目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

46.気配

 孝輝が事故に遭ってから、ずっと心がざわついている。

 今日は凪沙と世羅に誘われて放課後の教室に残っていたが、二人の会話が頭に入ってこない。ふと、世羅が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「湊君、大丈夫? さっきから黙り込んだままだけど……」


「……ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」


 無理に笑ってみせたが、世羅の目は鋭かった。まるで俺の心の中をすべて見透かしているようで、居心地が悪い。そんな俺を見て、凪沙が少し不安げに口を開いた。


「……孝輝君のこと?」


「うん、まあ……やっぱり、あの事故がただの偶然だなんて思えなくてさ」


 頷きながらそう返すと、世羅が少し首を傾げる。


「何か、気になることがあるの?」


 俺は躊躇した。正直、凪沙や世羅を巻き込みたくなかったが……もう一人で抱えきれない気がして、思い切って話し始めた。


「孝輝の自転車、事故後に警察が調べたらしいんだけど、ブレーキワイヤーが切れていたんだって。昨日、紗菜さんから連絡があった」


「え……? じゃあ、やっぱり孝輝君が病室で言っていたことは本当だったんだ……」


 凪沙が不安げな声で呟くと、世羅が眉をひそめた。


「孝輝君が言っていたことって?」


 俺は少し迷ったが、正直に話すことに決めた。ここで隠し事をしても仕方がない。


「孝輝が病室で『ブレーキが効かなかった』って言っていたんだって。俺はその場にいなかったけど、凪沙が直接聞いていたんだ」


 俺がそう言うと、世羅は一呼吸置いてから口を開いた。


「それって……誰かが意図的に切ったってこと?」


 世羅が慎重に尋ねてきたので、俺は肩をすくめた。


「わからない。でも……普通に考えて、自然に切れるもんじゃないよ」


 俺の言葉に、凪沙がぽつりと呟いた。


「じゃあ、やっぱり……誰かがやったってことだよね」


「そう思いたくないけどさ」


 俺は目を伏せながら答える。頭の中では、やはり最近の高嶺の不可解な動きが引っかかっていた。彼女が孝輝に何かしていたなんて証拠はない。けれど、遠藤や陶山と何やらコソコソ話している姿を見るたび、嫌な予感が胸を締めつけた。


「──孝輝の事故も、高嶺鈴が絡んでいる可能性がある」


 俺の口から出た言葉は重く、教室の空気をさらに沈ませた。やがて、世羅が眉をひそめながらも尋ねてきた。


「確証はあるの?」


「……正直、ない。でも、これまで彼女がしてきたことを考えると、疑わざるを得ないんだよ」


 凪沙が俯いたまま、小さな声で言った。


「……もし、本当に高嶺さんが孝輝君を傷つけたんだとしたら……許せないよ」


 その言葉に、世羅も小さく頷き黙り込んだ。


 ふと窓の外を見ると、すでに夕闇が広がっていた。俺たちは沈黙したまま席を立ち、それぞれ荷物をまとめ始めた。そんな時、ふと教室の外で何かの物音がした。


「……何の音?」


 世羅が小さく呟く。俺と凪沙も顔を見合わせ、廊下の方に目を向けた。足音が微かに遠ざかっていくのが聞こえる。


「今、絶対誰かいたよね……」


 世羅が不安げに俺の腕を掴む。俺は鞄を机の上に置くと、廊下に一歩踏み出した。誰もいないはずの廊下に、一瞬、冷たい風が吹き抜けた気がした。


「誰かいるのか?」


 声を上げても、返事はない。だが、確かに何者かの気配がした。


「……気のせいだったのかな?」


 凪沙が小さくそう呟いたが、俺の心はざわざわと落ち着かなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?