Side 涼太
学校の裏手にある、倉庫跡地。
高嶺鈴の取り巻きの一人──
「……クソッ! 小林の奴、由井にうまく丸め込まれやがって」
苛立ちのあまり、思わずそんな悪態をつく。
「由井って、ただの陰キャだと思っていたけど意外としぶといのね。小林みたいに単純な奴まで取り込むなんて、意外だったわ」
同じく鈴の取り巻きである
「あいつが言い包められたせいで、計画が台無しだ。なんでこんなことになったんだろうな」
「小林がただの腰抜けだっただけでしょ。あんな簡単な役目すらまともに果たせないなんて、情けないわ。……さて、どうする? 作戦は、見事失敗に終わったけれど」
彩音がそう問いかけてきたので、涼太は小さく嘆息する。鈴は、「小林をうまく使って由井を登校拒否に追い込め」と指示してきた。だから、涼太たちは彼を唆して湊の元に向かわせたのだが……結果として失敗に終わってしまった。
「どうするも何も、鈴に報告するしかないだろ。きっと、また何か手を打ってくれるさ。俺たちは、指示通りに動けばいいだけだ」
涼太はそう言いながら、ポケットからスマホを取り出した。鈴への連絡は、最早自分たちにとって習慣のようなものだった。スマホを握りながら、涼太は話を続ける。
「あいつ……クラスの中でも目立たない陰キャだった癖に、最近調子に乗っているよな。詳しくは知らないけどさ……なんか、バイト中に迷惑客に絡まれていた同僚を助けたとかでヒーロー扱いされているらしいじゃん」
その言葉に、彩音は鼻で笑った。
「そういうところが由井の弱点なのよ。お人好しだからこそ、こっちもつけ込めるってわけ。鈴だって、そこを見抜いてあいつを陥れたんでしょ?」
彩音の言葉に、涼太はに頷く。
「まあ、確かにな……。でも……由井のことだから、多分また何か余計なことをしてくると思う。今度はもっと念入りに仕掛けないと、また失敗するな」
涼太がそう言うと、彩音はしばらく考え込むように視線を落とす。そして、悔しそうに唇を噛みながら言った。
「そうね。何か方法を考えなきゃ……」
「ああ。とりあえず、鈴に連絡するか」
涼太は頷くと、手早くスマホを操作して耳に当てる。程なくして、通話が繫がった。
『もしもし? どうしたの?』
電話越しに聞こえてきた鈴の声に、涼太は思わず言葉が出なくなった。その声があまりにいつも通りで……いや、むしろ機嫌がいいように感じられたからだ。涼太はごくりと固唾を呑むと、恐る恐る口を開いた。
「いや、その……実は……」
『もしかして、失敗した?』
涼太が言いかけると、鈴はすぐにそう尋ねてきた。その口調には、一切の淀みがない。
「え? ……ああ、うん……そうなんだ。ごめん」
『そう。分かったわ。じゃあ……明日の放課後、いつもの場所に来て』
涼太が頷くと、鈴はそれだけ言って電話を切った。彼女の言う「いつもの場所」とは、部室として使っている美術室のことだ。涼太達は、いつもそこで作戦を練っている。
「……どうだった?」
涼太がスマホをポケットにしまうと同時に、彩音がそう尋ねてきた。
「明日の放課後、美術室に来いってさ」
「そっか……鈴、また怒り出さないといいんだけど……」
彩音がそう言うと、沈黙が流れる。涼太と彩音はじっと虚空を見つめたまま、鈴がまた不機嫌になるのではないかと心配していた。