放課後の静まり返った教室。窓から射し込む夕陽が机に斜めの影を落とす中、俺は机に置いたノートの端を指でなぞっていた。
この数日間、ずっと孝輝の事故のことが胸の奥に引っかかっている。警察の捜査はまだ続いているが、孝輝の話しぶりからして、単なる偶然とは思えない。
もし、誰かがブレーキワイヤーを壊していたとしたら──。
その可能性を考えた瞬間、背筋に寒気が走った。そんなことを考えていると、教室のドアが開いた。
「湊君!」
振り返ると、凪沙が息を切らせながら立っていた。トレードマークである眼鏡の奥の瞳が、不安そうに揺れている。
「え……? ど、どうしたの? 何かあったのか……?」
「これ、見て」
彼女が差し出してきたのは、一枚の紙だった。彼女の震える手からそれを受け取る。紙を見てみると、雑な字でこう書かれていた。
『余計なことをするな』
「……これ、どこで?」
「孝輝君のロッカーに入っていたって。さっき、先生に呼ばれて……これについて何か知らないかって聞かれたんだけど……」
凪沙の声が震える。このメモは、明らかな脅しだ。孝輝の事故が“偶然”なんかじゃなかったことを裏付ける証拠でもある。俺は拳を握りしめた。
「ふざけるなよ……これは、一体なんなんだ?」
ふと、頭の中でいくつかのピースが繋がり始める。
孝輝が事故に遭う直前。今思えば、彼の様子はおかしかった。そう、例えば──夏祭りの日に皆で待ち合わせをした時のこと。何故か孝輝は一人だけ遅れて来た。理由についてもはぐらかしていたし……もしかしたら、あの時からすでに身の周りで何かしら起こっていたのかもしれない。
(つまり、あの時から嫌がらせを受けていた……?)
それを俺たちに相談しなかったのは、余計な心配をかけたくなかったからなのだろうか。
「あのさ、凪沙。変なこと聞いて悪いんだけど……最近、学校で孝輝の後を付けている生徒とか見かけなかった? 他にも、嫌がらせっぽいことをしていたとかさ」
俺の質問に、凪沙は少し考えてから頷いた。
「私は、そういうのは見かけなかったけど……。あ、でも! そういえば昨日、クラスの子が言っていたんだけどね。ここ最近、孝輝君を目の敵にしている不良グループがいたみたいなの。なんか、事故に遭う前からやたらと絡んでいたみたいで、気になっていたらしいんだ。……この話、一応先生に伝えておいたほうが良かったかな」
その言葉に、胸がざわついた。不良だから、無差別に喧嘩を売っている可能性はある。けれど、事故に遭う直前の孝輝の様子から察するに、ただ因縁をつけているだけでは片付けられない気がした。
(でも……俺は孝輝と一緒に行動することが多かったのに、一度もそいつらを見かけたことがなかったんだよな)
つまり、俺に隠れて孝輝に絡んでいたのか……? いや、考えすぎだろうか。
教室の中には静寂が広がり、緊張感が一層強まった。その沈黙を破るように、再びドアが軋む音がした。
「ごめん、二人とも! かなり待たせちゃったね。委員会の仕事、やっと終わったよ。急いで帰ろ!」
振り返ると、教室の入り口に世羅が立っていた。淡い金髪が夕陽に照らされ、ふわりと輝いている。
「あれ……? どうしたの? なんだか浮かない顔してるけど……」
そう尋ねてきた彼女の透き通った瞳には、心配そうな色が浮かんでいた。
「実は……孝輝の事故、やっぱりおかしい気がしてさ」
そう言いながら、凪沙が持ってきた『余計なことをするな』と書かれた紙を世羅に見せる。彼女は一瞬目を見開き、唇を噛んだ。
「何? これ……もしかして、脅迫とか?」
世羅は震える声で呟いた。俺は黙って頷くと、経緯を説明した。
「私も協力するよ」
その瞳には迷いがなかった。その言葉に、胸が熱くなる。俺たちは頷いた。
「ありがとう、世羅。助かるよ」
俺たちは、帰路につきながら今後のことを話し合った。まずは、孝輝に絡んでいたという不良グループを特定すること。そんなわけで、俺たちは明日から本格的に動き始めることにした。
「明日は、三人で行動しよう。絶対に証拠を掴むんだ」
俺がそう言うと、世羅と凪沙は力強く頷いた。