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42.見えない敵

 気づけば、あの事件から一週間が経過していた。

 俺と世羅はその日の授業を終えると、学校の近くの公園に立ち寄っていた。日が傾きかけた空は温かみのある夕焼け色に染まり、公園全体を優しい色へと染め上げている。俺はベンチに腰掛けながら、先日の出来事をぼんやりと思い返していた。


「湊君、どうしたの? 浮かない顔しているけど……」


 隣に座っていた世羅が、心配そうに声をかけてくる。


「ああ、うん。実はさ……」


 俺は短く答えた後、少し考え込むように視線を落とす。


「小林が真面目にバイトをし始めたのはいいんだけど……どうも気になることがあるんだ」


 俺の言葉を聞いて、世羅も真剣な表情を浮かべる。


「気になることって……?」


 世羅の問いに、俺は先日の小林の言動を思い出しながら言葉を選んだ。


「うーん、なんていうか……あいつが俺に絡んできたのが本当に自分の意思だったのか疑問なんだ。もしかしたら、誰かに指示されていたんじゃないかって思うんだよ」


 その言葉に、世羅は小さく息を呑んだ。


「……もしそれが本当なら、別の誰かが湊君にまだ何か仕掛けてくる可能性があるってこと?」


 世羅の声には不安の色が滲んでいた。俺はそんな彼女を安心させるように、軽く微笑んでみせた。


「まあ……もしそうだとしても、大丈夫だよ。この前みたいに、何とかするから」


 その言葉に、世羅は少し驚いたように俺を見つめる。そして、ふっと微笑むと、小さく頷いた。


「……分かった。湊君がそう言うなら、私も信じるよ」


 その言葉に、俺の胸が少し温かくなった。世羅が自分を信じてくれている──その思いが、何よりも力になる気がした。

 しばらくして、俺達は公園を後にした。帰路につく途中で、ふと足が止まる。俺は世羅のほうに向き直ると、口を開いた。


「あのさ、世羅。少しだけ寄り道していいかな?」


「どこに?」


 俺は少しだけ迷った後、質問に答える。


「小林が働いているコンビニだよ。やっぱり、本人に直接確認してみようと思って」


「え? う、うん……分かった」


 俺達はゆっくりと歩き出し、通りを進んだ。コンビニの前に着くと、店内には制服を身に纏った小林がいた。彼はレジで客の対応をしており、真面目に働いていた。中に入り、その様子を少し離れたところから見ていると、彼はこちらに気づいたらしく目が合った。

 俺が少し手を挙げると、小林はこちらに歩み寄って来る。そして、面倒くさそうにため息をつきながらも口を開いた。


「……な、何だよ。また説教か?」


 小林はバツが悪そうな表情でそう尋ねてきた。


「いや、別にそんなつもりはないよ。ただ、少し気になることがあって」


「気になることって……俺が真面目にやっているかどうか、とか……?」


「それもあるけど……あの時、本当に自分の意思で俺に絡んできたのかなって思ってさ」


 俺が真剣に問いかけると、小林の表情が一瞬固まった。


「……何の話だよ」


 小林は目をそらして答える。それを見た俺は、昨日の疑念がさらに深まるのを感じた。


「お前、もしかして誰かに指示されていたんじゃないのか? 俺に絡んで財布を奪えって……」


 その質問に、小林は黙って俯いた。しかし、その沈黙は確信を得るには十分だった。


「あのさ、小林。もし、何か知っているなら正直に言ってくれないか?」


 俺が少し強めに言うと、小林は一瞬顔を上げたものの再び黙り込む。そして、誤魔化すように溜め息をついた。


「はぁ……いや、だからさ。本当に知らないんだって」


 小林はそう言い張ったものの、その目は泳いでいた。しばらくすると、彼は意を決したように俺の耳元に顔を近づける。そして、低い声で囁いた。


「正直、お前には感謝しているよ。間違った道に進もうとしている俺を思い留まらせてくれた恩人だからな。でも……どうしても、言えないこともあるんだよ。……とにかく、気をつけろよ。お前の周りには、案外敵が多いかもしれないぞ。今の俺から言えるのはこれぐらいだ」


 その言葉を最後に、小林はレジの方に戻っていった。俺はその言葉の意味を考えながら、世羅とともにコンビニを後にする。


「ねえ、湊君。さっき、小林君が言っていたことだけど……一体どういうことなんだろう? 高嶺さん達以外にも敵がいるってことなのかな?」


「……分からない。でも、気を引き締めておいたほうが良さそうだ」


 俺は心の中で小林の言葉の真意を探りつつも、今後のことを案じていた。


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