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第7話

 それからあたし達はもし海に行くならいつにするかとか、ネットで水着を見ながらどれにしようかと話していた。

 時間が経ち、お菓子も随分となくなった時だった。

 カランとなにかが落ちる音がした。

 みんなにも聞こえていたらしく、あたし達は一斉に奥の部屋を見つめた。

「……なにか音したよね?」

 みんなは静かに頷いた。うーみぃが真剣な目になる。

「多分風でなにか落ちたんだろう。あるいはネズミでもいたのか……」

 それならべつにいい。問題は誰か人がいた時だ。そんなことまずないと思うけど、あたし達は一応不法侵入していた。それがバレて学校に通報でもされたら最悪だ。

 そんなことになったら内申が悪くなるし、受験にだって響くかもしれない。

 でも謝ったら許してくれる可能性は高い。田舎だし、頭を下げてすぐに出て行ったら多分大丈夫だ。

 でもあたしは言い出せなかった。みんなが黙る中、誰かが話し出すのを待つだけだ。

 少ししてうーみぃが立ち上がった。

「一応見てくるか」

「あ、あたしも行く」

 あたしが立ち上がると菜子ちゃんが「じゃあわたしも」と続いた。琴美は面倒そうに「仕方ないなあ」と立ってスカートを手で払った。

 あたし達はうーみぃを先頭に奥の部屋へと入っていった。中は少しひんやりしてる。

 暗い。さっきまでいた部屋は窓の外に木が少なかったらまだ日が入ってきてたけど、ここは窓もツタで覆われているせいかかなり暗く感じた。同じ建物とは思えないほど肌寒くてぶるりと震える。

