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第6話

 旧道までは自転車を五分くらい漕いだらたどり着いた。

 もう少ししたら街で働いてる人達が帰ってくる時間だけど、県道にはほとんど車がなくて快適だった。旧道を前にするとうーみぃの顔が暗くなる。

「こんなに荒れていたんだな。私のアンカーがパンクしないか心配だ」

「押してけば大丈夫だよ」

 鞄にコンビニで買ったお菓子を入れすぎたせいもあり、足が疲れていたあたしは自転車から降りた。坂の上から太めの轍が二本伸びている。軽トラでも通ったらしい。

「お先に失礼~」

 琴美は原付のエンジンを付けて、アクセルを軽く捻りながらゆっくりと先導していく。森の中は嫌っていたのにやっぱり秘密基地は楽しみらしい。

 少しすると道ばたに青くてかわいい花が咲いていた。初めて見る花だ。あたしは思わずスマホを取り出し、何枚か写真を撮った。するとうーみぃが後ろからやってくる。

「かわいい~。これなんの花かな?」

「どれどれ。これはアオイケシだな」

「アオイケシ?」

「ああ。普通はもっと高いところで咲く花なんだが、ここらは標高も高くて気温も低いからな。誰かが植えたものが自生してるんだろう」

「へえ~」

 あたしが手を伸ばそうとするとうーみぃが止めた。

「待て。アオイケシには棘があるぞ」

「え? わわ! 本当だ!」

 あたしは慌てて体を引いた。その時近くにあったアオイケシがスカートに引っかかる。

「うわ! 穴なんて空けたらお母さんに怒られるー」

 よく見ると葉や茎に細くて鋭い棘がたくさん生えていた。あたしはアオイケシをなんとか払い落とした。スカートの穴も小さくてこれならなんとかお母さんにバレなさそうだ。

 あたしはホッとしてみんなのあとについて行った。

 三分ほど歩くと左側に看板が見えた。と言ってもほとんどツタで隠れて目を凝らさないと見えないけど。看板の奥に広がる雑木林に秘密基地はある。

 でもここからじゃ見えない。小学生の頃はもっとはっきり見えたけど、今じゃ中に入らないと木で隠れて分からなかった。ある意味地元の人にすら忘れられた建物だ。

うーみぃは看板の近くを探していた。

「たしかここに……、あった。錆びてはいるがないよりはマシだろう」

 うーみぃが取り出したのは鉈だった。昔はこれで定期的に秘密基地への道を切り開いていた。でないと雑草の中を歩かないといけないからだ。

 でも結果として必要なかった。秘密基地に繋がる人一人分程の通路だけ雑草があまり伸びてなかったからだ。きっと昔除草剤でも撒いたんだろう。

 秘密基地はそれほど大きくない。普通の家くらいのサイズだ。ただコンクリートだからなんとなく威圧感はある。でもその分中に入ると頑丈さを感じて安心できた。

 こうやって見ても壁に穴が空いてるとかはない。ガラスは所々割れてるけど、風が通ると思えば涼しくていいかもしれない。

 入り口まで来るとうーみぃが眉をひそめた。

「おかしいな……」

「どしたの?」

「入り口のツタが切られている。もしかしたらここ最近誰かが来たのかもしれない」

「ええ~。ここってあたしら以外に知ってる人いないと思うけどなぁ」

 地元に人でさえほとんど忘れた場所だ。来るとしたら管理者くらいだけど、それにしては荒れ放題だ。

 怖くなったのか琴美と菜子ちゃんが窓から中を覗いた。あたしは二人に聞いてみる。

「誰かいる?」

「……ううん。誰も見えない。菜子ちゃんは?」

「わたしも」と菜子ちゃんが答えた。

 警戒していたうーみぃも「なら大丈夫だろう」と安心した。

 あたしとうーみぃは重いドアを頑張って引いた。昔からそうだけど、閉じるのは押せばいいだけだから一人でもできるけど、開けるのは二人じゃないと難しい。

 なんとか扉を開けると少し埃っぽい匂いが漂った。それでも足下は案外綺麗だ。

 うーみぃは中を見渡して「これくらいなら使えそうだな」と少し嬉しそうだ。

 工場の中は奥と手前の二部屋に分かれてる。前に来た時は奥の床は腐ってて、とても歩けそうになかった。下には鉄材が置いてあるから怖かったのを覚えてる。

