恐る恐る電話に出た。

「な、なに?」

「愛花? まだ帰らないの?」

「えっと、今帰ってる途中だけど……。なんで?」

 ドキドキした。ありえないと分かっていても、もしかしてお母さんにバレたかもしれない考えてしまう。

「ちょっと仰木さんちに行かないとダメになったの。遅くなるからあんたにちび達見ててもらおうと思ってるんだけど」

「あ、えっと、うん。あと十五分くらいで着くと思う」

「そう? じゃあ待ってるから」

 そこで通話は終わった。終わると同時に大きなため息が漏れる。

「ご、ごめん……。帰るって言っちゃった」

「いや。それでよかった」とうーみぃ。「下手に嘘をついたらあとで合わせないといけないからな」

 冷静なうーみぃを琴美が見つめる。

「でもどうするの? 先に愛花だけ帰す?」

「いや。それもよくない。どちらにせよ私達も帰ろう。みんなが今日だけ遅れて帰ったら記憶に残るだろうし」

 それを聞いて菜子ちゃんも「たしかにそうかも……」と同意した。

 あたしは焦った。帰るのが遅れたらお母さんに怒られる。そのせいで怪しまれた元も子もない。

「えっと、それでどうするの? 加世子……」

 あたしは三人の顔を順番に見た。だけど菜子ちゃんも琴美もなにも言わない。唯一うーみぃだけはなにかを言おうとして口をつぐみ、少し経ってからまた口を開いた。

「…………今日のところはこのままにしておこう。すまないがなにも良い案が浮かばない」

 うーみぃは情けなさそうにしてるけど、あたしは内心ホッとしていた。こんな大変な問題をさっと解けるわけがない。

 でも時間をかければ解けるかもしれない。誰も傷つかずに済む方法が。

「……だ、だよね。えっとじゃあ片付けよっか」

 それからあたし達はみんなで広げたお菓子を片付けた。なにかあった時に備えて箒で床も掃いておく。触ったところもタオルで拭いた。

 その間にもし誰かに今日なにをしていたか聞かれた時のことを話し合った。学校が終わってからはコンビニで買い物してから近くの神社で話していたことにした。あそこの神社は神主さんとかいないし、普段誰も来ないから嘘はバレないはずだ。それにあたし達が普段から長々と話しているのはお母さんも知ってることだった。

 ゴミを持って工場から出ると、重いドアをうーみぃが体重を乗せて一人で閉めて、周りを気にしながら自転車まで向かう。

 自転車が見えるとなんだか悲しくなった。あれに乗ってきた時はただただ楽しかったのに、どうしてこんな気持ちで帰らないといけないんだろう。

 そして自転車を押しながら旧道を下ってるとうーみぃが言った。

「もしもの時のためにスマホでの話し合いはやめよう。四人でいる時だけ話すんだ」

「う、うん」

 そうか。もし警察に疑われてスマホをチェックされたら一発でバレちゃう。

 県道まで出る前にあたし達は辺りを確認した。ここで誰かに見られたら大変だ。周りは田んぼしかないからこの時間は誰もいないけど、車が通る可能性は高い。

 ちょうど仕事が終わって街から帰ってくる時間だし、気をつけないと。

 細心の注意を払ってあたし達は県道に出た。そこから歩道を上がっていく。

 そして別れ際、あたし達は約束を再確認した。うーみぃが念を押す。

「いいな? 加世子のことは誰にも言わないこと。そして加世子をどうするか各々考えること。なにか名案が思いつけば明日また話し合おう」

 あたしと琴美と菜子ちゃんは「うん」と頷いた。

 時間がないあたしは先に家に続く細い道へと進んだ。

「じゃ、じゃあ、また明日……」

「ああ。また明日」とうーみぃ。

「またね」と琴美。

 菜子ちゃんは寂しそうに笑いながら小さく手を振った。

 あたしはなんとか笑って自転車に跨がり、ペダルを踏んだ。

 どんどん三人と離れていく。それが堪らなく怖かった。寂しくて寂しくて気を抜くと泣きそうになる。家に向かいながらあたしは何度も何度も思った。

 どうしてこんなことになったんだろう?


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