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虎と馬と鹿 -Trauma & Fool-
卯月絢華
ミステリー推理・本格
2024年09月13日
公開日
31,405文字
完結
過去のトラウマから心を閉ざした売れない小説家、平瀬彩香はひょんなことから京都で大学時代の友人である速水善太郎と再会する。
色々と話をする中で、探偵となっていた善太郎は彩香に対して「お前の過去の作品における手口を用いた猟奇殺人事件が発生している」と告げる。
殺害の手口は被害者を棒人間に見立てたうえで、顔に硫酸をかけて殺害するという凄惨なモノだった。
――これは自分を恨む人間による犯行かもしれない。そう思った彩香は、善太郎に対して事件解決を依頼する。
ところが、いくら捜査しても事件の手がかりは掴めない。掴もうと思っても、スルリと抜けてしまうのだ。
一方、善太郎は事件の被害者を調べると「過去に自分が依頼を承った人物が狙われていること」に気づいた。
――犯人は大学の同級生の中にいる。そう思った善太郎は同級生から事件の犯人を探し出そうとするのだが……。

Flashbacked

 私の手にカミソリが握られている。

 周りは血にまみれていて、裸の自分も血でまみれている。

 どうして、こんなことをしてしまうのだろうか。――なんだか「生きている意味」が分からなくなる。どうせ、こんな私なんか死んでしまえば良いんだ。私が死んだところで、誰も弔ってくれる人間はいない。

 ――痛い。傷口が痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い!

 心臓の鼓動と同調するように、傷が痛む。

 心が痛いから、躰に傷を付けてしまう。それは自分でも分かっているんだけど、どうしても自傷行為をやめられない。そういう自分が情けなくなる。

 自分を落ち着かせるために、まぶたを閉じる。視界が遮られると、心臓の鼓動ははっきりと聞こえるような気がした。

 生きている音。生命活動を続けている音。血液を循環させている音。それが鼓動の正体だということは分かっている。――少し、心が落ち着いたかもしれない。私は再びまぶたを開けた。

 そして、そのまま乳房の間に手を当てた。――脈を打つ感覚が、肌越しに伝わる。私は、生きているんだ。

 生きている意味を見出した私は、その血にまみれた躰をシャワーで洗い流して、何事もなかったかのように振る舞うことにした。

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