 スマホのライトで足下を照らすとかなり痛んでた。一部は穴が空いていて、他も歩くたびに軋む。水滴の音がするから、もしかしたら天井が水漏れでもしてるのかもしれない。

「私の歩いた場所をついてくるんだ」

 うーみぃにそう言われ、あたしはゆっくりと続いた。あたしも怖かったけど後ろにいる菜子ちゃんはもっと怖がってた。あんまり制服を引っ張ったら伸びちゃうよ。

 あたし達は薄暗がりの中を進んでいった。スマホのライトが四つ、辺りを探るように動き回る。

 だけど次の瞬間に全ての光がそれを照らした。

 そこにあったのは椅子だった。キャンプとかで使う折りたたみの大きなチェアだ。そう言えば一つなかったと思ったらこんなところにあったんだ。

 その椅子の背もたれからなにかが出ていた。

 人の頭だ。後頭部が少しだけ見える。

 ゾッとした。誰かいたんだ。寝ているのかこれだけ照らされても気づかない。

 あたし達は青くなった顔を見合わせた。すると菜子ちゃんがその人を指さした。

「……あれ、加世子ちゃんじゃない?」

「……え?」

「だってほら、手のとこ……」

 よく見ると肘掛けのところに腕がだらんと置かれている。その手首には加世子が彼氏に買ってもらったと喜んでいた腕時計が巻かれたいた。

 加世子がここにいるはずない。そう思う反面、あれはどう見ても加世子の腕時計としか考えられない現実がせめぎ合う。

 それでも見知らぬ誰かよりは加世子の方が随分安心した。

 琴美が静かに話しかける。

「……加世子なの?」

 返事はなかった。静寂の中で外の木が風に揺られる音だけが聞こえる。

 あたし達はまた顔を見合わせた。みんな不安そうだ。

 どうも様子がおかしい。こんなところにいるのもおかしいし、昨日から連絡が取れないのもおかしい。とにかく全てが異常だった。

 だんだん怖くなってくる。それと同時に心配も膨らんだ。加世子のことだから家を飛び出してここで寝泊まりするなんて平気でやりそうだ。

 耐えられないような沈黙が続いた。なにか言いたかった。でも口が動かない。

 そんな時、うーみぃがはっきりと声を出した。

「前野加世子か? そうなら返事をしろ」

 強気な言い方だったけど、節々から不安が感じ取れる。

 加世子はやっぱり返事をしなかった。

 もうこれは絶対におかしい。今ので起きないということは起きられないってことだ。

 あたしの心配はみんなに共有されていたらしく、うーみぃが歩き出した。

「加世子! どうした? 具合でも悪いのか?」

 あたし達もうーみぃに続いた。

 イヤな予感が大きくなる。そしてそれは横から加世子の顔を覗くと的中した。

 加世子は目を見開き、口も大きく開いていた。全身のどこにも力を入れていない。

 見た瞬間、死んでるのが分かった。

「なっ!」

「ひいっ!」

 うーみぃとあたしが驚きと恐怖の声をあげる。

 そのあとに加世子を覗いた菜子ちゃんは声も出せない状況だった。

 最後に琴美が加世子を見て、愕然としてた。

「……死んでるの?」

 その質問は無意味だ。生きているなら目を見開いたままずっとこうしているわけがない。

 久しぶりにあった幼なじみはまるで生きていたのが嘘みたいに固まっていた。

「もういやッ!」

 菜子ちゃんはそう言って来た道を走って戻る。

 その後ろからうーみぃが心配そうに叫ぶ。

「菜子! ここで走るなッ!」

 うーみぃの心配は現実になり、菜子ちゃんの足が腐った床にずぼっとはまる。

「きゃあああああぁぁっ!」

「動くな! 待ってろ! 今助けるからな!」

 うーみぃがゆっくりと菜子ちゃんを助けに行く。その後ろから琴美も続いた。

 あたしはなにがなんだか分からなくて二人が菜子ちゃんを引っ張り上げるのを眺めているだけだった。

 そして視界の端では加世子が死んでいた。

「加世子……。なんで…………」

 意味が分からない。見たところどこにも傷はなかった。じゃあ病気? まだ十八歳なのに? 加世子が病気だったなんて聞いたこともない。誰よりも活動的だったのに。

 とにかくショックであたしの頭は真っ白になっていた。

「…………あれ?」

 加世子の足下になにかがライトの反射して光った。

 なんだろうと思って見てみると、それは注射だった。空の注射器が転がっている。その上には加世子のだらんとした左手が伸びていた。

 注射? なんで? もしかして毒? 

 益々混乱する中、菜子ちゃんを助けたうーみぃが戻ってきた。菜子ちゃんは足に軽く傷ができてるけど大丈夫らしい。

 あたしは三人に注射器のことを伝えた。するとうーみぃの表情が曇る。

「注射器……? つまり加世子は毒で死んだということか……?」

「そうかも……。でもなんで?」

「分からない……。分からないが加世子が自殺するとは思えない……」

 それはあたしも同感だ。加世子が自殺なんてするわけない。あるとすれば彼氏とトラブルがあってとかだけど、そういう時はまずあたし達に相談してきた。なにもなくいきなり自殺するなんてありえない。そう信じたかった。

