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Phase 04 真相

 私は、即席で作られた応接室のソファに腰をかけた。善太郎がコーヒーを持ってくる。

 そして、善太郎もソファ――多分、上座――に腰掛けて、話をする。

「彩香、どうしてお前だけ呼び出したか分かるか?」

 急にそんなこと言われても、分からないけど。――とりあえず、適当にあしらっておく。

「あの7人の中に、犯人がいたから?」

 善太郎の答えは――合っていたらしい。

「オウ、そうだ。犯人に関する目撃情報を寄せていた天金塁と呉島蜜里は除外するとして、残りが5人だな」

「そうね。目黒礼子と椎田英美里、村松諒太と飯野一希、そして――三笘傑の5人ってところかしら? 確かに、みんな怪しそうに見えるけど……」

「確かにそうだが、一個一個虱潰しに調べていくと――意外と犯人にはすぐ辿り着くもんなんだぜ?」

「そうなの?」

「まず、目黒礼子だが――彼女は大阪にある大手広告代理店で働いていると言っていたな。京都に在住しているなら別だが、わざわざそんな場所で殺人を犯すとは考えられねぇ。この時点で、目黒礼子が犯人という可能性が消える」

「よかった。礼子ちゃんはシロなのね」

「次に、椎田英美里だな。彼女は化粧品会社でセールスをやっていると言っていた。確かに、顔を商売道具としている以上そういう類の殺人を犯しても不思議は話では無いが、彼女もシロだ」

「椎田さんが、シロ?」

「事件発生当時、椎田英美里にはアリバイがあった。詳しく聞いてみたところ、彼女は武田早紀が殺害された時に――神戸にいたそうだ」

「神戸? 何のために?」

「ワールド記念ホールで行われていたアーティストのライブだ。今は電子チケットだから、改ざんはほぼ不可能と言ってもいい。――どうやら、彼女はライブを楽しんでいたらしいぜ?」

 私は、善太郎の話を踏まえたうえで――指を組んで離す。

「じゃあ、残りは……村松諒太と飯野一希と三笘傑の3人ね。誰が犯人か分かるの?」

「ああ、分かるぜ。――飯野一希だ」

「えっ? 飯野くん? 確かに、京都に住んでいる以上土地勘はあるけど……いくらなんでも安易じゃないの?」

「確かに、お前の言う通り安易だな。でも、それにはちゃんとした理由があるぜ? まず、村松諒太だが……確かに、彼は製薬会社に勤めているが故に薬品の扱いには長けている。しかし、社内から硫酸を勝手に持ち出すことはコンプライアンス違反だ。バレた時点でクビだろう。次に、三笘傑だな。彼に関して言えばオレは大学時代から良く知っている。だからこそ、本来なら真っ先に犯人として疑うべき人間だった。しかし、月下弥生が殺害された時も、武田早紀が殺害されたときも、彼は――普通に書店で売上の計算をしていたと言っていたぜ?」

「なるほど。――でも、本当にそれで飯野くんが犯人だという事実に辿り着けるの?」

「オウ、もちろんだぜ? 2人とも、殺人現場は烏丸御池じゃねぇ。――太秦にある映画の撮影スタジオだ」

「そんなところで殺害? ――あっ、もしかして……」

 私は、その時点ですべてを察したのだけど――善太郎に先を越された。

「そうだ。飯野一希は、『自主映画の撮影』と称して太秦のスタジオに2人を呼び出して――後頭部を金属バットで殴ったんだ。当然、相手は即死だ」

「そして、遺体を烏丸御池の公園に運んで――顔に硫酸をかけたのね。つくづく殺し方が酷いわね……」

「そうだな。今どき、硫酸はネット通販でも普通に手に入るけど――やっぱり、『ものは使いよう』という言葉にもある通り、一歩使い方を間違えれば人を殺せる。オレ? もちろん、オレはそんなことしないぜ?」

