翌日の昼休み。自分の定位置である校舎裏のベンチに向かう途中で、ふと声が聞こえた。
「ねえ、なにボーッとしてるの? ちゃんと聞いてる?」
「反応ないんだけど。もしかして、無視? いい度胸してるじゃん」
いかにも意地悪そうな女子たちの声が響き、自然と足が止まる。
「……ていうか、なんで泣きそうな顔しているの? 悪いのはそっちでしょ。」
嫌な予感を覚えながら、俺は声の方へ向かった。
校舎裏の陰。そこには、学年でも有名ないじめっ子グループの女子が数人。その中心で、凪沙が壁に追い詰められていた。彼女は俯き、身を小さくして震えている。その肩がわずかに上下するのが見えた。リーダー格の女子が腕を組み、冷たい目で凪沙を見下ろしている。
「謝れば済むとか思ってるの? あんたさぁ、最近調子に乗っていて目障りなんだよね。由井だっけ? あの陰キャの冤罪を晴らしたとかでクラスメイトからチヤホヤされているらしいけどさ……勘違いも甚だしいんじゃない? あんたみたいな地味な女が人気者になれるとでも思ってるの?」
凪沙は小さな声で「ごめんなさい」と言ったが、その声は女子たちの嘲笑にかき消された。
「はぁ? 何それ? 全然、響かないんだけど。もっと、ちゃんと謝りなよ。例えば、土下座するとかさ」
その言葉に凪沙は何も言えず、肩を震わせたままだった。やがて、リーダー格の女子が一歩踏み出し、彼女の前に立ちはだかる。
「ねえ、どうなの? なんで何も言わないの?」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「やめろ!!」
気づいたときには、既に声を上げていた。女子たちは一斉に振り向き、俺のほうを見る。
「み、湊君……」
凪沙が小さく震える声で俺を呼んだ。俺は彼女を守るように前に立つと、女子たちを睨みつけた。
「お前たち……何してるんだよ!」
俺がそう問い詰めると、リーダー格の女子が鼻で笑った。
「別に? ちょっと話していただけだし」
「……ふざけるなよ。どう見ても、いじめじゃないか」
俺の声が低くなると、他の女子たちは目を泳がせ、少し距離を取った。だが、リーダー格の女子だけは挑発するような笑みを浮かべていた。
「てかさ、なんでそこまでしてこの女の味方をするわけ? 下手したら、あんたにいじめのターゲットが移るかもしれないんだよ?」
「別に、ターゲットが移ったって構わないよ。目の前で友人がいじめられているのに、黙ってなんかいられるか。とにかく、凪沙を傷つけるのは絶対に許さないからな。……あと、この会話録音してるから。さっき、はっきりと『いじめ』っていう言葉を口にしたよな。これ以上続けても、そっちが不利になるだけだと思うんだけど?」
俺は語勢を強めると、一歩前に出てリーダー格の女子の目を真っ直ぐ見据える。すると、彼女はバツが悪そうに目を逸らした。そして舌打ちしながら、周りの女子たちを手で促した。
「もう行こ。あー、面倒くさ」
そう吐き捨てるように言うと、女子たちはその場を立ち去った。
「凪沙! 大丈夫か……?」
俺が声をかけると、凪沙は目を真っ赤にしながらも小さく頷いた。だが、その肩はまだ震えていた。
「……ご、ごめん、湊君。迷惑かけちゃったね」
「迷惑なんかじゃないよ。凪沙は何も悪くない。あんなやつらに責められる筋合いなんて、これっぽっちもないんだ。俺にとって、凪沙は無実を証明してくれたヒーローだよ。調子に乗っているなんて、やっかみだから気にしないほうがいい」
俺がそう励ますと、凪沙は涙をぬぐいながら小さく言葉を紡いだ。
「でも……あの人達、有名ないじめグループみたいだし。……もしかしたら、今後湊君まで巻き込んでしまうことになるかもしれないし、それが怖いよ」
「俺なら大丈夫だよ。たとえターゲットが俺になっても、絶対に負けたりしない」
強い口調で言い切ると、凪沙は目を潤ませたまま俺を見上げた。その瞬間、脳裏にある記憶が蘇った。
『私も、学校でいじめに遭ってから人生めちゃくちゃだよ。過去に戻れるものなら戻りたい』
一度目のタイムリープ後、現代に戻った時に凪沙が言っていた言葉だ。先ほどの出来事で、ようやく全てが繋がった気がした。
(あの時、凪沙が言っていたいじめって……まさか、あの連中が関わっていたのか?)
あの時、凪沙はどれだけの孤独と絶望を抱えていたのだろう。いじめによって心を壊され、未来まで変えられてしまったのだ。俺は悔しさのあまり、思わず拳を握りしめた。