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第3話

 話は昨日、八月四日に遡る。

 あたし達四人は幼稚園の時からの幼なじみだ。好きな食べ物、好きな人、将来の夢まで互いに知らないことはないくらいの仲だった。

 あたし達はいつもコンビニで待ち合わせをして学校に向かった。

 学校までは坂道になっていて、あたしと菜子ちゃんは自転車を押して歩いていく。うーみぃはロードバイクを軽快に漕いで、琴美は原付だから楽そうに坂を登っていく。

「あーもう。あたしも原付欲しい~」

「あはは。だったら愛花もバイトしたらよかったのに」

 琴美がゆっくり走りながら振り向いて笑った。

「だってお母さんがダメだって言うんだもん。学生のうちから楽するなって」

「素晴らしい教えだねえ」

 そうかもしれないけど琴美に言われるとむかつく。

「あと太るからやめときなって」

 その言葉が効いたのか、琴美はブレーキを握ってガクンと車体ごと止まった。

「よし。たまには歩きますか」

 琴美はそう言うと重そうな原付を押し出した。

 それを後ろで見ていたあたしと菜子ちゃんは顔を見合わせて笑う。

 一方先に坂を登り切ったうーみぃは下にいるあたし達に向けて大きな声で言った。

「私は先に行って図書館の鍵を借りてくる」

「はーい。頼んだー」

 あたしが手をぶらぶら振るとうーみぃは坂の向こうに消えてしまった。

 どうにかこうにか駐輪所までたどり着くともうなにかやりきった感すら出てくる。それを振り切って古い校舎に入り、図書室に向かった。

 図書室に入るとまずクーラーを付ける。先生に室温を決められてたけど、最初だけは強めだ。でないと汗が止まらない。しばらくすると図書室はひんやりした空気で満たされた。

「ふい~。極楽極楽」

 目を閉じて涼んでいると菜子ちゃんが「なんか愛花ちゃんオヤジっぽい」と笑う。

 あたしとは対照的に正面の席に座るうーみぃは真剣な顔で参考書を見ていた。だけどあたし達とは内容が違う。

 あたしと菜子ちゃんは地元の大学を受ける予定だ。琴美は東京の女子大に行くらしい。

 一方でうーみぃは高校を卒業したら実家の旅館で働くそうだ。その役に立つよう簿記やパソコンの資格とかの勉強をしている。

 真面目なうーみぃを見て琴美が笑った。

「うーみぃは偉いねえ。受験生のわたし達より一生懸命なんだから」

「当然だ。将来的に朧月の経営は私の双肩にかかっているのだからな。部活も引退したし、これからはこちらに打ち込む」

 朧月というのはうーみぃの旅館のことだ。その名前のついたバスが街からよく温泉街の方に上がっていくのを見る。琴美は首を傾げた。

「あれ? お兄さんは継がないの?」

「あれはダメだ。ミュージシャンになるなどと言ってろくに家の手伝いもしない。せめて音楽にのめり込んでいれば救いだが、練習もせず仲間とつるんでいるだけだ。我が兄ながらとんだ腑抜けになった。あれに朧月を預けたら一年も持たずに潰れる」

 うーみぃは小さくため息をついた。うーみぃのお兄さんには何度か会ったことがある。昔は割と真面目だったけど、高校を卒業して大学に行ってからかなりチャラくなった。軽音サークルに入ったそうだけど、結局大学は中退して今は麓の街でバイトをしてるらしい。

 そのせいもあってかうーみぃは大学には行かないことを決めた。働く方が何倍も勉強になることに気づいたらしい。うーみぃは琴美に冷ややかな視線を送る。

「お前も東京の大学なんてよせ。どうせ怠惰で不潔な生活しか待ってないぞ」

「それがいいんじゃない。大学なら髪を染めても先生に怒られることないし、親がいないからピアスも開けられるし、男だってここと違ってイケメンばっかだよ。最高じゃない?」

「興味ないな。お前もどうせ加世子みたいなギャルになるんだ。そんなんじゃ先は知れてるさ」

「ひどいなぁ。金持ちのイケメンハーフと結婚するかもしれないでしょ。人の夢を馬鹿にしないでよ」

「夢と願望は違う。貴様のは願望だ」

「夢ですぅ。まったくそんなんじゃいつまで経っても地元から逃げられないよ? 大した出会いなんてない地元で結婚して、子供産んで、旦那の安い給料に文句言いながらパートに行く。毎日毎日なんの刺激もない。わたしそういう人生だけはイヤだから」

 うーみぃと琴美が睨み合う。これもいつものことだった。なんだかんだでうーみぃは琴美を心配してるし、琴美はそれが分かった上で自分を通してる。

 そしてこういう時二人を鎮めるのはいつも菜子ちゃんの役目だった。

「まあまあ。二人とも落ち着いて。ほら、お菓子あげるから」

 おっとりとした菜子ちゃんはいつもお菓子を持ち歩いてる。今日も地元名物のクッキーを二人に配った。ついでにあたしも一つもらう。

 うーみぃは一口食べると頷いた。

「うむ。やはりあげ潮はうまいな。この甘いかしょっぱいか分からないこれも東京に行ったら食べられなくなるなんて残念だ」

「べつにこんなの取り寄せたらいいだけでしょ。それに東京だったら世界中からおいしいお菓子が集まってくるんだから」

「貴様! あげ潮を馬鹿にするな!」

「してないって」

 再び言い合う二人を菜子ちゃんがなだめる。それを見ながらわたしは涼み、おいしいクッキーをパクッと食べた。

 この四人が集まるのもあと半年だ。そう思うとひっそり寂しくなる。

 でも仕方ない。みんな別々になるのは運命だ。それは中学を卒業すると同時に東京に引っ越した加世子を見送った時に分かったことだった。

 いつも一緒だった五人が四人になった。そしてまた琴美がいなくなる。大学に通えばあたしも地元にいる時間は減るだろう。

 正直寂しい。でもあたしはそんなこと言えなかった。言ったらからかわれるだろうし、なにより泣いちゃうかもしれない。それがいやだった。

 ふと顔を上げると空の向こうに黒い雲が見えた。なんだかイヤな予感がしながらも、あたしは見てないふりをして参考書を見つめた。

 口の中は甘いのかしょっぱいのかいまいち分からない味が残っていた。

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