翌日。俺たちは、生徒たちへの聞き込みを開始した。闇雲に動いても空振りに終わる可能性が高い。だから、目撃情報を集めることにしたのだ。
まずは、先日凪沙が話したというクラスメイトを当たることにする。その生徒は、一番有力な情報を持っていそうだからだ。
「え……? 雲雀君が事故に遭う前に不良に目をつけられていたって話?」
「うん。もう一度、その話を詳しく聞かせてほしいんだ」
「実は、私もそこまで詳しくはないんだ。校舎裏で誰かに絡まれていたのを見たって話を又聞きしただけだし……」
「そっか……ありがとう。また、何か思い出したら教えてもらえると助かるよ」
俺は礼を述べると、世羅と凪沙を引き連れて歩き出す。
「他の学年の生徒にも聞いてみない?」
世羅の提案で、俺たちは学年を問わず聞き込みを続けた。そこで、ようやく断片的な情報が集まり始めた。
「あー、この間事故に遭ったっていう一年の雲雀だろ? 俺、雲雀が不良っぽい連中と一緒にいるところを見かけたけど……別に、喧嘩を売られたり嫌がらせをされたりしているようには見えなかったけどな。普通に話していただけだったよ」
「うーん……詳しくはわからないけど、何か揉めてたっぽいっていう話を友達から聞いたことあるよ」
「ごめん、知らない。てか……今、ちょっと急いでいるからもう行っていいかな?」
それぞれの証言は曖昧で、微妙に食い違っている。俺たちは、言葉の裏に潜む違和感を覚えた。
「なんか、おかしいよね。皆、口を濁しているっていうか……中には、明らかにその話を避けて逃げようとしたり、まるで不良グループを庇っているかのような話しぶりの人もいたりで……」
凪沙が考え込むように言った。
「うーん……もしかしたら、不良グループの奴らが圧力をかけているのかもしれないな」
俺がそう言うと、世羅が小さく頷いた。
「なるほどね。でも、それでも諦めるわけにはいかないよ。何としても真実を突き止めないと」
そして、放課後。俺たちはついに有力な情報を掴んだ。二年生の先輩が、孝輝が絡まれていたという場所を教えてくれたのだ。
「校舎裏の倉庫跡地で、よく不良たちが溜まってるって聞いたことあるよ」
その言葉を頼りに、俺たちは校舎裏へと向かった。
夕陽が差し込む、校舎裏の倉庫跡地。人気のないその場所で、俺たちは慎重に足を進めた。
「ねえ、湊君。あれって……」
凪沙がそっと指差した先に、制服を着崩した三人組の男子がたむろしていた。タバコの煙がゆらりと漂っている。
(あいつらが、孝輝に絡んでいたっていう噂の不良グループか?)
俺は息を潜めて様子を窺った。三人は何か話し込んでいる。風に乗って、断片的に声が聞こえた。
「ちゃんと指示通りにやったんだから、金はもらえるんだよな? ……てか、ばれないよな? 俺達がやったこと」
「ああ。とりあえず、あの人達の言う通りにしておけば問題ねぇだろ」
(金……? あの人達の言う通り……? どういうことだ?)
俺は息を呑んだ。不良グループの背後に、さらに誰かがいる……? その瞬間、一人の不良がこちらを鋭く見た。
「ん……? おい、そこに誰かいるのか?」
その声に、俺たちは慌てて物陰に隠れた。不良たちはしばらく訝しげにこちらを見ていたが、やがて「気のせいか」と言いながら会話を再開した。
「うわ……危なかった。見つかりそうだったね」
世羅が息を整えながら呟く。
「今の話……二人とも聞いてたよな? あいつらの話しぶりからして、背後に別の誰かがいるみたいだったけど……」
そう尋ねると、世羅と凪沙は顔を見合わせながらも頷いた。
「孝輝の事故は、ただの不良の嫌がらせじゃない気がする」
俺は静かに呟いた。胸の奥に、もやもやとした違和感が残る。
「でも……まだ何もわかっていないんだよね」
凪沙が不安げに声を落とした。手のひらをぎゅっと握りしめているのが見える。
「うん。でも、きっと何かある。もう少し証拠を集めないと」
自分でもどこまで確信しているのか分からない言葉だったが、そう口にせずにはいられなかった。その時、倉庫の陰で何かが動いた気がした。慌てて視線を向けたが、すでに誰もいない。
「今……向こうに誰かいなかった?」
世羅が小声で問いかけてきた。だが、俺自身も確信が持てず、曖昧に首を振る。
「見間違いだといいけど、確かに人がいたように見えたな……」
心のどこかで、誰かがこちらを監視していたのではないか、という考えが拭いきれなかった。
「なんか、怖いよ……」
世羅の声が震えていた。俺も同じ気持ちだったが、必死にそれを押し殺した。
「まだ核心には届いてない。でも、このまま進めば何か掴めるはずだ」
自分自身に言い聞かせるように呟く。
俺たちは、その場を後にした。不良たちの笑い声がまだ遠くから聞こえてくる。心臓の鼓動が落ち着かないまま、俺は前を見据えた。
(きっと、何か裏がある……でも、焦らずに少しずつ進めよう)