Side 鈴
翌日の放課後。
夕日が差し込む美術室で、鈴は席に座りながら窓の外を見つめていた。すぐ側には、彩音と涼太が気まずそうに立っている。
「はぁ……本当に最悪だわ。あの陰キャのせいで私、クラスメイトから──ううん、それどころか学校中の生徒から白い目で見られてる」
鈴が溜め息を吐きながらもそう呟いた途端、二人は反射的に身を固くした。
「……あなた達は、私のことを裏切らないわよね?」
そう尋ねると、涼太が慌てて首を縦に振った。
「ああ、勿論! そうだよな、彩音?」
「うん、裏切るなんてありえないよ」
彩音もすぐに頷く。
「ふーん……本当に?」
鈴が訝しげに問いかけると、彩音と涼太は顔を見合わせた。しばらく沈黙が続いた後、彩音が意を決したように答えた。
「私たちは、いつも鈴の味方だよ。鈴が困っていたら、なんでも力になるし……」
「そうだよ。鈴が一人になるなんてあり得ないだろ」
涼太もそれに続いた。その言葉を聞いた鈴は、二人を見据える。
「良かった。安心したわ。ところで……小林に依頼していた件が失敗に終わったっていうのは本当なの?」
抑揚のない声で尋ねると、彩音と涼太は肩をびくっと震わせた。やがて、涼太が恐る恐る口を開く。
「ああ、うん。失敗したよ。鈴の指示通り、小林を唆して仕向けたんだけど……あいつ、逆に由井に説得されてうまいこと言い包められちゃったみたいでさ……」
鈴はそこまで聞くと、苛立ちをぶつけるように机の上に置いてあるペンを指で弾いた。その軽い音が、静かな教室に響き渡る。
「そう、それで……あろうことか、改心しちゃったのよ。小林の奴」
彩音が補足するように言った。鈴はそれを聞いてふっと微笑むと、机に肘をつく。そして、鋭い視線を彩音と涼太へと向けた。二人はそんな鈴に気圧されたのか、息を呑む。
「……へぇー、あの小林がね」
鈴は淡々と呟きながら、机の上に転がっているペンを静かに握り直した。
「何度も言ったわよね? 誰かを駒として使うなら、その駒が失敗しないように徹底すること。それが出来ないなら、最初から手を出すべきじゃないの」
「で、でも……」
鈴が冷え冷えとした声で言うと、涼太が何やら言い訳を始めようとした。だが、軽く手を上げてそれを制する。
「いいわ、もう終わったことだから。小林は放っておいて……次の手を考えましょう」
「次の手って……どうするの?」
彩音が戸惑いながら尋ねてくる。鈴は椅子から立ち上がると、窓の外を見つめながら答えた。
「由井を直接どうこうするのはリスクが高い。でも、あいつの周りにいる人間をどうにかすれば……揺さぶりはかけられると思わない?」
「それって……例えば誰?」
涼太が眉をひそめる。鈴は振り返ると、冷たい笑みを浮かべてみせた。
「そうね。例えば……桜庭凪沙とか」
その名前を聞いた瞬間、彩音が驚いたように声を上げた。
「桜庭凪沙? 確かに、放っておくと厄介かもしれないけど……」
「でしょ?」
「でも……いじめなんてやってたら、親や先生にばれるんじゃない? うち、結構厳しいから、もしばれたら大変だよ」
彩音が不安げに呟く。鈴はそんな彩音の肩に手を置くと、耳元で囁いた。
「何? 今更怖気付いたの? それとも、まさか正義感に目覚めたとか?」
「え? 別に、そういうわけじゃないけど……」
彩音は慌てて首を横に振る。鈴は彩音から手を離すと、再び窓の方を向いた。
「でもさ、鈴。具体的にどうするつもりなんだ?」
やり取りを見ていた涼太が尋ねてくる。鈴は、肩を竦めながら答えた。
「ほら、うちの学年に有名ないじめっ子グループがいるでしょ? 彼女たちに依頼するの。あの子たちは普段から目立たない子をターゲットにしているし、少しお金を渡せば喜んで動いてくれるわ」
「でも……そんなお金あるの?」
彩音が首を傾げながら尋ねた。その質問に、鈴は笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫よ。いつも通り、あの人が資金を出してくれるから」
「あの人って……例の協力者よね?」
「ええ。それに、今回の作戦もあの人の指示よ。あの人が言うには、自分が直接動くよりも、他人を使う方がリスクが少ないって。……まあ、中には小林みたいに想定外の動きをする駒もいるけれど」
涼太と彩音は顔を見合わせたが、それ以上質問することはなかった。二人には『あの人』の正体を知らせていないが、鈴が絶対的な信頼を寄せていることは分かっていた。
「さあ、これで計画は決まったわね」
鈴は立ち上がると、手早く帰り支度を始める。
「二人とも、ちゃんと動いてよ。期待しているから」
そう言い残すと、鈴は美術室を後にした。