 うーみぃは加世子を見つめる。

「自殺じゃないとすれば治療が考えられるが、それも聞いたことないな。例えば糖尿病ならインスリン注射の可能性もあるんだが……」

「加世子が病気?」

 それもあまり考えられない。加世子は活発な子だった。ちょうど先月も会ったけど、病気だったなんて信じられないほど元気にはしゃいでいた。

 あたしもうーみぃもなんで加世子が死んだか分からなかった。

 きっとあたし達じゃどうしようもないことだ。専門家の人に見てもらわないと。

「と、とにかく警察に電話しなきゃだよね?」

「あ、ああ……。そうだな……」

 うーみぃの歯切れは悪かった。なにかを心配しているみたいだ。

 あたしはスマホをタップして電話アプリを起動させた。

 するとそれを見た菜子ちゃんが目を見開く。

「ど、どこにかけるの?」

「えっと、警察に電話しようと思って」

「え?」

「え? ダメ?」

 予想外の反応にあたしは驚いた。菜子ちゃんは口元に手をあてて悩んでいた。

「ダ、ダメじゃないけど……」

 どうにもみんななにかを心配している。あたしとしては早くこの恐怖から解放されたいのに。なんでだろうと思っていると琴美が口を開いた。

「……これってさ。わたしらのせいにされないかな?」

「え? だ、だってあたしらなにもしてないじゃん」

「そうだけどさ……。でも普通こんなところに来ないでしょ? そこで幼なじみが死んだんだよ? 最悪わたしらが疑われる可能性もあるんじゃない?」

「そんな…………」

 泣きたくなってきた。でもたしかにそうだ。もし加世子が自殺したとしても居場所を知ってるのはおかしい。そうじゃなくても不法侵入で怒られるかもしれない。

 琴美はうーみぃに尋ねる。

「うーみぃはどう思う?」

「…………たしかにその可能性はある。少なくともなにも言われないことはないだろう」

「だよね……。もしそうなったらわたしらは受験で不利になるかもしれないし、うーみぃだって旅館に変な噂が立つかもしれないよ」

 旅館と聞いてうーみぃの表情が一変した。額から汗を流して明らかに焦っている。

 そうか。警察に通報されたらうーみぃんちが困るかもしれないんだ。だからあまり乗り気じゃなかったんだ。田舎だし、噂は一瞬で広まっちゃう。

 うーみぃはしばらく考え込み、そして加世子を見つめてハッとした。

「もしかして……………………」

「……どうしたの?」

 うーみぃはなにも言わずに加世子の腕をじっと見つめた。そして目を見開く。

「これを見ろ。右袖の近くに何カ所か注射痕がある」

 言われた通りに見るとたしかにあった。隠すように袖の下に集中している。

「つまり加世子は日常的に注射してたってことだ」

「うん。それが?」

「まだ分からないのか? 自殺のでもない。病気でもない。なのに頻繁に注射をしてるということはおそらく、クスリだ」

「薬? え? でも病気じゃないって」

「そっちの薬じゃない。その、なんだ……。つまりは覚醒剤だよ」

「かく…………」

 あまりにも聞き慣れない単語にあたしの頭はまた真っ白になった。

 加世子が覚醒剤なんかやってたってこと? そんな……。

 否定したかった。でも最近の加世子を思うとしてる可能性を否定しきれない自分がいる。

「え? え? でもなんで? 覚醒剤って死んじゃうの?」

「私も詳しくは知らないが、そうらしいな。この前もそれで死んでいた人がニュースになっていた。あれは心も体も蝕む猛毒というわけだ」

 うーみぃは嫌悪感を隠さなかった。そして悔しそうに死んだ加世子を見下ろす。

「まったく。加減というものを知らないのか……。死んでどうする……。この馬鹿……」

 うーみぃはため息をついた。きっと止められなかった自分を責めてるんだろう。

 あたしはまだ話についていけてなかった。加世子が覚醒剤をしてたってだけでも驚きなのに、そのやりすぎで死んじゃうなんて。

 うーみぃも琴美も黙り込む。こうなるとあたしはどうしたらいいか分からなかった。

 それでも沈黙がいやで口を開いちゃう。

「そ、それで、どうするの? 警察呼ぶ? それともまず大人に相談する?」

 すると今度は琴美がため息をついた。

「さっきの聞いてなかったの? 加世子はクスリで死んだかもしれないんだよ? わたしらまで仲間と思われたらどうするの?」

「仲間? そ、それってあたしらもやってたと思われるってこと?」

「そりゃあそうでしょ。わたしらが一緒にいるのはみんな知ってるんだから、その中の一人だけがヤク中なわけないって思われるって。愛花だってそうでしょ? タバコでも飲酒でもグループの中の一人がやってたら全員してるって思わない?」

「…………そうかも」

 不良グループが悪いことしたら例えその中の一人が悪くてもみんなが悪いことになる。

 うちの高校でも万引きで男の子達が連帯責任として停学になっていた。

 停学。もし停学になったら受験どうなるんだろう? いや、それどころじゃない。

 田舎で覚醒剤なんてやってたなんて噂が流れたら終わりだ。もしかしたら引っ越ししないとダメかもしれない。

 あたしなんかまだいい。うーみぃは家が老舗の旅館だ。最悪売り上げとかに影響が出る可能性だってある。それが悪化すれば潰れちゃうとかも……。

 あたしは頭を抱えた。言えない。加世子が覚醒剤のせいで死んだなんて誰にも言えない。

 あたし達はまた沈黙した。


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