「足下に気をつけろ」とうーみぃがあたしを心配する。

 あたしと、あと菜子ちゃんは結構どんくさい。昔からなにもないところで転けたりする。

 中は薄暗かったからあたし達はスマホのライトを付けた。中はひんやりと涼しかった。

 足下の床は前より脆くなってたけど、人が歩くのは問題なさそうだ。

 天井には蜘蛛の巣がたくさん張られていた。前からある木の箱とか一斗缶とかはそのままの位置に鎮座している。見た感じ少し掃除したら使えそうだ。

「大丈夫そうだね」

「うん」と琴美も頷く。「箒どこだっけ?」

 菜子ちゃんもホッとしていた。

「椅子もあったよね。あとライト。電池ってどれくらいもつんだろう?」

 雑木林の中なこともあって工場の中は薄暗かった。所々陰が暗闇を作ってる。奥の部屋なんてここからじゃどうなってるか全然見えない。

 あたし達は箒を見つけ出し、埃を払って椅子に座った。埃と言っても大した量はなかった。学校にある使わない部屋を大掃除した時の方がよっぽど大変だった。きっと風があるし涼しいからだろう。

 椅子に座り、綺麗にした作業台に買ってきたお菓子や紙パックの紅茶を並べる。真ん中にライトを置けばちょっとしたキャンプみたいだ。

「んじゃあ受験勉強を頑張った今日を祝ってかんぱーい!」

 あたしが紅茶を持ち上げるとみんな笑った。

「まったくお前はいつも大袈裟だな」

「いいじゃん。毎日平和に生きてることを祝わないと」

 正直そんなこと思ってなかったけど、お菓子を食べられるならなんでもよかった。

 あたしはスナック菓子を、琴美はチョコを、うーみぃは甘納豆とせんべいを、菜子ちゃんはクッキーとグミを開けて広げた。ちょっとしたパーティーだ。

 お菓子をつまみながら甘い紅茶を飲むと幸せだった。あたしは小さく手を上げる。

「ねえ。今年はやっぱり海行かないの?」

 あたし達はほとんど毎年海に行っていた。ナンパされたらどうしようって期待はしてるけど、されるのは大抵琴美だけだ。やっぱり男の人はあの胸がいいらしい。

 琴美はレモンティーを一口飲んだ。

「まあ普通はそうだよね。わたしら受験生だし。でもまあ、一日くらいは大丈夫かな。正直受かるならどこでもいいからね」

 うーみぃはせんべいをパリッと食べた。

「私も一日くらいなら大丈夫だ」

 菜子ちゃんも頷く。

「行くなら加世子ちゃんも誘ってあげないとあとで絶対怒るよね。去年も気合い入れてすごい水着買ってたし」

 うーみぃは「あの裸の方がマシなやつか……」とげんなりした。

 たしかにあれはすごかった。隣にいるあたしの方が恥ずかしかったくらいだ。

「加世子呼ぶならあれはやめてって言わないとね……」

 そのことだけは全員で同意した。

 加世子の話題になったのでまたスマホを起動してみる。だけどやっぱり既読は付いてない。いつもはほとんど五秒以内に付くのに。

 加世子曰く、彼氏からかもしれないから着信音が鳴ったら深夜でもすぐ確認するらしい。

 彼氏想いというかなんというか。やりすぎな気もするけど、あたしも彼氏ができたらそうなるのかな。

「でも加世子ができちゃってたら来られないか。いや加世子ならもしかしたら……」

 菜子ちゃんは「まあ、それは多分ないとは思うけどね」と苦笑する。

 そりゃあそうだ。もし本当だったらこっちが困る。ただ冗談が冗談にならないのが最近の加世子だった。

 彼氏ができると変わるって言うけど、加世子はあまりにもそれが顕著だ。この前もたばこ吸ってたし、お酒も普通に飲んでた。

 昔はどっちかと言うと大人しい方だったのに。でもあたしと同じ流される性格だから気持ちは分からないでもない。

 周りがやってたらそれに合わせる。そうじゃないと嫌われるかもしれないから。たばこだってお酒だってみんなが当たり前のようにやってたら断れないと思う。

 そんな加世子だからみんな心のどこかで心配していた。でもその心配が届くには東京はあまりにも遠すぎた。


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