 善太郎が事件に関するすべてを話し終わったところで、私は話す。

「――だから、先に私だけに真実を伝えておこうと思ったのね」

「そうだ。お前は絶対犯人じゃないって分かっていたからな。それはそうと――

お前、また自傷行為の傷痕が増えてないか?」

 見透かされていた。――良いじゃないの、別に傷痕ぐらいあったって。

「こ、これは……別に、そんな訳じゃないんだけど……」

 私は素直すぎて嘘を吐くのが苦手だ。だから――善太郎は話す。

「どんなに誤魔化したって、オレの目には『お前が自傷行為をした』という事実は見えているぜ? 多分、相当苦しんでいたんだろうな」

「わ、私は苦しんでないわよ!? この通り、元気だし」

「いい加減にしろ。――ああ、話がそれたな。とにかく、オレは今から飯野一希を呼び出して、警察に出頭するように要請するぜ?」

 そう言って、善太郎は事務所入口のドアを開けた。――誰かがいる。私は思わず声を上げた。

「速水くん、後ろ!」

「後ろがどうした?」

 善太郎の後ろには、金属バットを持った飯野一希がいた。――善太郎を殺す気だろうか。これはマズい。

 そんなことはお構いなしに、飯野一希は話す。

「――逃げたって無駄だ。この事件は僕が仕組んだモノだからね」

「オウ、来たか。――手間が省けたぜ?」

 そう言って、善太郎は飯野一希の後ろに回って――手首をひねった。

「イテッ!」

 手首をひねられた飯野一希は、悶絶している。悶絶している彼を蔑みつつ、善太郎は話す。

「オレ、こう見えて柔術の心得はあるからな。その程度でオレを殺そうと思っても無駄だぜ?」

「――す、すみませんでした……」

 そして、善太郎はスマホで京都府警を呼んだ。

「親父? オレ、殺人犯をとっ捕まえて確保したところだ。あの、例の連続猟奇殺人事件の犯人だな。――とりあえず、来てくれ」

 それだけ伝えて、善太郎はスマホの終話ボタンを押した。


***


 京都府警はすぐに来た。犯人としては、逃げ込んだ先が警部の息子の職場なので、場所が悪かったとしか言いようがない。

 刑事の1人が手錠をかけた上で、善太郎の父親――速水警部は話す。

「この度は、私の息子が迷惑をかけてすみませんでした」

 私は、謙遜する速水警部に対して「そんなことはない」と伝えた。

「いや、そんなことありませんよ? 私、速水くん――というか、善太郎さんのことはよく知っていますし」

「そうですね。私の息子が立志館大学に通っていて、ミステリ研究会で『広江彩香』という友人を持っていたこともよく知っていますし。それで損をすることもありませんからね」

「でも、どうして善太郎さんを勘当してしまったんでしょうか?」

 私の質問に対して、速水警部は――申し訳無さそうに答えた。

「――別に、勘当したつもりはなかったんです」

「えっ?」

「でも、刑事の道を諦めたことによって善太郎は一時期やさぐれていて、それで――『お前のようなドラ息子はこの家にいらない』と言ってしまったんです。とっさの一言で善太郎は『勘当された』と勘違いしたのでしょう。当然、私はそんなつもりなんて一切ないですし、善太郎にはまた刑事を目指して頑張ってもらいたいとおもっていますよ?」

 私と速水警部の話を聞いていたのか、善太郎は――反応した。

「親父、もう少し早く言ってくれよ」

 速水警部の反応は、当然のモノだった。

「ああ、すまないと思っている。――私は、いつでも善太郎を歓迎する」

 やれやれ。これで良かったかどうかはさておき、善太郎と速水警部は仲直りできたということなのか。

 それから、速水警部は話す。

「後のことは私と善太郎に任せて、広江さんは早く帰ったほうがいいですよ? ――そういえば、広江さんってご職業は何をなされているのでしょうか?」

 答えは、言うまでもない。

「――小説家です」

「そうでしたか。――今回の事件を題材に、小説を書いてみるというのはどうでしょうか?」

 速水警部はそう言ってくれたけど、私は――そのオファーを断った。

「いや、そこまでの実力はないので……」

「そうですか。――でも、いつかは広江さんの小説を読んでみたいものです」

 そう言って、速水警部と善太郎は――飯野一希をパトカーで連行した。


 どうせ、私だけ探偵事務所の中にいるのも申し訳ないし、さっさと芦屋に帰るか。

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